第7話 あ、あの、ちょっと恥ずかしいです

 林檎りんご蜂蜜はちみつを乗せたヨーグルトもいただいた夕食の後、洗い物などを終えて、紅茶を入れてほっと一息。


 落ち着いたら今夜も運動である。ラジオ体操第1だ。昨日始めたばかりで皆まだ覚えていないので、今回も浅葱あさぎが前に立ち、見本になる。


 昨日と違い、ルーシーは少しも嫌がらない。実際にやってみて、難しく無い事が解っているからだろう。


 終わり、ふぅと小さく息を吐くと、ルーシーがこっそりと浅葱に耳打ちする。


「あ、あの、お手洗いに行ってみます。腰とかお腹をひねったからか、今なら……あの……」


 言い辛そうである。それもそうだ。同性相手ならともかく、異性には言い難いだろう。浅葱は後を引き継ぐ様に「はい」と頷いた。


「まずはリズムを作りましょう。そうすると習慣付くと思いますから」


 ルーシーに合わせて小声で言うと、ルーシーは「は、はい」と赤い顔でうつむいて、いそいそと小走りでその場を離れた。


 アントンたちは病院に戻り、浅葱たちは紅茶を淹れ直してまた一息。水を飲むのも忘れずに。後は風呂を使って寝るだけである。


 この世界の風呂に、シャワーと言う便利なものは無い。コンロと同じ燃料で湯を沸かす事が出来る大きなたるがあるだけだ。


 最初はそれを少し不便に感じていたが、慣れてしまえばどうと言う事は無い。


 その樽からおけで湯をすくって、身体や頭を洗うのである。シャンプーやコンディショナーなどと言う洒落しゃれたものも無いので、顔も身体も頭も同じ石鹸せっけんで洗うのだ。


 その石鹸は不思議と髪がぱさつく様な事も無く、浅葱のふんわりした髪も、元の世界にいた時のままを保っている。


 この公民館の風呂は一般家庭のものよりも広く、大人5人ぐらいまでなら同時に入れるので、まずはルーシーとカリーナの姉妹が入り、その後に浅葱たち男連中がまとめて入るのだ。


 数分後、ルーシーが戻って来る。その表情は浮かなく、成果が出なかった事がうかがえた。


「駄目でした……」


 ルーシーはしょんぼりとそう呟く。


「まだ始めたばかりですからね。そんなにがっかりしなくても大丈夫ですよ。でも、そうだなぁ、もうちょっと繊維質せんいしつの多い食材をメインにしてみようかな。大豆もだけど、牛蒡ごぼう、セロリ、きゃべつ、きのこ類、とかかなぁ」


 浅葱が思案すると、カロムが「ふぅん」と感心した様に言う。


「それが腹に良い食材なのか?」


「うん。お通じを良くしてくれるんだよ。じゃあ明日からそうしてみよう。朝はきゃべつとセロリと大豆をたっぷり使ったスープを作ろうか。ミネストローネだと丁度良いね。お昼はきのこをたっぷり食べて、晩には根菜をたっぷり使おう。飽きない様にメニュー考えなきゃ。ヨーグルトも続けて」


 するとルーシーが焦って頭を下げる。


「あ、あの、私の所為せいで、本当にごめんなさい。本当に面倒を掛けてしまって」


 それには浅葱こそが慌ててしまう。


「い、いえいえ、とんでも無いですよ。僕も楽しんでやっているんです。料理とか献立を考えるのが楽しいんです。なので気にしないでください本当に。それよりも美味しく食べて痩せて貰えたら嬉しいです」


 ルーシーを安心させる為に笑顔を見せると、少しは安堵してくれたのか、ルーシーの表情が和らぐ。


「あ、ありがとうございます!」


 そう言って、深く頭を下げた。


「じゃあ風呂入って寝支度だな。ルーシー、カリーナ、入って来いよ」


 カロムの言葉に、ルーシーは「そうですね」と応える。


「カリーナ、行こうか」


 ルーシーが声を掛けるとカリーナは無言で立ち上がり、風呂の準備の為にルーシーたちが使っているスペースに入って行った。




 翌朝、浅葱はまたもぞもぞと起き出す。カロムはやはり既に起きていて、ロロアはまだすやすやと就寝中。


 まず共有スペースに顔を出すと、カロムとルーシーが立ったままグラスをぐいとあおっていた。その中身は透明の液体だ。


「おはようございます」


「おう、おはよう」


「おはようございます」


 浅葱が声を掛けると、カロムもルーシーもにこやかに返してくれる。


「今、起き抜けの水を飲んでたところだ。ルーシーに腹の為にそうしろって言ってただろ? じゃあ俺もやってみるかなって。まぁ俺は便秘じゃ無いがな、ははっ」


 すっかりと飲み干したグラスを手にカロムは笑う。ルーシーもグラスに残った水を追う様に飲み下して、「はぁっ」と大きく息を吐いた。


「一気飲みってなかなか大変ですね。でもこれで、確かにお腹が動き出す気がします」


「狙い通りですね。僕もお水飲んでおこうかな。起きたばかりの水分不足もあるしね」


「じゃあ持って来るか?」


「ううん、自分でやるよ。ありがとう。ついでに朝ご飯作るね」


「そうだな。今朝はミネストローネだな」


「うん。他のお野菜もたっぷり入れて作ろう。何としてもルーシーさんにお通じ来て欲しいからね」


「あ、あの、ちょっと恥ずかしいです」


 ルーシーが顔を赤くして俯いてしまう。


「あ、ごめんなさい。無神経でしたね」


 浅葱は焦る。


「い、いえ、私の為にしてくださっているのに、こちらこそごめんなさい」


 ルーシーは言って首を振った。


「じゃあ作るか。アサギ、その前に顔洗って来な」


「あ、そうだね。じゃあちょっと行って来る」


「おう。取り敢えずきゃべつとセロリを切っておいたら良いか? トマトも要るな」


「うん。ありがとう」


 そうしてカロムは台所へ入り、浅葱は水周りに向かった。




 ミネストローネは、きゃべつとセロリ、大豆の他に、玉葱たまねぎと人参をたっぷりと入れた。肉は燻製豚ベーコンを。


 それにチーズオムレツと、バナナと蜂蜜のヨーグルトを合わせて、朝食にした。


 お腹一杯になったルーシーたちは仕事に行き、浅葱たちは昨日と同様に片付けや掃除などをする。


 昼食はきのこ類をたっぷり使いたい。マッシュルームとしめじ、エリンギでカレーを作ろうか。じゃあ玉葱も必要だ。


 肉は、いや、海老えびを使おう。焼いた海老の殻や頭からもしっかりと出汁を取って。溶け出す海老味噌が良いコクになるだろう。それを米に見立てたカリフラワに掛けて食べるとしよう。


 カレーなら皆の食事時間がばらついていてもすぐに提供が出来る。カリフラワも全員分微塵みじん切りにしておけば、後は茹でるだけだ。数分で済む。


「しかし、カリフラワを米に見立てるなんて、アサギの世界の人たちは面白い事を考えるなぁ」


「そうだよね。僕も成る程なぁって思ったよ」


 そんな会話をしながら、浅葱とカロムは昼食の支度を進めて行った。


 そうして作った海老ときのこのカレーは大好評だった。


「香ばしい海老の味が凄い! 美味しいですねぇ!」


「この深いコクは何だろう。え、海老の味噌なんですか? 頭の? ああ、頭も殻も今まで捨てていました。勿体無い事してたんだなぁ……」


「きのこたっぷりなのが良いのう。柔らかいのに歯応えがしっかりしておるから、食べ応えもある。良いのう」


 そんな事を言いながら、皆嬉しそうにカレーを口に運んだ。


 食後のヨーグルトは、いちごと蜂蜜である。




 夕飯は大振りに斜め切りにした牛蒡と、微塵切りのパセリをたっぷり使って、角切りの牛肉と一緒に赤ワイン煮込みを作ろう。ヨーグルトは林檎と蜂蜜で。


 それを食べた皆は、また眼を輝かせる。


「牛蒡がほくほくしてますね。牛肉も柔らかくて美味しいです!」


「赤ワインのソースにとても良く合うんじゃのう。パセリに少し癖があるかのう?」


「でもじいちゃん、こうしたらパセリ沢山食べられるよ。確かパセリって凄く身体に良いんでしょう?」


「そうなんですねぇ。確かにパセリは少し苦いと言いますか。ドレッシングで食べてもそう量は食べられませんからねぇ。これだと気になりません」


 皆口々にそう言いながら、次々と赤ワイン煮込みを口に運ぶ。カリーナも無口ながらも黙々と食べているので、口に合っているのだろう。


 そして食後のヨーグルト。


 一息入れた後はラジオ体操第1をして。


 さて、肝心なのはルーシーのお腹の調子、お通じである。今夜は巧く行くだろうか。

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