Suberb of the town
グレンたちと約束した日がやってきた。
既に王都ジャルダンはソフィアが軽く案内してくれていたので、グレンたちにはジャルダンより西の郊外の案内を頼んでいた。
ソフィアとジャルダンにでかけた日、ソフィアが買ってくれた衣服に袖を通す。
レオンが北の大地で身につけていたような麻の服や魔法使いのマントではなく、人々が身につけているような服…暗い紺のジーンズに白いシャツといった出で立ちだ。
グレンが車で迎えに来る予定だったので、レオンは塔の屋上の東屋のソファに沈み込んで待っていた。
傍らには分厚い本が積み上げられている。ソフィアから借りたものだ。
グレンたちから東の帝国ノロの話を聞いて以来、レオンはノロのことを調べていた。
魔法使いと人間が共に暮らす国…爺がレオンに話さなかったということは、おそらく爺も知らなかった国だ。
そのことについて興味を惹かれ、この1週間ソフィアの蔵書を探させてもらってたいたのだが、ノロの記載がある本はレオンが思ったよりずっと少なかった。
リリオスに比べて歴史が浅く、400年ほどまえにできた国だ。ちょうどアルデリヒトとロアンが魔法使いをリリオスから追放した時期でもある。
少数部族をドラゴン一族という一族が束ねる首長国家。現在の王はデイドラゴン。
時折リリオスと衝突もあり、国境はない。
カミルたちが説明してくれた情報とほぼ変わらない。
魔法使いと人間が共存して危険はないのだろうか。
考え込んでいると、空からクラクションが聞こえた。
本を置き東屋から出て空を仰ぐ。空中道路から東屋の目の前、車一台分の屋上駐車場にグレンが運転する車が降り立った。
「よお、待たせたな」
グレンが運転席から顔を出す。乗れよ、と言われレオンは戸惑った。
「どこに乗ればいい?」
「助手席に来いよ。いろいろ案内しやすいだろ」
助手席があやふやなレオンに、グレンは隣を指差す。
レオンは平静なふりをして車に乗り込んだ。
「シートベルトつけて」
「しーとべると?」
困惑するレオンにグレンが「おいおい嘘だろ」とため息なのか感嘆なのかわからない声をグレンが出す。
「右手のドアの上の方にあるだろ。もしかして車に乗ったことねえのか?」
「いや…」
どうやってごまかそうかとレオンが口ごもっていると、グレンは「まあいいや」とけろっと意識を切り替えた。
ほっとしてシートベルトをつかむ。
グレンの見様見真似でシートベルトを装着すると、グレンは「よし、出発」と言って車を空中に滑らせはじめた。
「そういえばお前ってソフィアの親戚なんだよな。てことは結構金持ちだろ」
「まあ…」
そういえばそういう設定だった、と思い出す。
ソフィアが聞いたら激怒しそうだ。
「シートベルトもつけたことないって、いつも送迎車だったってことか…お前ボンボンだなぁ」
なるほど、そういうふうに解釈してくれたらしい。
これからは田舎育ちの何もしらないボンボンのフリをしよう…。
そう心に決め、周りを見渡す。車は勢いよく西の方に走っていく。
「今日はカミルはどうしたんだ?」
「あいつは宮中行事で楽団員としての仕事があってさ。お前によろしくってさ」
グレンが機嫌よく答える。
前会ったときはグレンもカミルもそれぞれ王宮の制服らしきものを着ていたが、今日は私服だ。
大きめのシャツに細いスキニーパンツを履いたグレンは、制服を着てるときよりもだいぶ幼く見える。
見つめるレオンの視線に気づいたのか、「お前ほんとにシンプルな格好だな」と運転しながらグレンが言った。
「そう…か。ソフィアが買ってきてくれたんだが」
「ソフィアも洒落っけはねぇからな~。もっとおしゃれすれば社交界でも一目置かれる美女になるだろうに」
「そうなのか」
ソフィアの整った顔立ちを思い出す。グレンの言う通り、ソフィアはお洒落などは微塵も興味がないらしく、いつも濃紺か黒のワンピースを着ていた。
「ソフィアと一緒に住んでんだろ。普段はふたりとも何してんの」
「大体ソフィアが出かけることが多い。彼女がいない間はわた…僕は家事をしたり本を読んでる。家にいるときは研究の手伝いをしたりしてる」
怪しまれないよう慎重に言葉を選ぶ。グレンは「へぇ~」とうなずいた。
「まぁもともとあいつは面倒見いいしな。弟の面倒もよく見てるし」
「ソフィアとの付き合いは長いのか?」
「王立学校で6年間一緒だった。その前もアーノルド家とチェルシー家でちょくちょく付き合いがあったからそう考えると知り合って10年くらいかな」
グレンが懐かしそうに語る。いわゆる幼馴染というやつなのだろう。
「ソフィアは…社交界では浮いてるのか?」
レオンのぽつりと聞いた質問にグレンが横目で見る。
グレンはすぐ視線をそらすとまっすぐ前を見ながら言った。
「浮いてるかって聞かれちゃ浮いてるな。本人がどう思ってるのかは知らないけど、貴族連中は噂話が好きだから、その中には聞いて楽しくない噂も当然ある」
「ソフィアもチェルシー家嫡男のソフィアの弟も、昔からチェルシー伯に連れられてパーティとかには顔を出してた。ソフィアと弟は全く肌の色が違う。チェルシー伯も現チェルシー伯爵夫人も肌の色は白い。それを見たやつらがソフィアは妾との子だ、とか使用人との間に生まれた子だ、とか勝手に噂してる。実際はソフィアの実母は南国でチェルシー伯と知り合って正式に結婚したけど、ソフィアが生まれてすぐ亡くなったそうだけどな」
グレンがハンドルを切る。景色は王都の洗練された町並みから少し廃れたような町並みに変わってきた。
「チェルシー伯は誠実な人だし、賢才で王の信頼も厚い。ソフィアも王立学校に入学したころからずば抜けて秀才だったから、貴族連中のやっかみもあるんだろ。本人がどう思ってるのか知らないが、ソフィアが社交界嫌いなのはそれもあると思うぜ」
「せめて社交界にソフィアを守ってくれる人がいればなあ」とグレンがつぶやく。
「守ってくれる人?」とレオンが聞くとグレンが「チェルシー伯とか、婚約者とか」と答えた。
「ソフィアの父親は王宮では力ある人だろう。なぜ守ってやれない」
「伯爵はいつも王宮の任務で各地を飛び回ってる。婚約者も、ソフィアの身分と年齢ならいてもおかしくはないが、伯爵は元々ソフィアが勉学に秀でているってわかってるからソフィアの自由にさせてやってるんだろ。賢い人だからな~あの人は。人格者って感じで」
「君は自由なのか。同じ貴族だろ」
ふと疑問を感じて問う。グレンはレオンを見てにやっと笑った。
「俺らの親父はソフィアの父親と違って荒っぽいタイプで雑なんだよ。おかげさまで俺もカミルも自由にやってる」
そうなのか、とレオンがうなづく。
それからしばらく、グレンの他愛もない話を聞きながら車は30分ほど走った。
「ここらへんに停めるか」
グレンが車を空の道路から町の駐車場に向かって降りさせる。
車を停めた駐車場は周りには寂れたビルがあるだけで、あとは荒れ地だった。
車から降り、空気を吸う。「酔ってないか?」というグレンの質問にレオンは首を振った。
「ほんとに…何もないんだな」
レオンの言葉にグレンが肩をすくめる。
「ここは、西で一番店がある通りから、少し過ぎたところだ。もう少し戻れば店や家がある。といっても、ジャルダンほど栄えてないし、ジャルダンより栄えてることといったら占いくらいだ。まさか占いに興味はないだろう?」
「いや、ある」
レオンの答えにグレンが驚いたように眉をあげる。
「占いに興味あるなんて、まじで女みたいなやつだなぁ。まあいいや。店はこっちだよ」
車の鍵を閉め、グレンが歩き始める。
しばらくついていくと、グレンの言う通り屋台のようなものが並んだ町に出た。
といっても、レオンが最初に見たジャルダンの屋台のように華やかではなく、どこか陰鬱としている。
レオンがゆっくり見れるようにか、グレンが歩速を緩める。
レオンは屋台を注意深く見た。
物を売っている人たちも買っている人たちもあまり裕福ではなさそうだ。
通りを歩いていると、子供がどんっとぶつかってきた。
レオンはよろめき、子供は後ろ向きに尻もちをつく。
その後ろから枝のようなものを持った大柄な男が悪態をつきながら走ってきた。
子供をむんずとつかみ、持っている枝で殴ろうとする。
「やめろ!」
グレンが叫び男の手をとめる。
大柄な男はギロリとグレンを睨むと唾を飛ばした。
「こいつらが店のものを盗んだんだ!おめぇは下がってろ!」
よく見ると子供の手にはパンが握られている。
レオンはその手からパンをそっと抜き取ると今にもグレンに殴り掛かりそうな男に渡した。
さらに、ソフィアから預かった財布からお金を出す。
「これで今回は見逃してやってくれないか」
パンの金額よりも多いお札を見て男がじろりとレオンを睨む。
やがて男がゆっくり腕を下ろすと、レオンの腕からお札をもぎとった。
「今度やったら殺すからな、クソガキ!」
子供に怒鳴ると、大股で去っていく。
グレンは、レオンを「なんで子供からパンをとりあげたんだよ」と避難の眼差しを向けた。
それを無視して、子供の前にかがむ。
「なぜ、パンを盗んだ?」
子供の目を覗き込み、レオンは聞いた。
子供はきっとレオンを睨みつける。それでもレオンが辛抱強く返事を待つと、子供は渋々言った。
「食べるものが…ないから」
「両親はどうした?」
「父さんはいない。母さんは…どこか行った」
そこで子供の声に涙が馴染む。
それを聞いたグレンとレオンは眉をひそめた。
「母さんが家出したのか?」
グレンの問いに、子供がうなずく。
レオンとグレンは顔を見合わせた。すぐに視線をそらし、レオンが子供と向かい合う。
「母さんがいないからパンを盗んだのか?家にいるのは君ひとり?」
「妹もいる」
小さい声で子供がいう。そうか、とレオンはうなずいた。
「君の名前は?」
「…ドラ」
「ドラ、僕の右手を見て」
ドラが怪しげにレオンを見つつレオンの右手に注目する。
レオンは右手をくるりと返す。その手には先程のパンが現れた。
グレンと子供が驚く。「どうやって…?」とグレンがつぶやいた。
「マジックだ」
レオンが答える。本当は魔法なのだが。
手から出したパンをドラに渡す。ドラが受け取るのを見て、レオンが言った。
「ドラ、僕はレオン。今のマジック、君の妹にも見せてあげるよ。お家に案内してくれないか?」
ドラが一瞬悩む。そしてうなずいた。
「こっち」
ドラが歩き出す。「おい、どういうつもりだ」というグレンを無視してレオンも歩き出した。
ドラが案内したのは、通りから2本ほど奥まった狭い路地だった。
古い家の扉をドラが開ける。
中に入ると、ドラより2,3歳下と見られる小さな女の子がいた。
ドラがその戸に駆け寄る。
そして、パンを半分にして渡し、「この兄ちゃんたちがくれたんだ」と説明した。
女の子がドラとパン、そして入り口に突っ立っているレオンとグレンを交互に見る。
レオンは二人のそばによると女の子に話しかけた。
「僕はレオン。君は?」
「…ノラ」
女の子が小さな声で答える。
「ノラ、よろしく。僕マジックが得意なんだ。僕の右手をよく見ててくれる?」
ドラとノラの視線がレオンの右手に集まる。
レオンはそれを確認するとくるりと右手を回した。
何も起こらない。
子供たちが不思議そうにすると、レオンは「待って、こっちだった」と左手を差し出した。
そこには赤や青、黄色の小さな花々が握られていた。
ノラとドラの顔が輝く。
「どうやってやったの!?」
ドラが尋ねた。「ひみつ」とレオンが微笑みながら答える。
そして「はいこれ」と右手を差し出した。
そこには、さっきだしたのと全く同じパンが握られていた。
「すごい!」
喜ぶ兄妹に、そのパンを与える。
グレンが近づいてきて、「どうやったんだ、これ」とつぶやいた。
「マジックの得意な人に教わった」
そう言ってごまかす。
兄妹がパンをかぶりつくのを見て、レオンは「母親が失踪したということだろうか」とつぶやいた。
その問いにグレンも険しい顔になる。
「いくら寂れているとはいえ、この町には警察がいる。小さい兄妹だから通報できなかったのかもしれない。」
「小さな子供二人、しかもお金も残さずに家出するだろうか?」
レオンの疑問にグレンもさらに顔を険しくする。
レオンは兄妹の前にしゃがみこみ、「母さんは、家出するまでどこに行くって言ってた?」と聞いた。
それを聞いて、ドラが顔を暗くする。
「占い師のところに…母さんは占いが好きなんだ。大切な用事があるって言ったきり、帰ってこなかった」
その話を聞いたノラも顔が沈む。
レオンが2人の頭を撫でる。そして立ち上がり言った。
「母親が戻るまで、2人の面倒を見てくれる人はいないのだろうか」
「両親が色々な事情で面倒を見れない子どもたちを見る施設がある。警察への通報も、俺が同僚に頼んでしておく」
「じゃあ、僕らは占い師のところに行こう。気になる事があるんだ」
「気になること?」
グレンの問いにレオンはうなずく。グレンは待ったが、それ以上は答えないレオンに見て、ため息をつきつつ兄妹のところにしゃがんだ。
「俺はグレン。もう、ここで母さんを待たなくても大丈夫だ。面倒を見てくれる人を呼ぶ。それでいいか?」
兄妹が不安そうに顔を合わせる。「でも…母さんが帰ってきたときに僕たちがここにいなくちゃ、心配するよ」
「母さんが見つかったら、お前たちに会えるようにお前達の場所を教えておくよ。それでいいか?」
ドラとノラはしばらく逡巡していたが、やがてドラがうなずいた。
「よし、決まりだ。お前はちゃんと妹の面倒を見て、えらいな」
そう言ってグレンがドラの頭を撫でる。ドラは少し恥ずかしげだが、嬉しそうだった。
グレンがスマホを取り出し、連絡を取り始める。やがて算段がつくと、レオンに言った。
「警察が、もうすぐここに来て2人を保護してくれるみたいだ」
警察という言葉にドラがびくっと体を震わせる。グレンは安心させるようにウインクした。
「盗んでたことは、大目に見てもらえるよう頼んでおくよ」
それを聞いて、ほっとしたようにドラはうなずいた。
しばらくしてやってきた警察に2人を保護させ、残ったレオンとグレンは向かい合った。
「占い師のところにいこう」
「事情を説明しておいたから、警察もあの子たちの母親の捜索に乗り出すと思うぜ」
「さっき言っただろう。気になることがある」
そう言って家の外に出る。
先程の通りに戻る途中で、すれ違ったみすぼらしげな女性に声をかけた。
「すみません。僕たち、占い師を探しているのですが、どこにいらっしゃるかご存知ですか?」
女性が胡散臭げにレオンを見る。
「占い師はたくさんいるが、ここらで一番有名なのは真っすぐ行って3番目の路地を右に入ったところにある」
そう言って逃げるように去っていく。
レオンは後ろ姿に「どうも」とお礼をいうと歩き出した。
女性に言われたとおりに道を進む。
路地を曲がった先には、建物の前に置かれた椅子に腰かける老婆と、文机のような小さな机を挟んでこそこそ話す青年がいた。
老婆の前には水晶玉のようなものがあり、中に煙のようなものが不思議に揺らめいている。
「…あなたの言う通り、妻は妊娠しました。だけど体調がよくないし、医者に見てもらう金もない。どうすれば?」
「次の新月の夜に、エルドウィンで癒やしの会が行なわれる。妻を連れてそこへ行くが良い」
老婆が水晶を見つめながらぼそぼそと話す。
青年が「エルドウィン…」とつぶやく。老婆は水晶から目を話しじろりと青年を見ると次に横目でレオンたちを見、視線を戻してさらにぼそぼそと何か低い声でつぶやいた。
青年はうなずいて立ち上がる。
レオンたちと目を合わさないように青年はレオンたちの脇を通り過ぎた。
水晶玉の中を覗き込む老婆に近づいていく。
老婆は重たいまぶたの下からじろりとレオンたちを見上げると視線を落とした。
「お聞きしたいことがあるのだが」
レオンが話しかける。老婆は黙り込んだまま答えない。レオンは構わずそのまま続けた。
「数日前、こちらに女性が来なかっただろうか?ちょうど幼い娘息子がいるような年だ」
老婆は答えない。しばらく待って返事がないのを確認するとレオンは質問を変えた。
「先程仰っていたエルドウィンとは?」
老婆がじろりと睨む。そして視線を落とした。
老婆が答えないのを見ると、レオンはため息をついてグレンを振り返った。
「帰ろう」
「お、おう」
老婆に背を向けて歩き出す。レオンのあとを追いかけるようにグレンがついてきた。
「おい!」
レオンの左腕を強い力でつかむ。
「何もない西の町に行きたがったり、子供の母親を探したり占いに首突っ込んだり…お前、何者だ?ただの好奇心と正義感か?」
レオンの目を見据えて睨む。レオンはその目を見つめ返した。
「…僕は何者でもない。ただ気になっただけだ」
「それなら、ただの好奇心で、警察や騎士団みたいに事件に首を突っ込むのはやめろ。変なことに巻き込まれたら、お前だけじゃなく、ソフィアやソフィアの家族にも迷惑がかかるんだぞ」
「…そうだな。気をつける」
レオンがうなずく。グレンは腕を離した。
しばらく無言で歩く。
2人は車を停めた駐車場に着き、乗り込んだ。
グレンがエンジンをかける。空の駐車場に戻ろうとしたとき、レオンは口を開いた。
「君に頼みたいことがある」
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