第28話:燕尾服の関係性
「ええっと……」
まずは、なにを確かめるべきか。
木か樹脂か、硬質な感じのする真っ白な頬に涙の描かれたピエロ。その人となりだろうか。それとも断崖絶壁を下から見上げるような、前代未聞のタンスについてだろうか。
ベンとお揃いの出で立ちは、彼と同じ立場にあることの表れにも思える。いや彼がこの国の役場の、なに係なのか知らないけれども。
移住者勧誘係とかかな。
「あの。ベンのお知り合い、かな?」
「……ベン?」
ピエロはずっと、私の顔を物言わず眺めていた。グラスアイもないので、実際の視線がどこを向いていたかは定かでない。
けれども問うと、訝しげに首を傾げて声を発した。声質は落ち着いて高めで、女性のようだ。疑問形なのは、ベンを知らないということか。
「チッ。またあいつか」
「――ごめんなさい」
一転、ドスの効いた感じに言い捨てられた。なんだかうっかり、謝ってしまう。
「あなたに言ったんじゃないわ。おい、ベン! ベン!」
私を押し退けるように、ピエロは廊下に出てくる。それと連動するように扉が閉じて、壁は元に戻ってしまった。
二度、名を呼んだだけではベンの姿は現れない。というかたぶん、この廊下に彼は入れないのではと思う。でなければ今ごろ、私は捕まっていたはずだ。
「ベン! ベン! 出てこないか!」
やはりピエロも人形だけあって、表情は動かない。でも声には確かに怒気が増して、なお降り積もっていく。
ベンを呼ぶのには、もちろん歓迎できない。しかしこの癇癪というか勘気というかを目の前にして、呼ぶなと言い出す勇気が私にはなかった。
「――ケイト。どうしました?」
「どうしたもこうしたもない!」
ベンの姿は見えないのに、声が聞こえた。名をケイトというらしいピエロは、そこに居たかと気付いたように、鋭く首を動かしてそちらを見る。
ケイトは片腕を伸ばして、その辺りの空気を握りこむようにする。オーケストラの指揮者が、演奏を止める時のように。
すると一瞬、視界がぐらりと揺れて歪んだ。目がどうかしたのかと、瞬きをする間にも元に戻ったけど。
そこには両手の指先を合わせた、ベンが立っている。ちらと私を見て、すぐにケイトへ視線を戻す。私に構っている暇は、ないみたいだ。
「人間を管理するのは、お前の仕事だろう。どうしてこんなところに、人間が居る!」
「いやそれは、このお嬢さんがこっちへ……」
「言いわけをするな! あなたはいつもそうだ。偉そうなことばかり言って、結局最後は、私が尻拭いをする羽目になる」
「そんなことはないよ。私はいつも、君のいいように……」
「それが口ばっかりだと言っているんだ!」
この二人、もしかして夫婦だろうか。あまりうまくいっていない風ではあるけれど、そう思える。
私なんて放ったらかしで、唾のかかりあうような距離で言い合い続けた。呆気にとられて、私はその光景を眺めていた。まさか私が、このケンカの仲裁をしなくちゃいけないのかと、少しドキドキもしながら。
そんな中で、耳が誰かに引っ張られた。
「んっ。な、なに?」
振り返っても誰も居ない。でも視界の端に、ダイアナの腕が見える。どうやら彼女は、私の髪の中に隠れているようだ。
なにやら都合の悪いことがあると察して、ケンカを続ける二人に背を向けた。そうすると、私の出した両手にダイアナが乗る。
「どうしたの」
「▲▲△」
ひそひそ話すと、ひそひそと返事があった。もちろん、なんと言っているかは分からない。
しかし身振りで、あっちだと示している。その方向には、三叉路が見えた。
ループを抜けてる――!
ダイアナは、ぼんやりしていないで早く逃げようと言っているのだ。
「ごめん、気付かなかったよ。ありがとう」
「△△▲」
いいよ、気にしないで。ダイアナはそんな感じで、私を責めない。
ともかくそうと決まれば、無視されているうちにさっさと逃げなければ。ゆっくり、音を立てないように、そろそろとその場を離れる。
アニメなんかでいかにもわざとらしい、抜き足差し足という描写を見るけれど、意外と本当にそうなってしまうものだ。気が付くと、カニ歩きをしている私だった。
あと数歩で角を曲がれる。それで逃げられる。得てしてそういう時には、トラブルがあるものだ。
私の曲がろうとしたのとは反対から、たくさんの足音が聞こえる。しかも賑やかに、なにごとか叫びながら。
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