第5話

(センパイ視点)


死の間際、母はわたしに「ごめんね」と言った。


なんでそう言ったんだろうって、ベッドで寝ているといつも思う。


わたしを遺して逝ってしまうことに対して?

病気を遺伝させてしまったことに対して?


わたしを


生んでしまった


そのことに


対して?


・・・答えはもう、わからない。永遠に。



**********



白いシーツ。

ライトグリーンの間仕切り。

天井の蛍光灯。


見慣れた光景だ。

見飽きた光景だ。

二度と見たくなかった光景だった。

どうやらこの施設からは逃げられない運命らしい。


わたしは今日も、病院にいる。


ここは刑務所に似ている。

飽きても出ることができないという意味で。


懸命に仕事をされている看護師さんやお医者さんたちには申し訳ないけれど、患者としてのわたしの感想はそんなものだ。


笑顔で皆さんと接していながら、腹の底ではそんなことを考えている自分が嫌いだ。

みんなわたしのことを「気丈に振る舞う患者さん」だと思って見ている。

本当は真っ黒なのに。


薬を大量に消費する自分が嫌いだ。

自分なんかよりもっと素晴らしい人に使ってほしい。


父に負担をかける自分が嫌いだ。

わたしのために毎日病院に来てくれる父が大好きだ。

でもわたしがいなければもっと幸せだったと思う。

健康に生まれてこれなくてごめんなさい。


クラスメイトを不安にさせてしまう自分が嫌いだ。

どうせ長くは生きられないのだから、誰の記憶にも残らずに死ねばいいのに。

どうしても、それができない。


さびしい、のかもしれない。

愛されたい、のかもしれない。


わたしみたいな人間でも


愛されたいという願いだけは


捨てきれない、のかもしれない。





命にはコストがかかる。


わたしはそのコストに見合った人間じゃない。


だからわたしはわたしの存在が許せない。


早く、早く死にたい。


そうすれば、みんなに迷惑をかけなくて済む。





・・・でもひとつだけ、気がかりなことがある。


後輩の、あの子の存在。


全部受け止めて、卑屈を叱って、そして励ましてくれた。


あの時は涙があふれてとまらなくて、何も言えなかったな。

気がついたらいなくなっていたけど・・・気遣ってくれたのかな。


・・・いま、何してるんだろう。


一度だけでいいから、会いたいなぁ。


*********

(ぼく視点)


病院の玄関、自動ドアが開くその一瞬すらもどかしかった。


ぼくは走るのをやめ、早歩きで受付に向かった。


「すみません、ーーです。ーーさんのお見舞いに来ました」


ぼくが早口で用件を伝えると事務員さんは顔を強張らせ、冷たい声で、


「もうしわけありませんが、お帰りください」


と言った。


「どうしてですか!?」


「担当医の指示です」


「なっ・・・!」


あの日ぼくに「帰れ」と言った医者か・・・!


「誤解です、ぼくは・・・!」


受付台に両手をつき身を乗り出して誤解を解こうとするが、


「お帰りください」


取りつく島もない。


クソッ・・・!


もどかしくて身体が震えた。


もう目の前なのに。


伝えなきゃいけないことがあるのに・・・!




**********

(センパイ)



巡回してきた主治医の先生に後輩の彼のことを聞いてみた。


「あぁ、あの子か・・・」


なぜか先生は不愉快そうに顔をゆがめた。


「どうしたんですか?」


「いや、だって君を泣かせた子だろう?」


「泣かせたって・・・」


「まぁ、安心しなよ。出入り禁止にしておいたから」


出入り・・・禁止?

意味がわからなかった。

脳が理解することを拒否していたのかもしれない。


「な、なんでですか!?」


少しの間を置いて、なんとかその一言をひねり出した。


「え、だって何か酷いことを言われたんでしょう?」


彼はいつも勘違いされてきた。不器用で、お世辞が言えなくて、オブラートにも包めなくて、そのくせ語彙力だけはあるから、切れ味だけが鋭くなって、いろんなひとを傷つけて。


「違います!彼はわたしを励ましてくれたんです!」


でも、わたしは知っている。

本当は誰よりも、優しい心の持ち主だって。


「え・・・ホントかい・・?」


わたしは点滴棒をつかみ、ベッドから降りた。


「ちょ、ちょっとーーさん!?」


「彼が来てるかもしれない・・・!」


「だ、ダメだって、絶対安静だよ」


「今回だけですッ!見逃してください!」


あまりの剣幕に呆然としている先生を尻目に、わたしは歩き出す。


よろよろと情けない足取りで、

ふらふらと揺れる欠陥だらけの身体で、


それでも歩みを進め続ける。



『彼に、会いたい』



ただその想いだけが、わたしを突き動かしていた。



**********

(ぼく)


急速に頭が冷えてきた。そして余計な疑問が頭をよぎる。


もし、誤解じゃなかったとしたら?

センパイにぼくの言葉が届いたのかどうかなんてわからない。

結局のところ、委員長の意見じゃないか。

確かめたわけじゃない。

やっぱりセンパイは傷ついていたかもしれない。


いや、気持ち悪かっただろう。


そうに違いない。


ぼくなんかが「センパイを励ましたい」なんて思い上がったから、


こんなことになった。


ぼくはやはり、誰とも関わるべきじゃなかったんだ。


「・・・すいませんでした」


受付台から距離を取り、頭を下げて、病院を出ようと踵を返したその瞬間。


「待って!!!!」


という声が聞こえた。


・・・まさか。


声がした方へ目線を向ける。




センパイ、だった。

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