第6話 あ、あるんですか!?

 翌日、浅葱あさぎたちが宿泊した宿を出て本格的に動き出したのは、昼頃の事だった。


 昨日の酒宴しゅえんはともかくとして、移動の疲れはあったので、朝はゆっくりさせて貰った。


 揃って9時頃にもぞもぞと起き出し、少し遅めの朝食は宿の隣の小さな食堂で軽く食べた。


 浅葱などはほんの少しだが宿酔ふつかよい気味だったので、起き抜けに常備薬の胃薬を飲みつつ、クラムチャウダーを頼んだ。聞いてみると燻製豚ベーコンは使われていなかったので、安心して浅蜊あさりと牛乳の優しさを味わう事が出来た。


 その胃薬は勿論もちろんロロアが調合したものである。胃薬にも色々あり、今回は酒の飲み過ぎに効くものである。


 ロロアとカロムは、具材たっぷりのサンドイッチを美味しそうに食べていた。


 昨夜の酒宴では、それはもうチェリッシュに酒をすすめられたものだった。


 浅葱はそう強く無いと言っていたので無理強いはされなかったが、浅葱はついいつもより多目に飲んでしまった様だ。


 米酒は予想通りあっという間に無くなり、チェリッシュはストックのエールやワインをどんどん出して来ては、浅葱たちに振る舞った。


 ちゃんぽん飲みは悪酔いしてしまう確率が高くなるので、浅葱は飲み易い白ワインだけをマイペースでいただいていた。


 ただ、少しばかり自分の許容量を越してしまっただけだ。


 そしてそうなってしまう程に、楽しかったと言う事だ。


 朝食の後はまた少し宿の部屋でゆっくりして、昼食へ。浅葱も復活したので、揃って手軽にミートソースのスパゲティをいただいて、宿に戻ると裏の厩舎きゅうしゃに停めてあった馬車に乗り込む。


 またカロムの操縦で、村外れのチェリッシュ宅へと向かう。


 そうして到着し、馬車から降りて馬を繋いで、カロムが家のドアの呼び鈴を鳴らした。


 ほんのわずかの後、静かにドアが開かれる。顔を出したのはアルバニアだった。


「ロロアさま、アサギさま、カロムさま、ご機嫌よう。お待ち申し上げておりました」


 アルバニアが言って、丁寧に頭を下げる。浅葱たちも「こんにちは」とお辞儀した。


 促されて中に入ると、台所とは違う方向の奥からチェリッシュが小走りで出て来た。


「いらっしゃあ〜い! 待っていたわよぉ〜。ロロアちゃん今日も可愛いわねぇ〜!」


 チェリッシュはロロアを抱き上げると、その小さな身体に嬉しそうに頬擦ほおずりをする。


 浅葱は「あれ、デジャ・ヴ?」と微妙に気が遠くなりそうな気がしながら、眼を細めた。


「私ねぇ、ロロアちゃぁん、昨日はお久し振りに会えるのが嬉しくてうっかりしていたのよぉ〜。お免状をお渡し損ねちゃったわぁ〜」


「僕も忘れてしまっていたのですカピ」


 ロロアの場合は、別の理由なのだろうが。今もだが、昨日の再会はなかなか衝撃的なものであった。


 この村に来る途中の馬車の中でロロアが話していた。


「錬金術師は独立をする時に大お師匠さまに挨拶に行くのですカピが、その時にお免状をいただくのですカピ。独り立ちした一人前の錬金術師だと言う証なのですカピ。僕は既に独立をしてそれなりの期間が経つのですが、そのお免状がまだだったのですカピ」


「そのお免状が無いと、一人前の錬金術師って言えないの?」


「それは大丈夫なのですカピ。お免状はあくまで証明書なのですカピ。大お師匠さまと、僕の場合はレジーナお師匠さまの証明があるので、一人前と名乗れるのですカピ」


「そっか。ちょっと焦っちゃった」


 その免状を今日、チェリッシュからロロアへとさずけられるのである。


 チェリッシュはロロアを下ろすと、テーブルの上にある平たい木の箱を開け、そこから丁寧な仕草で羊皮紙ようひしを取り出した。


「さ、ロロアちゃん」


 チェリッシュが言うと、ロロアは2本の後ろ足で立ち上がる。チェリッシュはその正面にしゃがんだ。


「はぁい、ロロアちゃん、独立おめでとう〜!」


 そう言って両手で差し出された羊皮紙を、ロロアは前の2本足で受け取った。


「大お師匠さま、ありがとうございますカピ」


 ロロアは嬉しそうに笑みを浮かべ、眼を輝かせて羊皮紙を見つめた。


 確かに免状が無くてもロロアは一人前だ。だがやはり、こうして手元に証が、証明出来る現物があるのは気持ちが違うのだろう。


 その時拍手が湧き上がる。チェリッシュ、そしてアルバニアにヨランダ、カロムによるものだ。浅葱も後を追う様に慌てて手を鳴らした。


 ロロアは羊皮紙をカロムに渡して、カロムはそれをうやうやしく木の箱に戻し、ふたをして持ち上げた。そしてチェリッシュに頭を下げると、チェリッシュは満足げに笑顔でそれを受け入れる。


「これで大仕事は終わったわねぇ〜。アルバニアちゃん、お茶を淹れてくれるかしらぁ。今日はお珈琲コーヒーにしようかしらねぇ」


かしこまりました」


 アルバニアが一礼して台所へと向かう。浅葱たちは椅子を勧められ、昨日と同じ場所に掛けさせて貰う。


 ややあって、アルバニアが昨日と同じカップをトレイに乗せて、台所から戻って来た。ロロア、浅葱、カロム、そしてチェリッシュ、ヨランダの順にカップを置いてくれる。


 カップからは香ばしい珈琲の香りが立ち昇っていた。


「大お師匠さま、昨日と今日、お時間をいただいてありがとうございましたカピ」


 ロロアがあらためて礼を言う。


「あらぁ、お免状を渡すのは大切なお仕事だしぃ、何より色々な錬金術師の子たちと会えるのが嬉しいのよぉ。ほらぁ、普段はお電話とお手紙ばかりでしょう〜。それもレジーナちゃんとか優秀過ぎる子たちからはほとんど無いんだし〜。ロロアちゃんなんか1度も! 相談のお電話とかくれた事無いのよぉ〜」


「まだ独立して間も無いのですカピ。きっとこれから沢山お世話になってしまうのですカピ」


「相談なんて無くてもぉ、お電話とかくれたら嬉しいわぁ。近況を教えてくれるだけでも楽しいものぉ〜」


 チェリッシュは言って、楽しげに笑う。


「実は大お師匠さま、実はご相談があるのですカピ」


 ロロアが言うと、チェリッシュは「あらっ」と嬉しそうに眼を見開いた。


「早速ねっ。嬉しいわぁ〜。何かしらぁ」


「あの、ご存知の通り、アサギさんは異世界のお方なのですカピ」


「ええ、そうねぇ。私も初めてお眼に掛かるのよぉ〜」


「その異世界に帰る方法、もしくは行き来する方法、そんなものはありませんカピか?」


 ロロアが率直に言うと、チェリッシュは真剣な表情になり、次にはにんまりと口角を上げる。


「戻る方法なら、あるわよぉ〜」


 そう事も無げに言われ、浅葱は一瞬「へぇ、あるんだ」と素直に思ってしまったのだが、直ぐに驚きで腰を浮かす。


「あ、あるんですか!?」


「あるわよぉ。これはねぇ〜、錬金術の大師匠の立場になって、先代から譲られる道具と技術なのよぉ〜」


「そうなのですカピか……」


「あるのか……」


 ロロアとカロムも相当驚いたのか、呆然と口を開いている。


 これまでロロアも色々と調べてくれた。レジーナも骨を折ってくれたと聞いている。だが手掛かりすら出て来なかったのだ。


 なので、いくら大お師匠さまとは言えど、難しいのでは無いかと思っていた。ロロアも一か八かの気持ちでいたと言うのに。


「僕、自分なりになのですカピが、沢山調べたつもりでしたカピ。ですが手掛かりも無かったのですカピ」


「まぁねぇ〜、特別秘密にしているものでも無いんだけどもぉ〜、そんな事を聞く子がそもそもいないんだものぉ。異世界転移なんてぇ、私も生まれて初めての出来事なんだからね〜。そりゃあもしかしたらぁ、異世界から来たけどもぉ、隠して生活している、なんて子もいるかも知れないわぁ。でもわざわざ探したりもしないしねぇ。アサギちゃんの場合は、隠していなかったでしょう〜。だからこの村にまで噂が流れて来たのよぉ。もうっ、ロロアちゃんたちがいつ頼ってくれるかって、私待ち兼ねていたのよぉ〜」


 チェリッシュはそう言って、少しねた様に頬をふくらませた。


 しかしそうなると、また新たな問題が湧き上がって来るのだった。

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