Meeting two men
ハッと目を覚ます。
小さな窓から漏れてくる光は月明かりだ。
一瞬ここはどこだ、と考えソフィアの研究室だと気づく。
起きて軽く服を整え、隣の部屋に入るとソフィアが何やら大きな買い物袋を机に置いたところだった。
「それは…?」
「夕食の材料よ。侍女に頼んで持ってきてもらったの。出来上がった弁当は1つしかなくて…2人分だと怪しまれるから。貴方ができてる方を食べて」
「君は?」
「私は一食くらい食べなくてもいいわ」
「作れば良いんじゃないのか。キッチンもあるし」
「…料理は苦手なの」
「私が作る」
「貴方料理できるの?」
「レシピがあれば。北の大地に住んでいる時は私が料理をしていた」
「レシピは用意できるけど…」
ソフィアがつぶやき、手元にある四角い機械を操作する。
「それは?」
「タブレットよ。インターネット回線を通じてあらゆることを検索できるの」
「いんたーねっと…」
「あとで教えるわ。レシピ出てきたけど…」
「貸してくれ」
タブレットを受け取る。
レオンは懐から杖を取り出した。
そして軽く1ふりする。
その瞬間、ふわっとタブレットが浮いた。
ぎょっとするソフィアをスルーし、浮いたタブレットを自分の目の高さに持ってくる。
レシピをのぞきこみ、材料を確認すると杖をもうひとふりする。
今度は買い物袋からじゃがいもや卵が勝手に飛び出した。
その後はまるでマジックを見ているかのようだった。
勝手にじゃがいもの皮が剥かれ、卵が割られ、火を通される。
10分ほどで、おいしそうなオムレツができあがった。
ふわふわとオムレツが浮いてテーブルの上に用意されている皿に収まる。
最後に水道に向かってレオンが杖を降ると、勝手に皿たちは洗い物を始めた。
唖然とするソフィアに、「どうぞ」とレオンがオムレツをすすめる。
ソフィアは混乱しながら「あ、貴方は杖が必要なの?」と少しとんちんかんな質問をした。
「水や氷は得意な魔法だからなくてもできる。杖は人間にとっての剣みたいなものだ。素手でも戦えるけど、君たちは剣や刀を使うだろう?」
少し古い例えに少し首をかしげつつ、おそるおそるオムレツに口をつける。
「…おいしい」
「それはよかった」
レオンも用意されていた弁当に口をつける。
2人でもくもくと食べ、ほぼ食べ終わった頃ソフィアが口を開いた。
「貴方の服を用意したの。蒼いマントじゃ怪しまれるから…」
買い物袋の横に置いてある袋を指さす。
レオンが袋を開けてみると、中に紺色の服が入っていた。
広げてみると、リリオスの人々が身につける普段着とは少しちがう。
「貴方を、私の遠い親戚兼医学研究生とすることにしたの」
「君の家族は怪しむんじゃないのか」
「大丈夫よ。父は長らく出張中だし、義母と義弟が貴方に会う機会はないわ。怪しむとしたら侍女だけど…口止めしとく」
「必要なら私の存在が不自然じゃないように軽い魔法をかけることも可能だが」
「そんなこともできるの?」
ソフィアが眉を上げる。
だが、ふるふると首を振った。
「いい。周りの人に魔法をかけられるの、私は抵抗ある」
「…そうか」
レオンがうなずく。着替えてくる、といってレオンはいったん自分の部屋に消えた。
そしてすぐに出てくる。
顔が幼くて小柄な分、少し医学研究生にしては不自然だが、まぁソフィアと同じく飛び級したと言えば通らなくはない。
そういえばこの人って幾つなのかしら。
「ねぇ、貴方っていくつなの?」
「18」
「えっ、」
見えない、という言葉を飲み込む。
どう見ても15歳くらいにしか見えない。
「君は?」
「…16よ」
「その年で学院を卒業して医学研究者か。優秀だな」
「なぜそれを?」
「パーティ会場で人々が噂していた」
レオンの言葉にそう、と黙る。
ソフィアが黙ったのを見て、レオンが言った。
「君の研究室を見せてくれないか。研究生のふりをするなら、少しくらい研究室の様子を知らないと不自然だろう」
レオンの言葉にソフィアがうなずく。
食器を軽く片付け(レオンが食器にかけた魔法で食器はひとりでに自分をスポンジで洗い元の場所に戻っていた)、階段を降りる。
研究室は、レオンが一度も目にしたことのないような様々な機械が並べられており、決して広くはなかったがソフィアの性格なのかきちんと整理されていた。
「私の専門は希少疾患の研究。薬の開発を行っているわ」
「医師や薬剤師とは違うのか」
「医師や薬剤師は、病気を実際に治療するために働く人たち。私は研究者で、研究段階のものを実践に使えるようにしたり論文を書くのが仕事」
「なるほど」
実験器具や本棚にあるノートをまじまじと見る。
「あなたはリリオスの北の街フロイドから来た医学研究生で、さらに勉強するためここで見習い助手として働く、ということにするわ」
「わかった」
ソフィアの言うことに素直に従う。
実際、生まれてから北の大地以外で暮らしたことのないレオンには、リリオスや科学技術の知識は所詮本から得たものだ。
まだ魔法族が追放されているリリオスで不自然がられないためにも、ソフィアの言うことを素直に聞くのが一番の得策だとレオンにはわかっていた。
もちろん、祖父の予言が直近のものを表しており、今こうしている間にも何か底知れない問題が動いているのではという焦りはあるが…。
「私はとりあえず普段どおりに過ごすけど…」
「君がここにいる間は見習いとして人間界や君の手伝いを学ぶ。それ以外は、魔法の研究をすることにする」
「魔法…よくわからないけど、もし鍛錬みたいなことをするのだったら屋上にあるバルコニーを使って。簡易な屋根がついていて空を行き交う車からは見えないようになっているから」
「鍛錬…わかった。私の外出はいつできるようになる?」
「わからないけど、私のスクールの同期で今王宮で士官している人がいるから、その2人にあってみる。…気になってたんだけど、あなたのその話し方直したほうがいいわ」
「おかしい話し方か?」
「そうではないけど…年齢に見合ってないもの。一人称は正式な場以外では「僕」にしたほうが不自然じゃないと思う」
「わかった。そうしよう」
その相槌や軽くうなずく素振りさえ老齢なのだが…まあいいかとソフィアが肩をすくめる。
それから風呂やトイレなどを一通り説明し、ソフィアは自室に引っ込んだ。
レオンは、ソフィアが言っていた屋上に出る。
既に日は暗く沈んでいた。
屋上には、ソフィアが言っていたとおり、片隅に東屋のような場所があった。
ソフィアの屋敷の自室と同じように、南国風の1人掛けソファーと小さな丸テープルが置いてある。
レオンはそのソファーに近づくとゆっくりと腰掛けた。
体が沈む。爺の座っていた固い寝椅子とは大違いだ。
持ってきた小さな荷物の中から、小さい羊皮紙と書物を取り出す。
爺の鏡文字で書かれた予言。
水や氷を得意とするレオンとは違い、祖父は星や火に長けており、レオンが知る限り、毎日星の予言を汲み取っていた。
長い灰色の髪に覆われた横顔を思い出す。
物心ついたときには既に両親のいなかったレオンにとって、たった1人の家族。
もう誰もいなくなってしまった。
何年も前に爺が星の予言と引き換えに命を落とすことは2人ともわかっていた。
だから悲しみはない。ただ心にぽっかりと穴が空いたような気がするだけだ。
爺が汲み取った星の予言を明らかにし、必要とあらばリリオスを救う。
それがロアンの代から続くこの血の使命であり、爺との最後のつながりだ。
天を仰ぐと、屋上にでたときには気づかなかった星の煌めきを見つけた。
科学技術が発展し、都心になればなるほど星の煌めきは薄らぐと昔学んだ。
おそらく、今レオンが見つめている星は、北の大地では一際強く光っていた星なのだろう。
人間は死ぬと星になると子供に言い聞かせるという。
爺もそこにいるのだろうか、と思いつつレオンは持ってきた本に目を落とした。
レオンがソフィアの研究棟で暮らすようになって10日ほどして、ソフィアは「スクールの同期」を連れてきた。
1人は燃えるような赤毛で、もう1人は艷やかな肩までのブロンド。2人ともスラリと長身でだった。
「グレン・アーノルドとカミル・アーノルドよ。双子ではないけど兄弟で、2人とも王宮に士官しているわ」
「ついている役は全然違うけどな。ソフィアの遠い親戚なんだって?俺はグレンだ。よろしく」
赤毛のほうが茶目っ気のある目をキラキラさせて握手を差し出す。
握手の習慣がないレオンが目をぱちくりさせていると、グレンは強引にレオンの手をとってぶんぶんと上下に降った。
「俺は王立騎士団で将校をしてるんだ。こっちは官吏をしてる」
そう言ってカミルを指す。
カミルは「よろしく」と手を差し出すと、今度はきちんと差し出したレオンの手を柔らかく、だがしっかりと握った。
「カミルは優秀で、官吏兼王宮の楽団員もしているの」
「2つ飛び級した君には届かなかったけどね」
カミルが微笑む。嫌味っぽさはなく、涼し気な目元が細まって色男とはこういう人のことをいうんだろうな、とレオンはぼんやり考えた。
「立ち話もなんだから、中に入って話しましょう」
そう言って、ソフィアが2人を中に招き入れる。
リビングまで上がり、椅子に腰掛けると、ついてきていたソフィアの侍女パフがお茶の支度を始めた。
対照的な2人のアーノルド兄弟はそれぞれ制服を着ていて、どうやら仕事帰りらしかった。
「どこの街から来たんだ?」「北のほう?寒いほうか?」「ジャルダンは都会だろ~だけど自然には欠けるよな」などひっきりなしに話しかけてくるグレンは間違いなくレオンが接したことのないタイプだったが、不思議と嫌な感じはせず、答えられるところだけレオンは答えた。
カミルはソフィアと和やかに話していて、どうやら2人はソフィアにとって「信頼できるスクールの同期」というよりも「親友」に近いようだった。
パフが紅茶を4人分出したところで、グレンが「で、」と切り出した。
「なんでわざわざ俺たちを呼んだんだ?」
ソフィアがパフに出ていくように、と合図を出す。
パフが頭を下げて、部屋を出ていくとソフィアが「2人に2つお願いがあって」と言った。
「お願い?珍しいね」
カミルが優雅にお茶を飲む。うつむいた時にさら、と流れた髪の隙間から少しとがった耳が見えた。
「俺がソフィアに宿題見せてってお願いすることはよくあったけどな」
グレンがにやっと笑う。
ソフィアは「1つめは、レオンに街を案内してほしいの」と切り出した。
「いいけど…別に案内だけならソフィアがすればいいんじゃないか?スマホ持たせて歩かせれば、レオンだっていくら田舎者でも歩けるだろう1人で街ぐらい。」
「レオンはジャルダンとかけ離れたところで育ったのよ。それにすっごく機械オンチなの。私も暇があるときは案内するけど、レオンはすごく遠くまで興味があるみたいだから…私は車運転しないし」
実際、レオンの機械オンチは本当だった。
ソフィアと出会った日、ソフィアに渡されたイヤホン型携帯電話は最初の1回目以外うまく使えた試しがないし(ずっと研究棟にいたので、使う機会もないのだが)、ソフィアの助手をしようとしても、ボタンを押すだけの機械さえまともに扱えず壊してしまう始末(大変高額な機械だったらしく、ソフィアは自力で2日かけて直していた)なので、ソフィアはレオンに機械を使わせることはとっくに諦めているのだった。
ソフィアの説明にふぅん、とグレンがうなずく。そして「まっ今の時期そんなに忙しくないし、暇がある日は車出してやるよ」と言った。
「ありがとう」
ぺこっと頭を下げる。
それを見て、グレンが「なんか子供みてーなやつだな。お前いくつ?」と聞いてきた。
「18だ」
「えっ俺らと同い年か!見えねぇなぁ」
初日にソフィアが思ったことをずけずけという。
レオンは別に気分を害したふうでもなく紅茶をすすった。
カミルが「で、2つめのお願いって?」と続ける。
ソフィアごく、と紅茶を飲んだ。
「大したことではないんだけど…王宮で最近変なこととか起きてないか気になって」
「変なこと?」
「いきなりお前が王宮のことに興味をもつなんてどうしたんだ?いつも研究と義弟(おとうと)のことしか興味ねぇくせに」
カミルとグレンが不思議そうにソフィアを見つめる。ソフィアは少しあたふたしながら言った。
「いや、別に…そう、父に手紙で尋ねられたの。最近王宮で変なことや不審な動きは起きてないかって。長く王宮と元老院を空けていらっしゃるから心配みたいで…だけど私は2人が言う通り普段は研究室と屋敷に籠もってるから全然わからなくて。ほら、今はレオンもいるし」
ソフィアの説明に「チェルシー伯爵なら自力で調べられそうだけどなぁ王宮の内部くらい」とカミルが首をかしげる。
レオンは隣に座るソフィアがどぎまぎしているのを感じたが、レオンが魔法使いでリリオスで不審な動きがないか探っているということはどうやら極秘らしい。絶対に嘘を貫き通すという強い決意を感じたのでソフィアに従い黙ってることにした。
すると、グレンが首をかしげつつ「そういえば、」と切り出した。
「西の方で不審な集会が流行ってるって噂は聞いたなぁ。今のところ事件や事故は起きてないから、何か小さな宗教集団でもできて集会をやってるんじゃないかって」
「西の方は比較的貧しいから、そういう宗教団もできやすいね。今に始まった話じゃない」
「まあーたしかにな。王宮も元老院も、今は静観してるってとこだ。そちらを心配するくらいなら、東のノロを警戒するほうが先決だからな」
「ノロ?」
レオンが尋ねる。
グレンは「東の国ノロだ」と答えた。
「セカンド・アースで一番でかくて統制がとれ、発展しているのはリリオス。ノロはそれに比べて小さな国で、少数民族がいくつも集まって形成している。首長であるデイドラゴンが統率しているんだけど、リリオスと違って魔法使いと人間が共に暮らしているという噂がある」
カミルが説明する。レオンは思わず「魔法使いと…?」と口に出した。
「ああ。ま、本当かどうか知らないけどな。ノロとリリオスは休戦協定中で、国交もないし」
グレンが肩をすくめて言う。
魔法使いと人間がごちゃまぜに暮らす国。そんなものがあるなんて知らなかった。
爺も知らなかったのだろうか。
レオンが考え込んでいると、ソフィアが言った。
「ノロは治安も悪く、気性が荒い人が多いの。だらか東の国境には常に警備兵がいるわ」
「そうなのか…」
考え込んだレオンを見て、カミルが言った。
「まあ、でも、ソフィアが言うような危険や不審な動きなんてものはないよ。国王陛下の跡継ぎの話でもめるって話もあるけど、国王陛下は健康そのものだし、まだその心配をするのは先の話だ。」
その言葉にソフィアが「そう…」とうなずく。そしてチラリとレオンを見た。
レオンは考え込んだまま、黙っていた。
「おっと。そろそろ王宮に戻らないと」
カミルが時計を見て立ち上がる。
「俺もだ」と、グレンも続く。
「レオン、来週の週末なら町案内できると思うぜ。どこ行きたいか考えとけよ」
「わかった。ありがとう」
グレンの言葉に返す。
グレンとカミルはひらひらと手を振ると、ソフィアに見送られ出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます