第3話

窓から射す陽光が茜色に染まっていた。


センパイはうつむいていた。暗い影が彼女の顔を覆っているように見えた。


「あの、センパイ」


ぼくが声をかけると、センパイはビクッと肩を揺らした。


「・・・なに?」


「どうして、僕にしようと思ったんですか?」


「・・・なにを?」


「その話をする相手」


「・・・」


少し、間があった。


「キミは、変な遠慮とか、しないから」


肩が小さく震えていた。


「・・・なるほど」


ぼくは口を開いた。


「率直な感想なんですけど」


「・・・うん」


「センパイも人間なんですね」


「・・・え?」


「いや、センパイっていつもいい人すぎるので、どこでストレス発散しているのか前々から疑問だったんですよ。だから安心しました」


ぼくは言葉を紡ぐ。


「等身大で、人間臭い、そんなありのままのあなたを知ることができて」


誰にも求められなかった言葉。

誰もが苛立った言葉。

みんなが邪険にした、ぼくの言ノ葉。


「嬉しいんです」


そんなものでも、あなたに届くなら。


「健康な人がうらやましいなんて、当たり前じゃないですか」

「ぼくだってセンパイと同じ立場になったら、きっと健康な人を羨みますし、妬みますし、社会と世界と運命を呪いますよ」

「それでもあなたはそれを表に出さず、ていねいに他者と接している」

「それは、とても難しいことなんじゃないですか?」

「すごいことだと思いますよ」

「簡単なことじゃないでしょう」

「本当に」


みんなセンパイのことをミステリアスな人だと言っていた。

でもぼくはそう思わなかった。

孤独な人だと思った。


「センパイのせいで、ぼくの毎日は楽しいものになってしまいました」

「毎朝学校に行くのが楽しみなんです」

「センパイがぼくに声をかけてくれなかったら、こんなことにはなってないんですよ?」

「動機なんてぼくには関係ありません」

「センパイがぼくを生徒会に引きずり込んだという事実があるだけです」

「それをいまさら『自分のためにやったから』なんて理由で貶めるんですか?」

「ふざけないでください」


生徒会メンバーとボウリングに行った時も、

急に誘われてカラオケに行った時も、

喫茶店でコーヒーを飲んだ時も、

どこか距離を感じた。

センパイには、誰も近づけない、近づけさせない壁があった。


「センパイが醜い?」

「だったらぼくも醜いですよ」

「あなたを見て、『病気に罹ったのがぼくじゃなくてよかった』と安心している自分が確実に心のどこかにいますよ」

「醜いでしょう」


でも、話してくれた。

なら、ぼくがすべきことは一つだけ。


「でもきっとそれは、人間であれば誰もが持っているものなんですよ」

「みんなそうなんです」

「だからそんなに自分を責めないでください」


励ますこと。


「センパイは、すごく、がんばってきたんです」

「だから、認めてあげませんか?」

「過去の自分を」

「醜い自分を」

「嫉妬してしまう自分を」

「その全てを抱きしめた上で」

「また、前に進んでいきましょうよ」

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