第8話:消される気持ち

 五人のお茶会は、しばらく続いた。

 ハンスはクッキーだけでなく、チョコやシュークリームまでも、自分の家から引き剥がして出してくれる。井戸から汲み上げた、新鮮なミルクも。

 それらが思いの外においしくて、時間が経つのを忘れてしまった。ダイアナだけは物を食べられないみたいで、ポーの手にお菓子を渡す役目をしている。

 そんなことをしなくても手は届くのだけれど、それが二人とも楽しいようだ。


「ん……あれ、私なにをしてたんだっけ」


 この国に夜は来ない。やらなければいけない、なんて用事もない。ずっとここで、おしゃべりしていたっていい。

 なんて素晴らしい場所なんだろう。

 そう思うと、逆に不安になった。本当にそうなのかな、よく思い出さなきゃと。でもそんなもやもやした気持ちも、すぐに紛れてしまう。


「うん? のんびりするのはいいが、目的を忘れるのは良くないな」


 ハンスは陽気に笑う。それは会ってからずっと、絶えることがない。なんだか真面目なことを言った、この時も。

 彼は踏み台みたいな小さなイスを立って、小屋の壁に立てかけてあった楽器を取る。ギターにそっくりだけれど、なんだか弦の数が多い。


「これはビウエラというんだよ」


 言って、弦をかき鳴らす。音符の多い、忙しいメロディーとリズム。ラテン音楽独特の軽快さが心地いい。

 たぶんすごく上手い演奏だ。マギーとダイアナが、ポーの膝の上で揃って踊る。ポーも楽しそうに、手拍子を送った。


「エチャーレ!」


 演奏の最後に、ハンスは大きく声を張る。それで私は驚いて、背をびくっと仰け反らせてしまった。


「う、なんだか頭がぼうっとする――」

「綺麗なお嬢さん。君はなにか用があって、ここへ来たんだろう? 僕に話してごらん」

「私は……私の、用事? ええと、ルナを」


 その名を出した途端、頭の中がすうっと澄み渡った。分厚い霧が切れていくみたいに、ぼんやりした意識がはっきりしていく。


「なに? 私、ルナのこと忘れてた。どうして――」

「ここは女王さまの国だからね。女王さまを敬愛すること、楽しく過ごすこと。その二つ以外は、歓迎されないんだよ」

「だからって、意識まで操作されるの? そんなの滅茶苦茶だわ」

「大丈夫。気持ちをしっかり持っていればいい。それと、僕も覚えていてあげるよ。だからなにをしにきたのか、話してごらんよ」


 そう促されて、正直に話した。

 私たちはこの世界の外から来た普通の人間で、どうやら先にここへ来ているはずの、ルナを探していると。

 家を壊したり、返事が適当だったり。ハンスはおせじにも、信頼を寄せられるタイプではない。

 けれどももう私は、ほとんど目的を忘れかけていた。その目を覚まさせてくれたその一点は、信用していいのかもと思えた。


「なるほど。女王さまのところへ行った人間がどうなるのかは、僕も知らない。やはり君の言うように、街で聞くのがいいかもしれない」


 彼は答えて、ダイアナにも聞いてくれる。連れていかれた人間がどうなるか、君は知っているか、と。


「△▲△……」


 けれどもダイアナは何度か首を左右に傾げ、知らない様子だった。必死に思い出そうとしてくれて、終いには頭を抱え始める。


「あ、ありがとうダイアナ! 知らないなら無理に思い出さなくていいんだよ!」

「そうと決まれば、早速行こうか。街まではまだいくらかある。とっとこ歩いてね」


 ハンスは、お菓子や焚き火の道具を手早く片付けた。面白いことに、折り畳み式のかまどを閉じると、火も消えてしまう。消火。ではなくて、燃えていた薪ごと消えてなくなってしまった。

 それからダイアナも着いてきてくれるらしい。ひらひらと周りを飛ぶと、ポーの肩に降りて座る。


「――ん、ポー。どうしたの?」

「なんでもないよ。早く街に行こう」


 ポーは口を横に引き結んでいた。なにか嫌なことでも、今の間にあっただろうか。もう一度名を呼んでも、小さく首を横に振るだけだ。無理に聞くのも、良くないのかもしれない。

 また折を見て、聞くことにしよう。


「アンダーレ!」


 どこの言葉だろう。ハンスの掛け声で、私たちはまた街へと歩き始めた。

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