遺伝性の持病で留年した先輩が、僕に心情を吐露してくれる話

無記名

第1話

病室の白いベッドで身体を半分起こしながらこちらを見ている女の子。

彼女はぼくのクラスメイトだ。一つ年上の、同級生。


先輩である。


昔から病気がちだったセンパイは出席日数が足りないために留年し、ぼくと同じクラスになった。

そういう場合、たいていの人は浮いてしまうのだろうけど、この人は違った。

センパイには人を惹きつける『何か』があった。ある人はそれを『カリスマ性』だとか『求心力』だとか『魅力』などと表すのだろうけど、ぼくはそのどれとも違うような気がしていた。


ぼくはセンパイとクラスメイトたちのやり取りを眺めているのが好きだった。混ざりたいだとか、あの中に入りたいだとか思ったことは一度も無かった。自分という存在の異質さを深く理解していたからだ。


昔から、人との会話が苦痛だった。

とくに複数人でのコミュニケーションはほぼ不可能だ。行き交う話題、急に飛び込んでくるボケとツッコミ、イジり、共通のネタ、流行りの話題・・・。全くついていけなかった。


感性がおかしくて、ひねくれていて、ボキャブラリーは豊富で、社交辞令も言わない。


そんな人間がまともに学校生活を営めるわけがなくて。


ぼくが思ったことを口にすると、

必ず相手は顔を曇らせる。

笑顔が消える。


そして真顔になるか、

戸惑うか、

怒るか。


その三択。


そんなことを繰り返すうち、ぼくは次第にしゃべらなくなっていった。


ぼくの言葉は、

誰にも求められていない。


ずっとそう思って生きてきた。


そんな偏屈でめんどうな男に声をかけてくれたのがセンパイだった。センパイはぼくをむりやり生徒会に引きずり込んだ。正式な役職のない下働きだったけれど、みんな優しくしてくれた。少し、うれしかった。


体育祭と文化祭を乗り越え、寒さが深まる秋の終わりごろのことだった。


センパイが入院した。


みんな動揺した。


ある日、「みんなでお見舞いに行こう」と委員長が発案した。大人数で病室に押しかけるのはありがた迷惑になってしまうんじゃないかと思ったけど、センパイの様子が気になってしかたなかったのでついていってみた。


センパイは(少なくとも表面的には)元気そうに見えた。大人数で押しかけてきた級友たちに丁寧に対応していた。健康な女子たちが泣き崩れ、病人の彼女がそれをなだめるという、まるであべこべな状況だった。


シュールな光景だなと思ったけど、さすがに口には出さなかった。


ぼくは少し離れたところから眺めていた。「そんなとこでなにしてんのよ」と涙目のおさげ委員長に怒られたので、ぼくは近くの花屋で買った花を手渡しながら「お大事になさってください」と手短に言った。センパイは「ありがとう」と返してくれた。


笑顔だった。


病室から引き上げる際、センパイに呼びとめられた。「明日また来て」と言われた。不思議に思ったが、小さくうなずいた。ほかの級友たちはすでに病室を出ていたので、このやりとりを聞いた者はいなかった。

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