第27話:無限回廊の隣に

 一歩ずつ。足を出しては、タオルの行方を確かめる。行き過ぎて歩幅を縮めて、ここという点をあぶり出した。

 点というか、線だけど。

 しかし実際には、そこになにもない。他と同じに、石の並べられた床。白く塗られた壁に、継ぎ目もない。

 床に降りたダイアナは、そこかしこを拳で叩いている。ブラウスのボタンくらいの大きさしかない彼女の手では、端から端まで叩くのだけでも結構な時間がかかりそうだ。

 でも緊急の差し迫ったなにかがあるわけでなし、床は任せよう。


「漆喰とかかな――さらさらしてる」


 壁のそこらじゅうを触って、叩いて、耳を付けてみても、特にこれという発見はない。触った手が汚れる、ということさえなかった。

 ファンタジー世界の小説に出てくる、盗賊みたいだ。でも私には、彼らのような技術はない。見落としがあるかもしれない。

 だからかなり念入りに調べたけれど、結果はやはり同じだった。

 でも壁は、もう一枚ある。


「こっちは、女王の部屋のあるほうかな」


 振り向いて戻って、を何度も繰り返したから、絶対とは言いきれない。でもたぶん、そうだ。

 女王の部屋を出たところの廊下を、まっすぐ走ってここへ来たのだ。

 ただその距離を思うと、いくらなんでもこの裏が女王の私室ということはないだろう。あの簡素な扉の奥が、手前の部屋の百倍も広いのなら別だけど。


「――同じかな」


 この城の壁は、どこもいちいち分厚いようだ。私の力では、壁を叩いてもほとんど音が響かない。

 それならそこにはなにもないことの、証左だとも思う。しかしなんだか無意味なことをやっている気になるのが、人情というものではないだろうか。

 ――いや違う。

 私は怯えているのだ。たった数十メートルを離れることに、抵抗を覚えたのがいい証拠だ。

 さっきのベンの様子が、拍車をかけたのではあるだろう。こんなわけの分からない場所から、すぐにでも逃げ出したい。

 それならなおさら、きっちりと素早く動けばいい。でも気持ちが先行してしまう。

 ルナ、どこに居るの。あなたを連れ戻さないと、ここへ来た意味がない。なのに私は、挫けてしまいそうだよ。

 ツンと熱くなって、鼻をずずっと啜る。ダイアナに、気付かれただろうか。


「ダイアナ、そっちはどう――」


 私とは比べるべくもないほどに、小さな身体。無心に、殴りつけ、蹴りつけて床を調べている。

 私はなにを考えているの。

 弱気になっている場合じゃない。こうしている間にも、ルナもポーもどうなっているのか分からないのだ。

 二人は私の、大好きな友だちなのに!


「……え?」


 ごんっ。

 と、木の板を叩いた音が辺りに響いた。打ったのは、私の拳。そこは他と変わらない、漆喰塗りの壁に見える。


「▲△△!」


 そこだ。そこになにかある。ダイアナは一目散に私の腕へ絡みつく。それから自分でも、どんどんとその場所を叩いている。


「と、扉でも隠してあるのかな」


 目元は濡れていなかっただろうか。汗を拭う振りで、手の甲を当てる。

 繰り返して同じ場所を叩いていると、だんだんそこが沈んできた。


「ダイアナ。これ、思いきり押せば開くよ!」

「△△△!」


 ドラマでよく見るように、肩からぶつかっていけばいいかな。それとも、蹴り飛ばすのがいいか。


「とりあえず、蹴ってみよう」

「△△△」

「じゃあ――せーの!」


 タイミングを合わせて、ダイアナは上のほうを、私は下のほうを蹴ろうとした。

 蹴ろうとして脚を上げたところで、その壁は向こう側に開く。そうして見れば、単なる扉だ。きっと反対側には、ちゃんとノブも付いているに違いない。

 それはともかく。単なる扉が開いたからには、開けた誰かがそこに居る。私はその誰かと、部屋の中の様子との二つに言葉を失った。

 ベンと同じように、燕尾服とシルクハットのピエロ。その背後には、頂上もどこだか定かでないほどに高くそびえ立つ、洋服タンスが見えていた。

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