Chapter 02:女王の下へ

第14話:迷いの森の問い

 窮地にあるというドロシーを助けて、ルナと一緒に元の世界へ戻る。私たちは、その目的を共有した。

 マギーは、自分が言い出したことだからと、相当の覚悟を持っているらしい。

 ハンスはまだ、女王さまが怖ろしいと言っていた。それでも、あの優しい女王さまに戻るのならなんとかしたいとも言った。

 ダイアナは身振り手振りで、なんでもやるから任せろと力強い。ちょっと無鉄砲なところもあるけれど、責任感があって、まるで誰かさんのようだ。


「ポー、私も覚悟を決めたよ。でもね、それはポーのためでもあるんだよ。私はドロシーのことを知らないし、ポーが助けたいって思うなら私もやる。どんなことがあってもね。ポーはそこまで頑張れるかな」


 この問いは、ずるい言いかたなのかもしれない。傍から聞けば、小さな女の子にどうして責任を押し付けるのかとなるだろう。

 でもそうじゃない。ポーが嫌だと言ったところで、私が負ぶってでも連れていくことは出来る。けれどそこで、ドロシーに語りかけるのは私じゃない。そこでポーが嫌だと言えば、なにもかも意味がないのだ。

 私はポーに、右手を差し出した。


「もちろんよ。ルナが居ないと面白くないし、ドロシーとはこれからもっと仲良くなりたいの」


 だから、頑張る。そう言って彼女は、両手で私の右手を包み込んだ。

 ――そのやりとりのあと、どれほど歩いただろう。何度も休憩を挟んで、睡眠も取った。けれどなかなか、森を出ない。

 最初の草原で眺めた景色で感じた距離と、どう考えても合わないように思える。


「ねえ、この森ってこんなに広かったかな。かなり歩いたよね」

「そうね。向こうの感覚で言えば、二日くらい経ったわね」

「そんなに――だよね。街も遠いとは思ったけど、これほどだった?」


 なぜだかマギーは把握出来るようだけれど、時計も夜もないでは、私は時間の感覚を全くつかめない。だから驚きかけたけど、思い返すと納得も出来た。


「この国で見るものが、その通りとは限らない。でもさすがにこれは遠すぎるね、迷わされているかもしれない」


 ずっとビウエラを爪弾いて歩くハンス。そのリズムは、モチベーションを保つのにかなりの効果を持つように思う。


「そうだ。女王さまのところから、逃げてきたって言ったよね。その道を帰ればいいんじゃない?」

「うーん、それは難しいね。なにせ随分前のことで、その間にこの国の形も変わってしまった」

「そうなんだ……」


 ドロシーの創り出した国で、ドロシーの思うままになるルール。それは国の形も例外でないと。

 ポーがドロシーと会えなくなったのは春と言っていたから、三、四ヶ月くらいだろうか。たったそれだけで、もと来た道も分からなくなるとは、あっちの世界では到底あり得ない。


「どうであれ、普通の迷子ではないからね。森の主が、なにかしているんだろうと思うよ」

「そっか――じゃあせめて、その主さんに頼めればいいんだけど。道が分からないんじゃ無理だね」

「いや、それは分かると思うよ」


 そうだよねと相づちを打って、「へぁ!?」と変な声が出た。


「分かるの?」

「行ってみないとだけどね。行き方は知ってる」

「それなら早く言ってよ」

「迷っているかもと話になったのは、たった今なんだけどな……」


 そうだった。そうだけれど、ハンスに正論を言われると、なんだか素直に納得出来ない。

 ポーが「どっち?」と言ってくれたので、「早く教えてよ」と便乗しておいた。


◇◇◆◇◇


 それからハンスに着いて歩いて、マギーに聞くと、また一日ほどもかかったらしい。それだけ歩いた割りには、足が痛いとかお腹が空いたとかを感じない。

 では全く疲れがないかというと、そうでもない。妙な感覚だ。

 ともあれ到着したのは、ここまでとなにも変わらない、木々の間。ひとつだけ違うのは、そこに大きな岩があって、凹んだ部分に水が湧き出していること。


「ここに主さんが居るの?」

「ここに居るし、それが森の主だよ」


 よく分からないことを言って、ハンスは湧き出る水を指さした。半信半疑で、手を繋いだポーとその前に立つ。


「ええと、森の主さん?」

「いかにも我は、この森の源であり、司る者」


 森の主と言うから、大きな古木を想像していた。それが実際には、洗面器ほどの小さな泉。

 でもなんだか重々しい声で、それっぽくはある。声がする度に、波が立つのも。


「私たち、この森を出たいの。通してもらえる?」

「それは叶わぬことだ。女王の意思は、この森の葉、一枚たりとも外へ出さぬこと」

「そんな。私たちは、葉っぱじゃないの。だからどうにかならないかな」


 無理だろうなと思いながら、簡単にそうですかと諦めることも出来ない。ダメで元々、言ってみた答えは、やはり一言。


「去れ」


 どうしたらいいだろう。どうにか説得するか、他の方法を探すか。説得と言ったって、とりつくしまもない風で、どんな言葉を選んだものか。


「ねえ。私たちね、ドロシーのところへ行きたいの。私はドロシーと友だちになりたいんだけど、ここに居たらそうならないでしょう? だから通して」


 ポーの手が、熱くなる。口にした言葉も、はっきりと強い口調だ。迷いのない、これがポーの気持ちなのだと伝わってくる。

 森の主は、すぐに返事をしなかった。けれど人間で言うなら、口ごもっている。波とも言えないような小さな振動が、水面に弾ける。


「――我は汝らに、二つを問う」

「いいわ、なんでも聞いて」


 ポーが答えると、あちこちから草木の蔓が伸びた。それは瞬時に、私たち全員の四肢を、それから喉を締め付ける。

 驚いて、「ひっ!」と声が出た。すると蔓が、少し締まる。不安に泣きそうな顔で、ポーがこちらを向いた。「ヒナ――」と言うと、また蔓が少し締まった。

 なにか言うと、締まっていく? するといつか、絞め殺される。

 そうと気付いて、背すじに悪寒が走る。一瞬どころでなく、ずっと。でももう、後戻りは出来ない。


「一つ。我は誰か。分からぬ時は、分からぬと言え。さすれば戒めは、解いてやろう」

「分かるぞ。森の主だ!」


 ハンスが叫ぶと、やはり蔓が締まる。それは彼も分かっているみたいで、「なんだ、正解のはずだ! どうしてだ!」と騒いでいる。


「ハンス! 余計なことをしゃべっちゃダメ!」


 止みそうになかったので、仕方なく私も叫んだ。また少し蔓が締まって、止まる。もうかなり息苦しくなってきた。

 早く答えないとまずいけれど、森の主でなければ答えはなんだろう。


「ヒントとかないの。なにもなしじゃ、分かるわけないわ」


 どうしようもないので聞くと、蔓は動かない。妥当な発言なら締まらない、のかな。


「我は――世界に広く存在する。同じ名を持つ者が同じとは限らず、異なる名を持つ者は数え切れぬ。我の親は人、我の子はまた人の中にある。我は、誰か」


 ええ……謎かけというやつだ。さっぱり分からない。

 時間をかけて考えていると、じわりじわり、蔓が少しずつ締まり始めた。

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