第2話

翌日。


ぼくは言われた通り病室を訪れた。


「いらっしゃい」


「こんにちは。お加減いかがですか?」


「最悪」


「それはお気の毒に」


「・・・ぷっ」


あはははは!彼女は突然吹き出して笑った。ぼくは困惑した。


「なにかおもしろいことでも?」


「だってさぁ、相変わらずなんの遠慮も無いんだもん。おっかしくって」


「センパイの笑いのツボはよくわかりません」


「くくく・・・キミはそのままでいいよ」


腹を抱えて笑うセンパイはいつも通りまぶしかった。ボブカットの少し茶色がかった髪の毛が、窓から差した光に照らされて輝いていた。


「・・・すこし、わたしの話を聞いてくれる?」


伏し目がちにセンパイは聞いてきた。


「いいですよ」


ぼくはセンパイによって救われた。センパイと出会うまでのぼくはさながら、ひとりぼっちの惑星に住んでいる宇宙人のようだった。


その星に降り立った異星人が、センパイだった。その異星人はぼくの手を引いて、ほかの星へと連れ出してくれたんだ。


だから、


どんなに重い話でも、

おぞましい話だったとしても、


センパイの話なら、

いつまでも聞いていられる。


それくらい、彼女に心酔していた。


センパイはゆっくりと口を開いた。



************


なにから話そうかな?

そうだなぁ・・・

実はね、わたしのお母さんも、病気がちだったんだよ

知ってた?

そう。わたしが中学生の時に死んじゃったんだけどねー

遺伝なのかなぁ。遺伝なんだろうね。

それでさー

いつかわたしも死ぬんだろうなーって

うん。なんとなく。あ、でもお母さんが死ぬ前からね。

そういう中で大きくなったからかな?

わたしにとって死はとっても身近でさー

例えるなら、双子の妹みたいな感じ。

ピンと来ない?

んーじゃあ、いつまでもついてくる影みたいな感じ・・・って言ったらわかる?


ちょっとカッコつけすぎたかな?

なんか恥ずかしくなってきちゃった。


・・・とまぁそんなこんなで

いじける暇すら無くてね

欠陥だらけのこの体を、

思い通りにならない現実を、

受け入れるしか、なかったんだ

絶望して、悲観して、恨んで、罵って、

それでもこの宿命を受け入れること

それしか、選択肢は無かったんだ


他に道は、無かったんだよ。


キミはわたしのことを随分と慕ってくれているみたいだけど、

それはわたしがそうするしかなかったからだよ?

それだけのことなんだ。

だからすごくもなんともないし、

キミが思ってるような立派な人じゃあないんだよ。

まったくもって、これっぽっちも。

だからそういう幻想は捨ててね?

わたしはただの、

つまらない1人の病人にすぎないんだから。


・・・ねえ、知ってる?

病弱な人は、

社会的な弱者は、

‘‘無力’’で、’‘可哀想’’じゃないといけないんだって。

ちまたじゃ感動ポルノって呼ばれてるみたいだけど、

でもまぁ、そうでもなきゃ、誰も応援しようとは思わないよね。

だから、ある意味で正しいんだよ。

応援したくなるように、偏った伝え方をするのは。


わたしが『良い人』を演じるのも、同じ理由だよ。

健気けなげさを演出して、

優しさを利用して、

そうしてようやく、みんなはわたしのために動いてくれる。

相手になんの利益ももたらさない人間が、

それでも残された寿命を使い切るには、

それしか方法が無いんだよ。


ホントのわたしは、みんなが思うような立派なヒトなんかじゃない。

自分のために優しい先輩を演じて、

自分のために立派な生徒を演じて、

自分のためにキミを生徒会に誘って。


そういう、浅ましい人間なんだよ。


今だって、わたしはキミが妬ましい。

健康で、未来があって、なんでもできて、

可能性の塊のようなキミが羨ましい。


キミにはキミの地獄があって、

わたしにはわたしの地獄がある。


ただそれだけの話なのに

どうしようもないことなんだと

何度自分に言い聞かせても

それでもどうしようもなく


わたしはキミが妬ましい。


そういう、醜い存在なんだよ、わたしは

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