第4話

「・・・で、あるからして・・・」


教室に響き渡る先生の声。ぼくは死んだ魚のような瞳で黒板を見つめていた。

機械的に板書をノートに写す。


あの日からずっと、抜け殻みたいに生きている。

いや、もはや死んでいないだけで、生きているとは言えないかもしれない。

もしくは死に続けているのかもしれない。


ふとペンを持つ手を止める。

ぼくは窓の向こうのくもり空を見上げ、病室での出来事を思いだしていた。


ぼくが話し終わったあと、センパイはボロボロと泣き崩れた。

ぼくはどうしていいかわからずあたふたするだけだった。

しばらくすると看護師さんが駆けつけてくれた。

看護師さんはセンパイの背に手をあてながら耳元で何かささやいていた。

呆然としながら突っ立っていると、担当医らしきお医者さんが現れ「帰りなさい」とぼくに言った。


冷たい言い方だった。

医師はぼくが暴言でも吐いたのだと思っているようだった。


ぼくは早足で病室を出た。院内で走ってはいけないと自分に言い聞かせ、荒れ狂う感情を抑えながら家に帰った。


それ以降、病室には顔を出せなかった。怖かった。涙の意味を想像するたび、どうしようもない恐怖に襲われた。もし万に一つでも彼女を傷つけていたとしたら。


また


ぼくの言葉が


原因


なのだとしたら。


もうぼくに生きている価値なんか無い。

強くそう思った。


授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。


「今日はここまで」


「きりーつ」「きをつけー」「ありがとうございましたー」


授業が終わったので生徒会室に向かった。

仕事を片付けていると、役員から声をかけられた。


「なぁお前・・・大丈夫か?顔色悪いぞ」


「大丈夫です。気にしないでください」


誰にも相談できなかった。

わかってくれるはずがないと思っていた。

相談しても糾弾されるだけだと思い込んでいた。


ぼくはどこまでも、独りよがりだった。


**********


ある日の放課後、他に誰もいない教室で、委員長に声をかけられた。センパイのお見舞いに行くきっかけになった子だ。


「最近どうしたのよ。お見舞いにも行ってないみたいだし」


「・・・ぼくはもう、行かないよ」


「どうして?なにかあったの?」


「・・・」


無言で通り過ぎようとしたが、


「待ちなさい!」


腕を掴まれてしまった。


「・・・離してくれ」


「いいえ、離さないわ。あなたが白状するまで」


「うるさいな、どうせ委員長だってぼくが悪いって言うんだろ」


「・・・なに言ってるの?」


委員長は困惑していた。ぼくは腕を振り払い、怒声混じりにすべてをぶちまけた。


「センパイが悩んでたんだ」

「病弱な自分は優しさを利用しなきゃ生きていけないって」

「健気さを演出しなきゃ生きてけないって」

「相手に何の利益ももたらさない存在だからだって」

「だからぼくを生徒会に引き入れたのも」

「クラスのみんなと仲良くしたのも」

「全部自分のためだって」

「だから自分は浅ましい人間だって」


「なに馬鹿なこと言ってるんだって思うだろ?」

「ぼくもそう思ったよ」

「でも一方で安心もしてたんだ」

「センパイに人間臭いところがあって」

「よかったって」

「そう伝えたら」

「泣き崩れたんだ」

「センパイが」


ぼくは床に膝をついた。


「そしたら後から来た医者がぼくを悪者みたいに見るから」

「また傷つけたんじゃないかって思って」

「それで・・・」

「それ、で・・・」


もう言葉が出なかった。

涙で前が見えなかった。


「ふぅん」


委員長は手近な椅子に座った。


「それってさ、嬉しかったんじゃないの?」


「そんなわけ・・・」


「あの子が自分を卑下してるのなんか、見てればわかるわよ」


「えっ・・・?」


「でも私はあの子になにも言えなかった。踏み込もうとしても、ダメだった。私じゃダメなんだって気づいたのは、わりと最近のことなんだけど」


委員長は静かに目を閉じた。


「でも・・・そっか。君には話せたんだ」


よかった・・・と小さな声でつぶやいた。そして目を開き、ぼくをまっすぐに見据えた。


「いい?君はあの子から信頼されてる」

「だからあの子は胸の内を明かした」

「でも今のあなたはくだらない被害妄想であの子から離れようとしてる」

「確かにあなたは言葉を選ばない人間だし、無神経だし、これまでいろんな人を傷つけてきたかもしれない」

「だけど今回は違う」

「自分のためじゃない。『あの子のために』言葉を尽くした」

「そうでしょ?」


「・・・」


僕は目を逸らした。


「逃げないで」


委員長はぼくを力強くひっぱって立ち上がらせ、両肩を掴んできた。


「あなたが去ったら、あの子はどうするの」


「っ・・・!」


「あなたしか、いないのよ」


その瞳は、まっすぐに、力強く、ぼくを射抜いた。


「・・・わかった。行くよ」


「いってらっしゃい」


委員長の笑顔は、とても、綺麗だった。


だからだろうか。「ありがとう」と素直に言えたのは。


そうしてぼくは走り出した。


病院へ、センパイの元へ。


もう一度、彼女に会うために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る