第8話 凄いです! たった1日で! 凄いです!

 ルーシーがお手洗いに行き、浅葱あさぎたちは共有スペースで珈琲コーヒーを飲みながら待つ。


 女性のお手洗いをこんな風に待つのは何とも申し訳無いのだが、ルーシーには合宿中は我慢して貰うしか無い。


 相手が男性なら良かったのだろうが、そんな事を言ってもどうしようも無い。


 ルーシーさん、ごめんなさい。浅葱は思わず胸元で詫びる様に手を合わせた。


 その時、ルーシーが戻って来た。少し顔を赤らめ、しかし嬉しそうにはにかんでいた。


「あ、アサギさん、あ、ありました! お通じありました!」


 恥ずかしいだろうに、はっきりとそう教えてくれた。


「良かった! 良かったですね!」


 浅葱も立ち上がって一緒に喜ぶ。ふたりしてまるで跳ねる様に。


「おいおい、大袈裟おおげさだなぁ」


 そんなふたりを見て、カロムが可笑しそうに笑う。すると。


「大袈裟なんかじゃ無いよ!」


「大袈裟なんかじゃ無いですよ!」


 浅葱とルーシー、ふたりの叫ぶ様な声が重なった。するとカロムは「おお!?」と眼を見開き、ロロアもきょとんとした表情。アントンとクリント、ウォルトも眼をしばたかせる。


 カリーナだけが無言で小さく頷いている。カリーナも心当たりがあるのだろう。


「お通じが無いって事は、まずは減量に大敵なんだよ! で、その癖が付いちゃったら、そこから抜け出すのは本当に大変なんだよ。それもお薬無しで、食生活だけでって。本っ当に大変なんだから!」


「そうですよ! 本当に大変なんですから! 毎日お通じがあるなんて、まるで夢の様なんですから!」


「ね!」


「ね!」


 浅葱とルーシーは大きく頷き合う。


「そんなもんかぁ。俺は困った事が無いから解らんが、でもお前らが良いんなら良かったんだろうな」


 カロムの言葉で、浅葱たちは「そうそう」と頷いた。


「この調子です。ご飯はしばらくはお腹の調子を整えるものを多くしますね。今日の食事が合ったみたいで本当に良かったです。これで駄目だったら、別の方法を取らなきゃで、それだとちょっと回り道をしなきゃならなかったので」


「そうなんですか?」


「はい。炭水化物、お米とかを雑炊、あ、リゾットとかにして、消化を良くして食べるんです。そうして胃とお腹を労って、お腹の動きを良くするんです」


「でも私、お米だけを食べていた時、お腹が張ってしまったんですよ?」


「お米は消化が良く無いですからね。炊いただけの状態で食べていたので、そうなってしまったんだと思います。リゾットにすると消化が良くなるんですよ。でもそうするとエネルギーをまた溜め込む事になっちゃうので、減量にはあまり良く無いなぁって」


「あ、成る程ですね」


「よし。明日からまた頑張ってご飯作ろう。朝はどうしようかなぁ。またミネストローネだと芸が無いしなぁ」


 浅葱が考え込むと、ルーシーが「あ、あの」と声を上げる。


「今朝のミネストローネもお野菜たっぷりで美味しかったです。毎朝でも食べたいぐらい!」


 するとカロムとアントンも「だな」「そうじゃな」と同意する。


「ブイヨンでも良いんだろうが、トマトが摂れるってのも良いんだろ? ならそうしようぜ。チーズオムレツも毎日だって良いぐらいだ」


「そうじゃのう。アサギくんのご飯はどれも美味しいからのう。毎食同じものなら少し飽きも来るかも知れんが、朝が同じぐらいじゃあ大丈夫じゃろうなぁ」


「確かにミネストローネは減量にも便秘解消にも打って付けだけども。具もちょこちょこ変えたら良いし。そう言ってくれるならそうしようかな。僕も助かるし。オムレツも、チーズの種類を変えたら味も変わるしね」


「あ、それ良いな。今朝はゴーダチーズにしたから、明日はモッツァレラチーズとかどうだ?」


「うん、そうだね。セミハードチーズとフレッシュチーズとじゃ味が全然違うし、そうして変化を付けたら良いね。そうするよ。ありがとうね」


「いやいや、こっちこそ作って貰ってんだからさ」


「そうです。痩せてお通じを促してくれて、でもとても美味しいご飯を毎日作っていただいて、本当に感謝してます。本当にありがとうございます! 私だけじゃ本当に何も出来なかったどころか、逆効果だったんですから」


 ルーシーが力説して、胸元で拳を作る。


「ルーシーさんが僕の話を素直に聞いてくれているからですよ。生意気なんですが、僕の言葉を信じてくれなかったら成果は出なかったです。あ、減量そのものの成果はこれからなんですが。さて、では今日の体重を計ってみましょう」


「は、はい!」


 浅葱の言葉に、ルーシーはまた気合いを入れる。浅葱、カロム、アントン、ルーシーが体重計のある水回りへと向かう。


 起立する体重計を前にルーシーはごくりと喉を鳴らし、そろりと片足を乗せる。続けて、思い切った様に両足を乗せると、ぐらぐらと回っていた針が数値を示した。


 69キロだった。


「……落ちてる! 1キロも落ちてる! アサギさん! 痩せてます!」


 ルーシーが目盛りに眼を寄せて、破顔して叫ぶ様に声を上げた。


「凄いです! たった1日で! 凄いです!」


 浅葱も歓喜した。


「アサギさんのご飯を食べて、お水をたっぷり摂っていただけで、1キロも落ちるなんて!」


 ルーシーはすっかり興奮してしまっている。その場で拳を握って跳ねるものだから、目盛りががしゃがしゃと動く。浅葱はルーシーを落ち着かせる為に努めて穏やかに言った。


「本当に良かったです。お通じがあった事が特に大きかったと思います。取り敢えず体重計から降りましょう」


「あ、そうですね」


 ルーシーが体重計から降りると、目盛りは震えながらゼロに戻り、ようやく落ち着いた。


「ああ、本当に嬉しいです。毎日体重計に乗るのが楽しみになりました」


「本当に驚きじゃのう。減量にはこんな方法があるんじゃなぁ。わしも食事の内容も量も不満はまるで無いし、我慢しないで減量が出来るなんて、本当に凄いのう。水分を多く摂ると言うのは少し意識せんといかんがの」


「そうだな。合宿始めて、まぁ、確かにまだ間も無いが、食生活にも他の事にも不満はまるで無いな。なのにこの成果か。凄いな」


「もしかしたら、この合宿中に儂らも痩せるかも知れんのう」


「俺は筋肉が落ちなかったらそれでも構いませんが」


 アントンとカロムも感心した様に、揃って腕組みをして頷いた。


 実は体重と言うものは、1日で1キロ程度なら変動があってもおかしく無い。元の体重や体質にも寄るが、食べなかったり沢山食べたりで、平気で増減するものなのだ。


 今回のルーシーの落ち方も、その可能性がある。しかしこうして「減った」と言う事を体感して欲しかったのだ。


 それに浅葱の助言がルーシーに合っている様なので、これから500グラム程度の増はあるかも知れないが、順調に減って行く事だろう。


 問題は停滞期だ。それはまたその時考えるとして。


「明日からも続けますね。そうは言ってもお米やパンが恋しくなって来るでしょうからね、後半はちょっとしんどいかも知れません。終わったら、お腹一杯って訳には行かないですけど、お米もパンも食べて貰えますから」


「今でも美味しいご飯で満足ですけど、お米を食べる日を励みに頑張りますね!」


「そうですね。そうだなぁ、じゃあ最終日はお米を使ったメニューにしましょうか。あ、でも久しぶりのお米は白米のままが良いですかね?」


「ああ〜そうですね。お米の甘味をしっかりと味わいたいです」


「じゃあ煮込みとお米かな。食べても大丈夫な量も伝えたいので、最後の日の晩はお米炊きますね」


「わぁ! 嬉しいです! ありがとうございます!」


 ルーシーは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

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