第6話:七本キャンドル

 カメたちが去ったあと、すぐにポーが目を覚ました。「もう朝なの?」と言ったけれど、言われてみればそうだ。私たちが穴に入ったのは、真夜中だった。


「ねえマギー。私も長く気を失ってた?」

「いいえ。あなたは、ほんの少しだけよ。明るいのがおかしいと思っているなら、この国に夜は来ないわ」

「夜が来ない?」

「女王さまは、夜が嫌いなのよ」


 嫌いだから、夜が来ない? そんなバカな。

 なんて思ったところで、ここではそれが通るのだろう。そう考えれば、カメたちが恐れていたのも頷ける。


「そうだ。スマホを見れば時間が分かるわ」

「どうかしら」


 マギーは指を頬に当てて、首を傾げる。可愛いけれど、疑念の意味が分からない。そりゃあスマホの設定をこちらに合わせてはいないけれど、日本時間から時差を計算すればいい話だ。

 それこそ穴に入る前にも、そうやって時間を見たのだ。


「ええと……」


 バッグから出して、スマホの画面を表示させる。ロック画面ではあっても、時刻は出ているはず、だった。

 でもそこにあったのは、見たこともない表示。文字かどうかも怪しい、強いて言っても象形文字みたいな物が数字の代わりに見えた。


「ダメだ――おかしくなっちゃってる」

「でしょうね。この国にも時計はあるけど、みんなバラバラな時間を指してるわ。当てになんてならないもの」


 なるほど。スマホは壊れたわけでなく、この国のルールに影響されたらしい。それなら設定をいじったりしてもムダだろう。


「ねえねえ」

「あ、ごめんねポー。なに?」


 スマホをしまったことで、話も一段落したと思ったのだろうか。ポーが私のスカートの裾を引っ張った。


「女王さまが居るの?」

「うん、そうみたい。どうもルナもそこに居るんじゃないかって。さっき聞いたの」

「そうなんだ! 私、女王さまを見てみたいわ!」


 イングランドにも女王さまが居るけれど、やはりその単語には反応してしまうのかな。

 私も興味はあるけど、どうもこれまでの情報からすると、あまり会いたいとは思えない。

 でも近くに行かなければいけないのも、分かっている。


「会えるかは分からないけど、行ってみなきゃね。たぶんあの街に居るんだと思う。そうよねマギー」

「ええ。あの街の向こうにお城があるわ」

「やった! じゃあ行きましょう!」

「そうね。ルナのことを誰か知っていないか、聞きながらね」


 私たちの今居る草原は、少し高台になるようだ。緩やかに下りが続いて、その先は森になっている。

 はしゃぐポーに引きずられるように、私たちは歩き始めた。


「ねえマギー。時間がないなら、日付けもないの?」

「ええ、ついでに季節もね。この国はずっと春よ。でもなぜだか、曜日だけはあるわ」

「えぇ? それどういうこと」


 言いながらマギーが指した先に、高い山が見えた。山というか、直方体の積み木を置いただけ、という感じだけれど。

 その頂上に、大きな燭台がある。根本から枝が七つに分かれて、それぞれに赤いロウソクが立っていた。


「七本、てことは、火が点いている位置で曜日が分かるの?」

「そう。今日は月曜日だから、真ん中の一つ右ね。毎日順に右へ移動して、木曜日には左側に移るわ。日曜日になると、七本とも火が点くの」

「まるで日曜日だけ、毎週お祭りみたいね」


 時間に縛られるのが嫌いで、日曜日が大好きで、日本の学生みたいな女王さまだ。


「ヒナ。家があるわ」

「え、どこ?」


 燭台を眺めながら歩く私を、ポーは違う方向に引っ張り始めた。行く先を見ると、少し向こうに小さな小屋が見える。木立に囲まれていて、よそ見をしていなくても、私には見つけられなかったかもしれない。

 小屋には煙突があって、薄く煙が見える。間違いなく誰かは居るようだった。


「ポー。怖い人だったらいけないから、そっと行こう」

「大丈夫よ。なんだかすごく、いい匂いがするもの」

「匂い? あ、ほんとだ」


 甘い、お菓子作りの匂い。

 だからって作っている人がいい人とは限らないのだけれど、ポーは「おーい!」と手を振り始めた。

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