第11話 本当に、本当にありがとうございました

 ラジオ体操が終わり、ルーシーはお手洗いへ。最後まで羞恥しゅうちが抜けなかったルーシーがほんのりと赤い顔に笑みを浮かべて戻って来ると、「お、お通じありました」と伝えてくれた。


「良かったです。では体重を計りましょう。5日振りですね」


「はい。楽しみです」


 5日目の夜までは毎日体重測定をしていたのだが、この5日は計っていなかった。5日目まで少しずつではあるが順調に減っていたので、それなら4日空けて、もっと多く減っている事を体験した方が、喜びが大きいのでは無いかと思ったのだ。


 浅葱あさぎとカロム、ルーシー、アントンはぞろぞろと水回りへ。ルーシーは体重計を前に、少し緊張した面持おももちで喉を鳴らした。


 そしてそおっと体重計に足を掛けると針が回り始める。両足を乗せ、揺れる針がやがて示した数値は。


「……65.4キロ!」


 ルーシーが叫ぶ様に言った。


 減量合宿を始めた日が70キログラム、それから徐々に減って、5日目は67.1キログラムだった。それから4日間で1.7キログラム減った事になる。


 ルーシーは眼を見開いて「うわあぁぁぁぁぁ〜……」と溜め息を吐く。


「凄い、凄いです……。え、これ、ええと、え、9日間でええっと、4.6キロも減ったって事ですか? 本当ですか?」


「本当ですよ! ルーシーさん凄いです! 良かったです!」


 浅葱もこの結果につい興奮してしまう。まさかたった10日でここまで落ちるとは思っていなかった。当初言った通り、3キログラムも落ちれば上等だと思っていたのだ。


 ルーシーは元々体重の変動がしやすい体質なのかも知れない。太りやすくもあるが、痩せ易くもある、そう言う体質。


 若いから新陳代謝もすぐに良くなったのだろう。


 ならここまで落ちたのにも納得が行くか。


「はぁ〜、本当に凄いもんだなぁ。こんなにも効果があるものなのか」


「本当にのう。アサギくんの世界には、とんでも無い減量方法があるんじゃのう」


 カロムとアントンも大いに感心した様に言う。


「僕も自分で体験した事は無かったので、ここまでの効果に驚いてます。減量って言うのは僕の世界でもされている人が多くて、時代でり方も変わって来たんです。脂分を控えるとか食べる量を減らすとか、お肉を減らして野菜を増やすとか、いろいろありましたね。今は、と言うか僕がこの世界に来た時に流行っていて効果も出るって言われていた遣り方が、ルーシーさんにお伝えした方法なんです。ルーシーさんが信じて実践してくれたからです。本当に良かったです」


「はい! 本当に嬉しいです! この調子で合宿が終わっても続けて……続けられるかしら。私が作るご飯で、お米少なくて済むかしら」


 意気揚々いきようようと言ったルーシーだったが、次第に消沈して行く。カロムはそれを笑い飛ばした。


「だから、さっきも言ったが、自分の料理1番!ぐらいに思っておけって。ウォルトさんも言ってただろ、ちゃんと旨いからってよ」


「う、うん。そうですよね!」


 ルーシーは元気を取り戻し、そう言って拳を握り締めた。


 浅葱たちが共有スペースに戻り結果をロロアたちに伝えると、皆は「へぇっ!?」「わぁ!」と驚きを見せた。これまで殆どが無口だったカリーナでさえ「え」と小さいながらも声を上げた。


「それは凄いなぁ! たった10日でそんなに。良かったなぁルーシー」


「本当ですカピ。ルーシーさん凄いのですカピ。凄く頑張られたのですカピ」


 ウォルトとロロアに言われ、ルーシーははにかんだ。


「ありがとうございます。これも全てアサギさんのお陰です。私はアサギさんが教えてくださった通りにする様にして、ご飯を食べさせて貰っていただけなんですから」


 しかし次には、その表情が曇る。


「問題はこれからです。自分の料理でここまで出来るかどうか」


「大丈夫だってルーシー。この10日、アサギくんのご飯を食べてどんな物を食べたら良いか掴んだだろう?」


「それはそうだけど……」


 ウォルトが元気付ける様に言うが、ルーシーはやはり浮かない顔。


「だったら大丈夫だよ。さっきも言ったけど、ルーシーのご飯だって美味しいんだ。この調子で続けて行ったら、目標の体重になる事が出来るよ」


「そうですカピ。僕、ルーシーさんのお料理も食べてみたいです」


 ロロアがほがらかに言うと、ルーシーは「あ、あら」と慌てて顔を赤らめた。


「普段からアサギさんのお料理をいただいている錬金術師さまに食べていただくなんて、本当に恐れ多すぎます……!」


「ああ、今度良かったらうちでお食事いかがですか? 今回のお礼も兼ねて、是非ご馳走ちそうさせてください。と言っても僕は料理はからっきしで、作るのはルーシーなんですが」


 ウォルトの提案に、ルーシーは益々ますます焦る。


「お、お父さん、だから本当に恐れ多いから」


「無理強いはしないですが、ルーシーさんさえよろしければ、是非いただいてみたいです」


 浅葱が笑顔で言うと、ルーシーはとうとう顔を両手でおおってしまう。


「わ、私の勇気が出たらいらしてください〜」


 その様子に、その場に小さく和やかな笑いが起きた。


「そしてルーシーさん、これから大事な事を言います」


 浅葱が表情を引き締めると、ルーシーが「は、はい」と緊張する。


「体重は急激に落ちると、身体が危険を感じて体重をたもたせようとするんです。停滞期と言います」


「停滞期、ですか」


「はい。その時に焦ってしまうかも知れませんが、根気良く続けてください。また必ず減り始めますから」


「はい。解りました」


 ルーシーは神妙な顔になって、大きく頷いた。




 翌朝、最後の朝食はいつもの通りチーズオムレツと野菜たっぷりのミネストローネ、バナナと蜂蜜はちみつのヨーグルト。


 ルーシーたちは仕事に行き、そのまま家に帰る。浅葱たちはこの集会所を隅々すみずみまで掃除して、家に戻る。そうして合宿は終了する。


 アントンたちの食事は昨日の晩までだったので、今朝はいない。ルーシーの体重を計るのが昨日が最後で、朝食はこれまでと同じ内容だったので来る必要が無かった。


 ルーシーとウォルト、カリーナは浅葱たちに深々と頭を下げた。


「本当に、本当にありがとうございました」


「ありがとうございました」


 カリーナは最後までほぼ無言だったが、それでも感謝の意がみ取れた。


「いえいえ、とんでも無いです。成果が出て本当に良かったです」


「そうだな」


「はい。それが1番ですカピ」


「はい。本当に嬉しいです」


 顔を上げたルーシーはにっこりと笑った。


「家に帰ってからも続けます。少しでも美味しいご飯を作って、お米の量が少なくても満足出来る様にしたいです。アサギさんみたいに巧くは出来ないと思いますけど、お父さんもカリーナも応援してくれているので、頑張りたいです」


「はい。応援しています」


「私にもう少し自信が付いたら、お父さんが言った通りうちにお食事に来てください。お礼がしたいです。是非振舞ふるまわせてください」


「はい。楽しみにしています」


 そうしてルーシーたちは仕事に向かって行った。


「さて、俺らは片付けと掃除だな。今まで以上に綺麗にしないと。で、役場に行って鍵返して」


「合宿も終わりだね。ロロアもカロムも、協力してくれてありがとう」


「とんでも無いのですカピ。僕も健康的に身体が軽くなった様な気がするのですカピ」


「確かにな。俺の身体も調子が良い気がする」


「筋肉を作る成分もたっぷり食べていたからね。鶏肉とか大豆とかが良いんだよ。特に大豆は毎日食べてたもんね。お腹に良いから」


「成る程な。減量と筋肉増量は通ずるものがある訳か」


「運動は軽いものだったけどね」


「確かに俺には物足りなかった」


 カロムがラジオ体操を思い出したか、「くく」と笑みを零す。


「よし、じゃあ片付けから始めよう。少しでもロロアの研究時間を確保したいからね!」


「お気遣いありがとうございますカピ」


 そうして浅葱たちは、まずは朝食の後片付けに取り掛かる。


 全てを終えて役場を訪ねて鍵を返却する。


 そうして、合宿は無事終了した。

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