第17話:黒ウサギの茶会

 つぶらな瞳と言うには、身体全体の圧迫感が強い。椅子にかけてなお、私の背とそれほど変わらないのだ。


「やあお二人とも、ようこそようこそ。自力でお越しとは、驚き驚きです」


 三十歩ほども離れた先から、ベンは話しかけてきた。言いながら席を立ち、両手を広げて歓迎を表す。

 くだけた態度と言えば良いのか、こちらを安易に見ているのか。

 通りの真ん中にテーブルがあることには、周りの誰も特段の反応がない。足元を行く指人形たちなどは、いわゆるアスレチック施設のように、椅子の脚をすり抜けていく。

 私の思う常識は、ここでは通用しない。だから最初は驚いたこの光景も受け入れることが可能だ。

 でもそこにベンが居るのは、そこに至る速度を如実に落とした。


「まあそう警戒せずと、良いでしょうとも良いでしょうとも。お茶にお菓子など、いかがです?」

「あ、ええと。ありがとう……」


 椅子が二つ一度に、乱暴に引かれた。左右の手それぞれが、着席を促している。

 誘いを受けたからにはお礼を言ったけれど、座っていいものか判断しかねた。


「あの時のウサギさんね。私たち、ルナを探してるの。どこに行ったか知らない?」

「ルナ? さて、名など問われても。客人の素性を聞いたことなど、ないのですないのですよ」

「そんな。あなたの空けた穴へ、落ちたのかもしれないのに!」


 私は黙って警戒の視線を向けていただけなのに、ポーは勇気を出して質問をした。

 本当は私が率先して、彼女をルナのところへ連れていってあげなくてはいけないのに。いざとなると立場が逆になってしまう。

 それを棚に上げるようで心苦しいけれど、ベンの答えには憤りを感じた。勝手に消えるとはいえ、あんな大きな穴を放ったらかしなんて危険なことをしているのに。


「まあまあ、真摯にお答え致します。ですからまずは、お座りにお座りになられては」


 黒いウサギの顔。それもぬいぐるみのはずで、現に表情は動かない。でもマギーと比べるとやけにリアルで、人形というよりも剥製と言ったほうが近い気がする。

 それがじっとこちらを見て、座るように手招きがある。どうにも不気味で、従いたくはない。けれど、そうしなければ話が進まないらしい。


「分かった、座る。でも椅子はそのままで結構よ。自分でやる」

「左様ですか左様ですか」


 ベンが自分の椅子に戻って、引かれていた椅子の遠いほうにポーを座らせた。私はその隣へ。

 ベンからは五つ離れた席だけど、やはりウサギそのものの腕が、にゅっと伸びてでもきそうな妄想に囚われる。なんだかベンは、この国でもまた異質のものに見えた。


「僕も座らせてもらおうかな」


 不安がっているのを察したのだろうか。私の隣の椅子を自分で引いて、ハンスが座った。ダイアナがその前のテーブルの上に。マギーはポーの前に。

 ようやく落ち着きました。などと嘯いて、ベンはティーセットの載ったトレーを引き寄せた。主催者自ら、お茶の用意をする趣向らしい。


「私もあちらに用がありまして、穴がなければ行けません。そこへ落ちたのだとしても、勝手にそうなったものを、どうせよとどうせよと仰るのやら」

「また無責任な……」


 意図したわけではなく、自分が眉をひそめて睨みつけていることに気が付いた。しかしベンは、気付いた様子さえない。気付いていて、しれっと無視しているのかもしれないけれど。


「――じゃあ、こっちに落ちてきた人がどこに居るのか知らないの? 女王のところへ連れていかれるって聞いたけど」

「おやもう、ご存知でご存知で。その通り間違いないですよ」

「いやそうじゃなくて、その先。お城に行ったあとは、どうなるの? そのままお城のどこかに居るの?」


 女王の城はもう見えている。町が広くてなかなか近付く気がしないけれど、私たちが向かっていた先へまっすぐ。赤い屋根の尖塔が見えている。


「その先、その先ですか。それを聞いて、どうするのです?」

「どうって――少なくともルナを連れて帰るの。私の友だちだもの」

「友だち、友だち。ね」


 その言葉だけを、いかにも意味ありげにベンは言った。そこで懐中時計を見て、具合の良くなったらしいティーポットを取ってお茶をカップに注ぎ始める。

 友だちだったら、どうかするのか。聞きたかったけれど、相手が作業をしている時というのは、なんだか話しかけづらい。


「さあどうぞ。今日はまた、うまく淹れられたように思います。こちらのお菓子もご一緒に」


 カップとケーキスタンドを、ベンは私たちのほうに押し出した。でも離れているから、手の届くはずがない。

 仕方なく席を立とうと思うと、ベンが指を鳴らす。するとテーブルの上を、なにかが動き始めた。

 人形と言えば、人形なのかもしれない。誰も居ない席に用意されていたテーブルナプキンが、なんとなく人の形になって歩いている。

 ナプキンたちは見かけによらず力持ちで、一枚がカップ一つずつを。二枚がケーキスタンドを持ち上げて運ぶ。

 小さなものが頑張っているというのは、なんだか感動してしまうものだ。ポーと二人、思わず見入ってしまった。


「ありがとう」

「いただくわ!」


 ナプキンたちが一所懸命に運んだのだから、ひと口くらいは飲まなければ悪い気がした。

 ちょうど喉も乾いた気がする。カップに伸ばそうとした私の腕と、同じくポーの腕が何者かに強く殴りつけられた。

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