第26話:ダイアナの機転

 そうだ。これがただループするだけなら、反対に進めばいいのかもしれない。


「戻ってみようか――」

「△▲▲?」


 ウサギはいいのか、と頭の上にダイアナは両手を立てた。

 良くはない。でもこのままここを歩き続けても、時間と体力のムダだ。いや体力は相変わらず、それほど消耗していないけど。


「まだ居たら、まずいけどね。あの様子だと、その場にじっとなんてしてないと思う」

「△△△」


 なるほどという感じの頷き。意見が合ったのだから、早速に戻ってみる。

 あのリアルなウサギの顔。表情がなく、剥製のように思えるのは、言うなれば死体を見ているようなものだ。そこにあの、真顔で激怒なんてものを加えられると、殺気に対する以外にもなんとも表現しづらい恐怖があった。

 夜の学校の闇の奥とか。濁った海の暗い底とか。そんな手の届かない場所に感じる、理由のない怖れに似ているかもしれない。


「……同じっぽいね」

「▲▲△」


 進んだ距離と比べたら、戻ったのは全然だ。でもなんとなく、予感がない。このまま歩いて、別の場所に辿り着く気がしない。


「このままじゃダメだ。確かめなきゃ」

「△△▲?」

「どうやって確かめるのかって? うーん、どうしようか」


 なんとなく、ダイアナの言っていることが分かるようになってきた。明確な言葉はさっぱりだけど、大体の意味するところが。

 無限に続く廊下の正体を暴く。どうやればいいのだろう。なにか使える物を、持っていただろうか。


「△△△!」

「ん、これ? 中身を全部出せって言ってるの?」


 ダイアナは私がずっと背負っている、ポーのリュックを引っ張った。床に置けと言っているらしい。


「分かったよ。ここなら誰か来てもすぐ分かるし、大丈夫だよね」


 それでもなにかあればすぐに片付けられるように、一つずつ丁寧に並べていった。

 まずバスタオルが一枚。フェイスタオルが三枚。ポーの着替えが、下着も含めて一着。釣り道具のセット。電動式の水鉄砲が一丁。空のペットボトルが一本。ライターが一個。


「これで全部よ」

「▲▲△……」

「なにか思い付く?」


 並べた上を一つひとつ、吟味するようにダイアナは歩いていった。最後にライターを持ち上げてみてそれを置くと、フェイスタオルの上にダイブする。


「△▲△!」

「それを持って飛んでいくから、見ていろって言ってるの?」

「△△△!」


 いや実は、それは私も考えた。ダイアナが飛ぶのでも私が歩いていくのでもいいけれど、一方が離れていって、もう一方は動かずに見ていればなにか分かるかもしれない。

 けれどそれでは、なにかあった時に離れ離れになってしまうかもと考えた。こんな小さなダイアナが提案してくれているのに、私のほうが情けないことだけれど、不安だ。

 こんなわけの分からないところで、味方が一人居てくれることが、どれだけ心強いか。


「うーん、別行動は避けたいね。あ、そうだ。タオルを置いて、私たちが歩けばいいんだよ」

「△△△」


 それでも同じだね、いい考えだね。きっとダイアナは、そう言ってくれている。その素直さに当てられて、少し恥ずかしい。


「――やっぱりループしてる」


 なるべく色の濃いタオルを置いて離れていくと、四十か五十メートルほども離れたところで急に見えなくなった。

 ならばと反対を見ると、やはりそこにタオルはある。


「▲▲△!」

「そうだね、こんな気味の悪いところは早く出たいね」


 とは言うものの、脱出の手がかりはなにもない。どうしたものか、また頭をひねる。


「あっ、ダイアナ! どこに行くの!」

「△△▲!」


 急に飛び出したダイアナは振り返って、そこに居ろと言っている。もう何歩か足を動かしていたけど、そう言われては着いていくのが大人げない気がする。

 不安を隠して、勢いよく飛ぶダイアナを見守った。

 すると彼女は、タオルのところまで行って持ち上げる。拾いに行くのなら、一緒に行けばいいのに。

 と思ったのに、戻ってくる途中でタオルは落とされた。さっきの場所からは、半分ほどのところ。

 それでダイアナは、満足そうに戻ってきた。


「どうしたの、あんなところに置いて」

「▲△△!」

「えぇ、戻るの?」


 どういうことだろう。タオルとは反対に行ったって、またループするだけなのに。でもダイアナが言うのだから、嫌だと断る理由もない。

 疑問を覚えつつも、五、六歩ほどを歩く。と、肩に乗ったダイアナが髪を軽く引っ張った。


「ん、なに。後ろ?」


 ない。ダイアナが置いたはずの、タオルがない。

 反対方向を見ると、さっきよりも遠くに、タオルらしき色が見える。


「これは……」

「△△▲▲△▲!」


 ごめん、長文は分からない。

 でもきっと、ダイアナは気付いたのだ。この廊下が、一定の距離を進むとループするのでなく、ある一点を通るとループするのだということに。

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