Secret between two

「次の新月の夜、またここに連れてきてほしいんだ」

「お前、まさかさっき言ってた集会を気にしてるのか?子どもたちの母親は、警察が」

「実は」

グレンの言葉を遮る。

発車を停めたグレンの目を見つめた。

「ある目的があって、王国の不穏な動きを調べてるんだ」

「目的…?」

「ソフィアもそれを知っていて、協力してくれている」

レオンの目的をソフィアに相談もせずに話すことに少し気が咎めるが、そのまま話を続ける。

「前、ソフィアの研究棟で初めて会ったとき、西に宗教集団ができてると言ってただろう?子どもたちの母親の失踪も、それに関係している気がするんだ。それを調べたい」

「…ソフィアが王宮の不穏な動きを探ってたのもそのためか?」

「そうだ」

「目的ってなんだ?なんでそれを調べてる?」

「説明するのが難しいし、たぶん話しても君は信じられない。だからこれ以上は聞かずに協力してほしい」

レオンの言葉にグレンが目を細める。

しばらくそのままレオンを睨んだ後、グレンは「…わかった」とつぶやいた。

そして改めて前に向き直る。

「勘違いすんなよ。お前に協力してやるんじゃあくて、幼馴染のソフィアの頼みだからお前のいうことも聞いてやる。ただ、なんか変なマネしたら、ソフィアの従兄弟だろうとなんだろうと、容赦しないからな」

「ありがとう」

内心ホッとしてグレンにお礼をいう。

グレンは低くうなったあと、今度こそ車を発車させた。

行きと違って帰りは無言が続いたが、もともと無言に慣れているレオンには苦ではなかった。

ソフィアの研究棟の前に着き、グレンに礼を言って車を降りる。

研究棟のドアを開けると、ちょうどソフィアが何かの実験をしているところだった。

「おかえりなさい。遅かったのね」

ソフィアが持っている器具から目を離さないままレオンに声をかける。

レオンはソフィアの側に行くと、「話したいことがある」と話しかけた。

集中しているソフィアから一拍遅れて返事が帰ってくる。

「これを終わらせるから、夕食のときに話しましょう」

その言葉にうなずく。

「夕飯は僕が作るよ」

「パフが作っておいてってくれたわ。それを食べましょう」

どうやらレオンの居ない間に侍女が来て夕飯を作ってくれたらしい。

2人分作ることに侍女が怪しく思わないのだろうかと不思議に思いつつ、ソフィアにうなずいて階段を登った。

キッチンには、ソフィアの言ったとおり、3,4人分ほどのシチューが置かれていた。

シチューを温め直す。

今日会った兄妹や、不気味な占い師のことを考え、ソフィアにどう話そうか考える。

きっと怒るだろうな…

ソフィアと知り合って2週間ほどだが、親しい人間が祖父と北の大地に住む妖精くらいしかいないレオンにも、ソフィアの注意深さや警戒心の高さはわかった。

初めて会ったとき、自分や自分の話を信じてくれたのも、ソフィアにとってはかなり大胆な賭けだったと理解できる。

そんなソフィアだからこそ、レオンのことをばれずにここに匿っていられるのだろうが…。

ほんの一部とはいえ、レオンの秘密をグレンに勝手に話してしまったことに、ソフィアは怒るに違いない。

ソフィアの怒る顔を想像したあとに、車の中でグレンから聞いたソフィアの話が自然と浮かんできた。

『チェルシー伯も現チェルシー伯爵夫人も肌の色は白い。それを見たやつらがソフィアは妾との子だ、とか使用人との間に生まれた子だ、とか勝手に噂してる。』

周りに人がいない環境で育ったレオンには、周りに大勢人がいて噂話をされる気持ちなどわからない。また、生まれてからほとんど祖父と2人暮らしなので、女性の感情や思考の形などはとても理解できない。そのため、周りと違う容姿を持ち、伯爵令嬢でありながら誰も周りに置かず1人研究に没頭しているというソフィアの気持ちは全く想像ができなかった。そんな環境がソフィアの注意深さや警戒心を育てたのか、とぼんやり想像する。

考えながら温め直していたシチューが煮立ってしまったところで、慌てて火を止めた。

ちょうどそのとき、ソフィアが階段を登ってきた。

思考を打ち切り、ソフィアと自分のシチューをよそう。

テーブルに持っていくとと、「ありがとう」とソフィアが礼を言った。

食事前の挨拶をし、2人とも食べ始める。

もともとレオンもソフィアも饒舌なタイプではないため、食卓は静かだ。

侍女が作ったというシチューは、レオンの魔法で作るシチューよりも遥かに美味しく、レオンは密かに驚く。

魔法もなしで、なぜこんな美味しいものが作れるのだろうか…。

2人ともほとんど食べ終わった頃、ソフィアが口を開いた。

「それで、話したいことってなに?」

「実は…」

レオンもスプーンを置く。

グレンに西の町に連れて行ってもらったこと、母親の失踪した子供2人の話、占い師の元へ行ったことを順に話す。

ソフィアは驚いたり小さく顔をしかめたりしながらレオンの話を聞いていた。

「…それで、占い師がエルドウィンの癒やしの会へ行けと、その男に言っていた。その後エルドウィンって何か尋ねたけど、老婆は教えてくれなかった。君はエルドウィンって何か知ってる?」

「…地名みたいだけど、聞いたことないわ。地名でなければ、教会みたいな建物の名前かもしれない」

「そうか…」

そこで一旦話が途切れる。すぐにまたレオンは口を開いた。

「それで、次の新月の夜…3週間後の土曜に、そこに行ってみようと思うんだ」

ソフィアの眉が少し釣り上がる。

「危険すぎるわ」

「かもしれない。だけど何か僕の勘がそこに行けと言っているような気がする」

「行くとしても、足がないでしょう」

「実は…グレンに頼んだんだ」

そこでソフィアの端正な眉がきゅっと寄せられた。

「グレンは怪しんだでしょう」

「うん…だから、僕の目的を話した」

なんとなく早口になる。

ソフィアの眉はさらに寄せられた。

「あなたが魔法使いということも話したの?」

「いや、それは話していない。僕がある理由で、ジャルダンの怪しい動きを調べているって説明した」

さらに早口になる。レオンには、なんとなく後ろめたいような、ソフィアを怒らせたくないような気持ちがあった。

無言でソフィアがレオンを見つめる。眉は寄せたままだ。

しばらくして-レオンにはかなり長い時間に感じられたが-ソフィアは一つため息をついた。

険しい表情のままレオンを見つめる。

「私は貴方に協力すると言った。でも、それは十分注意して慎重な行動を前提とした話よ。今日みたいに、グレンとはいえ普通の観光客なら行きたいといわない西の町へ行きたいと言ったり、怪しい老婆に話しかけたり…怪しい動きをしていると、いつか貴方が魔法使いだということが周囲にばれるかもしれない。そしたら、私だけでなく、私の家族、それにグレンやカミルにも迷惑をかけるかもしれないのよ。軽率な行動をするなら、協力はできない。それは分かってて」

「…分かった」

そう言って、もう一言付け加える。「すまない」

ソフィアは少し表情を緩め肩をすくめた。

2人の間にまた沈黙が訪れる。今度は少し気まずい沈黙だ。

レオンは、めったにしないことだが、気まずい沈黙を破ろうと口を開いた。

「このシチュー、君の侍女が作ったんだろう。2人以上作らせて、彼女は怪しまないのか?」

その質問に、ソフィアが今度は居心地悪そうに身じろぎする。

レオンは不思議に思ってソフィアの返答を待った。

「……実は……」

「うん」

「パフには、貴方のこと恋人だって説明したの」

「…こいびと?」

理解が追いつかず片言になる。

ソフィアは言い訳するようにレオンから視線をそらした。

「従兄弟だって説明は、パフには無理でしょう。だから、王立学校で知り合ってそのまま付き合ってる人と同棲してるって説明して…」

「…うん」

「パフは私と同じ年頃で、小さな頃から一緒だったの。恋愛話が好きだから、すぐに信じてくれたわ。…お父様やお母様には秘密にしてくれるって応援も」

小さな声でソフィアが付け加える。

レオンはなんとなく理解した。

つまり、ソフィアの侍女はソフィアと同い年くらいであり、恋愛に無頓着なソフィアと違って年頃の娘らしく恋愛話が好きで、親に秘密で研究棟で同棲をしていることを秘密にして応援してくている…ということらしい。

ソフィアが気まずそうにしているのを見て、レオンは言った。

「そのほうが、従兄弟というよりも怪しまれないかもしれない。今度僕のことを紹介する時は、恋人として紹介するほうがいいかのかも…君さえよければだけど」

最後の一言を付け加える。ソフィアは少し肩をこわばらせたあと、力を抜いた。

「…いいわ」

そして、少しだけ残っていたシチューを食べ始める。黙々とシチューを食べるソフィアが、何を考えているのか、どんな感情なのか、レオンは全くわからなかった。

シチューを食べ終え、ソフィアが食器を流しで洗う。

そのまま、「研究の仕上げをするから」と言い残し、「おやすみなさい」と自室へ消えていった。

レオンはポツンと取り残される。

ソフィアは最後少し怒っているような…機嫌が悪いような感じがした。でもなぜ?

女性の心は難しい。レオンはため息をつく。

北の大地に住んでいた頃、レオンの周りにいた女性といえば妖精だったが、彼女たちはもっと簡単だった。感情はその瞬間に1つしかないからだ。

たいてい、褒め言葉で妖精の心は浮き上がる。美しい、軽い、小さい、羽が煌めいている…などだ。

ソフィアの自室を見つめる。

ソフィアの心はそんな単純な言葉たちでは動かないんだろうな。

そんなことを思い、レオンも残りのシチューを食べ始めた。

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