第12話:ドールとドール

 震える声を押し潰して、ポーは話した。

 無理をしないで。落ち着いてからでいいと言いたかったけれど、そこまでする彼女の気持ちを思うと、そうも言えない。


「――ルナに、たくさん手紙を出したの。毎日そんなに色々はないから、つまらないかなって思っても、ちょっとしたことでも、なんでも書いたの」

「そうだね、ルナはよく手紙を読んでたよ。返事を書いてるのも、見たことあるよ」


 ポーはまだ、スマホを持っていない。だからSNSやメールのやり取りは出来ない。今どき手紙なんて、誰からだろうと思っていたけれど、そういうことだったんだ。

 そういえば、冗談ぽく「恋人からよ」と言ったこともあったっけ。


「私の書いたことに、どんな小さなことも感想を返してくれるの。困ったことには、アドバイスをくれた。それから、ヒナのこともたくさん書いてあった。夏休みに連れて帰るから、遊んであげてって」

「あ、え。私? うん、遊んでもらってるね」


 レターセットはどこに売っているか、聞かれたことがある。でも私も手紙なんてそれほど書いたことがなくて、どこにあるのかあまり思い付かなかった。だから二人で、探しに行った。ルナは可愛いデザインの物を選んで、たくさん買っていた。自分の着る服よりもたくさんお金を払って。

 書く量もすごかった。脇に何枚も置いて書いているから、書き損じかと思ったら、全部続きだと言っていた。一度に十枚くらいは書いていたと思う。

 たくさん、たくさん。ポーと話していたんだ。離れていても、ポーを助けてあげていたんだ。

 だとすると――。


「だから、ドロシーのことも書いたの。あったことを全部。そうしたら、難しい問題だから、どうすればいいかすぐには答えられないって返事があった」

「それ、いつのこと?」

「今年の春よ。ドロシーと会えなくなった時だもの。忘れないわ」


 この世界の住人たち。ポーとルナ。ドロシーのこと。それらを合わせれば、ポーがなにを言いたいのか分かった。

 そんなの関係ない。ポーのせいじゃないと言いたかったけれど、現に私たちはここに居る。絶対に違うとまでは言い切れない。


「ええと――ルナは、そのあとどうするのか言った?」

「夏休みに帰ってきたら、一緒に会いに行こうって。それなのに――昨日も一昨日も、その前にやることがあるからって言ってたのよ。ドロシーとは関係ないって。ひどいわ、嘘を吐くなんて」

「ひどいね、本当にひどい。ルナは、そういう子なんだよ。ポーが大切だから、一人で解決して、喜ばせようと思ったんだよ」


 ポーは頷く。涙は止まって、まだ眉はへの字だったけれど。なにを言いたいのかは、痛いほど分かる。


「大丈夫だよ。私が必ず、ルナのところへ連れていってあげる。二人で迎えに行こう。なにしてるんだって、叱りに行こう」

「ヒナ。お願い……お姉ちゃんを助けて」


 か細い声が、私の胸の奥に突き刺さる。これを断ることなんて、出来るはずがない。いや断ることを、断固として断る。


「マギー。ハンス。ダイアナも。あなたたち、なにか知らないの? 知ってて、どうして黙ってるの?」


 三人の表情は変わらない。もちろんそれは人形だからで、出会ってからここまで、変化したところは見たことがない。

 それでもなにか、葛藤のようなものが見えた気がする。少なくともすぐに反応がないのは、初めてのことだ。


「……私は最初から、そのつもりで呼んだもの」

「どういうこと? まさか嘘を吐いたの?」

「ルナがこちらに落ちたのは本当よ。それがあったから、私はポーを思い出せたの。ポーなら来てくれるかもって」


 ピンクのウサギは、その場をゆっくり回りながら話した。力を落としたような口調で、ハンスの腕をついと撫でる。


「黙っていたのは謝るよ。でもどうしていいか、分からなかったんだ。女王さまは、とても優しかった。でも今は、とても怖ろしい。僕たちは運良く逃げられたけど、捕まったやつらは命令に逆らえなくなった」


 ハンスにも、いつもの陽気さがない。ため息でも吐きそうだけど、鼻も口もないでは出来ないようだ。

 命令に逆らえないと、あのカメやライオンたちのように、良くないことをやらされるのだろうか。

 目的が分からないけれど、あまり好ましい話ではなさそうだ。


「ダイアナだって、そうだろう?」

「▲△▲?」


 ハンスに同意を求められたダイアナは、頭を抱える仕草をする。覚えてないと言っているらしい。

 ともあれ自由に動けているのだから、ハンスたちと同じ境遇ではあるのに間違いはない。

 それよりも確かめておかなければならない、最も重要なことがある。ポーの気持ちを思うと、なかなか言い出せなかった。

 でも聞かないわけにはいかない。


「聞いておくけど……この国の女王さまって、ドロシーね?」


 マギーとハンスは、深く頷く。「でも」と、マギーは言った。


「私は言ったわ。ここはドールの国、ってね」

「ドールって、そっちのね――」


 ポーリーンをポーと呼ぶように、ドロシーという名はドールと愛称で呼ばれることが多くある。

 けれどもそれが苦しい言い逃れだとは、マギーも自覚していた。そうやってごまかしていたことは謝る、とマギーは言う。その上で、あらためて頼みたいと。


「女王さまを。ドロシーを助けてあげてほしいの。このままじゃ、あの子は死んでしまう!」

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