第6話
センパイは点滴棒にすがりつくようにして立っていた。
無理をしているのだと一目でわかった。
ぼくは駆け寄って彼女の手を取った。
「あ・・・」
かあっと顔を真っ赤に染めて、センパイはうつむいた。
「どこか座れる場所は?」
「えっ、と・・・中庭、かな」
ボソボソとしたつぶやきをなんとか聞き取り、中庭に向かった。
敷地の真ん中に大きな樹があった。
秋空の下、風に揺られる枝がこすれる音が心地良い。
その樹の下にベンチがあったので、センパイに座ってもらうことにした。
「・・・ん」
ベンチのとなりをペチペチ叩くセンパイ。なんだか少し、幼い仕草だった。「となりに座りなさい」ということだろうか。大人しく従う。
「「・・・」」
並んで座ったは良いものの、会話の糸口が掴めず、変な空気が流れた。こそばゆいような、恥ずかしいような、気まずいような、なんとも言いがたい不思議な感覚。
ちなみに彼女とぼくの間には握りこぶし3個分くらいの間隔がある。ビミョーな距離だが、異性の先輩後輩なのだからこれくらいが適切だろう。たぶん。おそらく。
「あの・・・」
意を決して、こちらから話を切り出そうとしたが、
「ごめんなさいっ」
と先を越されてしまった。頭を下げたセンパイのつむじが良く見えた。
「わたし、全然、キミのこと考えられてなくて・・・」
「あ、いや、それは」
ぼくだって、あなたにどう思われてるかばかり・・・。
センパイは顔を上げてぼくを見た。
宝石みたいに綺麗な瞳。
長くてやわらかそうなまつ毛。
艶やかなくちびる。
そのすべてがぼくの方を向いていた。
「ごめんなさい。そして、ありがとう」
「あのとき言ってくれたこと、うれしかった」
「すごく、すっごく、うれしかった」
「ずっと自分のことが嫌いで」
「嘘だらけの毎日で」
「つらくて、くるしくて」
「死にたいと思いながら生きてきて」
「それでも笑顔を作って過ごしてた」
その瞳から、ひとすじの雫が流れ落ちた。
「はじめて、だったんだ」
「どんどん大きくなる、真っ黒な自分を受け止めてくれたのは」
「キミが初めてだったんだよ」
「すべて聞いて、卑屈を叱って、そして励ましてくれたのも」
「キミが初めてだった」
「死にたいって思うのと同じくらい、会いたいなって思った人も」
「キミが、初めてなんだ」
雲の切れ間から降り注いだ光が、彼女を照らした。
美しかった。ただただ、その光景に見惚れた。
そしてぼくは、ずっと封じてきた言葉を、
「好きです、センパイ」
「卑屈なセンパイも」
「暗いセンパイも」
「黒いセンパイも」
「汚いセンパイも」
「その全部が好きです」
「作り上げた虚像のあなたも」
「すべてをさらけ出したありのままのあなたも」
「ぜんぶひっくるめて、根こそぎ好きなんです」
伝えた。
センパイは泣いていた。
泣きながら笑っていた。
本当に綺麗だった。
「ありがとう。大好き」
気がついたら抱きしめていた。
すごく、細い体だった。
ずっとそばにいてあげたいと思った。
**********
秋が終わり、長い冬も過ぎ去って、ようやく春が来た。ぼくは2年生になった。
始業式が終わりホームルームも終わったので生徒会室に向かう。
扉を開くと、1人の女子生徒が窓際にたたずんていた。
「・・・久しぶり」
女子生徒は背中にまで伸びた髪を風になびかせ、悠然とぼくを見る。センパイだった。
「おかえりなさい」とぼくは言った。
「・・・ただいま」
センパイは目を閉じて、ゆっくりと口角を上げて、穏やかな笑みを見せてくれた。
窓から見える桜を2人で眺めた。
春風に吹かれて舞い落ちる様があまりにも綺麗で、それを眺めるセンパイの横顔はもっと美しくて。
ただただ、幸せだった。
遺伝性の持病で留年した先輩が、僕に心情を吐露してくれる話 無記名 @nishishikimukina
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