第4話「一致する感情」

 日曜日の夜、久しぶりに秋悟と食事に出かけた。

 新宿三丁目のとある老舗居酒屋は、彼が最近見つけた気に入りの店だ。


 秋悟は店選びのセンスが著しく、彼が選んだ店――それが居酒屋であれ大衆食堂であれどこでも――に、私は満足しなかったためしがない。 

 今回もまたしかりで、新宿の居酒屋とは思えないほど丁寧に作り込まれた料理の数々は、私の胃の中を幸福な音をたてて滑り落ちる。特に、れんこんのはさみ揚げや明太ポテトチーズ春巻は絶品だった。


「ここにいると、普段いかにぬるい食事をしているかわかるだろう?」

 カウンター席に横並びで座り、店主厳選の日本酒を快調に飲み進めていた秋悟が、ふと手をとめてつぶやく。

「そうね、確かにぬるいわ」

 蠱惑的こわくてきな――と、自分では思っている――微笑を投げかけながら返答し、バーボンの入ったロックグラスに口をつけた。

「ああ、もちろん、冬美の手料理はいつも美味しく食べているよ。そういう意味じゃないさ」

 ほんの少し焦った様子で、大真面目に付け加えた。


 もちろん、秋悟の言わんとしていることはわかっていた。

 ぬるい食事というのはたとえば、私が利用者の食事介助をしながら義務的に食べる冷めた給食だとか、彼が社食で後輩たちの無駄話を聞き流しながら啜るラーメンだとか、あるいは真夜中のセックスの後、なんでもいいから胃に入れたいと足を運んだ先のファミリーレストランで食べる脂身でぎとついた唐揚げだとか、そういうのを指すのだろう。

 私の作る料理はこの店のそれには及ぶべくもないけれど、何を出しても、彼は一度だって食べ残したことなどない。それどころか、たまに忙しいときにスーパーの惣菜や弁当を買って提供すると、冬美の作る濃いめの味つけが恋しいなどというジョークを、ごくたまにだけど口にしたりする。顔色を変えずに、野球中継の映った液晶テレビに目をやりながら。 秋悟はそんなふうに、不意討ちみたいに幸福をもたらす。


「なにそれー。取ってつけたみたいに」

 先ほどと調子を変えていたずらっぽく答えると、秋悟は思わず相好そうごうを崩す。こういう茶目っ気のある発言も、かつてはあまりなかった。以前の彼ももちろん好きだけれど、口数が増えて表情が少しだけ柔らかくなった最近の秋悟が、たぶん私はもっと好きだ。


「これからも、変わらずあなたが好きよ。たとえ、あなたがほかの誰と寝ようとも」

 ロックグラスをからからといわせながら、頬を上気させて言った。

 しらふでは、口に出せない豪胆なセリフ。臆せずにそんな発言をしてしまうほどには、私は酔っているようだ。酔っていても、それは確かに真実だった。


「俺も同じさ」

 

 座ったまま私の肩を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。 

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