第21話:女王の顔合わせ
カタカタと音が鳴る。もう開くはずなのに、なかなか扉が開かない。
と思ったら、やっと開いた。
またベンが来たのだと思っていたのだけれど、そこに居たのは木の棒を繋ぎ合わせたような人形。
上半身に当たる部分が赤く塗られて、頭の上半分は黒くなっている。かなり粗雑な感じだけど、おもちゃの兵隊だろうか。
顔にはようやく二つの黒丸だけがあって、それは目に違いない。
感情なんて読み取りようのない兵隊は、片腕を私に向けた。
「私?」
この部屋に閉じ込められたのは私一人なのだから、それ以外に用があるはずもなかった。分かってはいたけれど、それ以外に返事が思いつかなかった。
兵隊は背中を向けた。そこには大きな木箱がある。みかんの箱で言えば、八つ組み合わせたくらい。
自分よりも大きな木箱を、兵隊はかつかつと叩いて音を鳴らす。
「そこに入れって言ってるの?」
こちらに向き直って、不器用な頷きが返ってきた。
これはチャンスだろうか。いくらなんでも、この兵隊だけならば振りきって逃げることも出来ると思う。
でもそのあと、どうするのか。むやみに逃げ回っていても、意味がない。
――迷っていると、また兵隊は木箱を叩いた。早くしろというように。
仕方ない、出たとこ勝負というやつだ。
まずは自由の身になることを決めて、部屋を出た。木箱を目の前に、どちらへ逃げたものか左右に伸びた通路を見回す。
「あ……」
ダメだ、逃げられない。通路には同じように、木箱がたくさん並べられている。それぞれ部屋の前みたいだから、やはり私と同じように捕まっている人が、何人も居るのだ。
一つの木箱には、一人の兵隊が。それ以外にも、監視役みたいなのが複数居る。
この中をただ走って逃げるのは、無謀というものだ。
◇◇◆◇◇
木箱は台車に載せられていて、それが列を成していた。どこかの部屋の前ではあるみたいだけれど、順番待ちをしているらしい。
木箱の中は、膝を抱えて座ると、なんとか背中を丸めなくても良かった。体格のいい男の人なら、きっと狭いだろう。
進行方向と、左手側には小さな窓が付いている。ご丁寧にそこにも格子があって、手を出すことも出来ないけれど。
待っている間に気付いたのは、本当にこの国には闇が存在しないこと。
石造りの城の中。狭い木箱の中。いくら窓があったって、光の届かない場所はいくらもあるのが普通だ。
でもこの世界では、それがない。
光源はどうなっているのか、壁や床が闇を怖れるように、薄っすらと光を放っているらしい。
だからこの世界には、薄暗いという以上に暗い場所は存在しないようだ。
――結局のところ、私の曖昧な時間感覚で言えば、一時間も待っただろうか。具体的には、脚の上に乗せたダイアナが、うたた寝をしてまた起きるくらいの時間。
何度も開閉されて、その度に木箱を何個かずつ飲み込んできた大きな扉の中に、私も吸い込まれた。
覗き窓からでは、どれだけ高いのかも分からないくらいに大きな扉。先頭でくぐって、広そうな部屋の中を進む。
左手の窓は、目の前になにかあって様子が分からない。段々になっているから、階段だろうか。
その階段の端のところで、木箱は止まった。後続を待っているのだと思うけど、先頭を歩いていた兵隊は、階段のほうを向いたまま動かない。
それから間もなく、静寂と呼んでいい静けさがあって、扉の閉まる音が重く響いた。
「女王さま! 本日最後の来訪者です!」
女王さま――。
居るんだ、ドロシーが。この部屋に。
どんな声かと耳を澄ましても、聞こえなかった。頷くだけだったのかもしれない。
というか来訪者って。捕まえて無理やりに連れてきたのを、そんな風に呼ぶの? 今も木箱に閉じ込められているっていうのに。
「こちらはアメリカ合衆国、ニューヨークから! 十八歳、男性です!」
入ってきた時の進行方向で言うと、後ろから。そんな声が聞こえた。捕まっている人の、素性だろう。続けて、普段どんなことをしているとか、どうしてここへ来たかとかの紹介があった。
すると私は、日本の女性と言われるのかな。この国に来たのは、イングランドからだけど。
うっかり、そんなどちらでもいいことを考えていたのに、なかなか次の声がない。てっきり、次から次へと紹介されるものだと思っていた。
なにをしているのか知らされるはずはなく、自分の目で確かめることも出来ない。そんな中をただ待つのは、かなりの不安を抱えることになる。
だから結局、次の声が上がるまで、何分経ったのかよく分からない。二、三分だったのかもしれないし、十分もかかったのかもしれない。
「こちらはフランス、パリから! 十五歳、女性です!」
ともかく次は、そういう素性の子であるらしい。どうも全世界規模の話みたいだ。それに驚いたのは確かだけれど、もう一つ気になったことがある。
二人目について声が発せられる前に、なんだか聞き馴染みのない音がした。強いて似た音を記憶から探すと、アニメで煙の効果があった時の、ボフンという効果音。
たとえば、コメディ色の強い作品で、爆弾が爆発した時。たとえば、魔法を使って、相手の姿を変えた時。
その効果音が使われる場面を想像すると、嫌な予感しかしなかった。
きっと女王は、木箱を一つずつ検分しているのだろう。紹介の声は段々と遠ざかり、ある程度まで行くと、今度は戻って近付いてくる。
――次は私だ。
私の紹介は、日本人。イングランドに遊びに来ていて、と正しかった。一連の口上が終わると、誰かが木箱に近付いてくるのが気配で分かる。
女王。ドロシーだろうか。
どきどきと鳴る胸を押さえて、覗き窓に注目した。そこを塞ぐ、誰かの顔。女王が外から覗きこんだのだ。
外からの光がまた遮られて、本来は暗くなるところだ。それがこの世界のルールによって、逆に明るくなる。
おかげで女王の顔を見られると思ったのに……私が見たのは、厚いベールで覆われたそれだった。
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