第4話 ピーマンが食えたら格好良いと思わんか?

 各々おのおのテーブルに着き、浅葱とエレノアがそれぞれの前にカレー煮込みとポタージュを置く。パンの籠はテーブルの真ん中に。


「お、カレー久しぶりだな! ケアリーがまだ小さいから、辛いものは避けてたからな」


 タッドが嬉しそうに口角を上げる。


「パパ、僕さっきカレー食べられたよ」


「そうなのか? 凄いなぁケアリー」


 そんな父子おやこり取りに、エレノアがくすくすと笑う。


「アサギくんが、ケアリーでも食べられる辛さにしてくれたのよ」


「へぇ、それは良いな。俺はカレーが好きだから、食べられるのは嬉しいぜ」


 さて祈りを捧げ、それぞれがスプーンを手にする。


 ケアリーが早速カレー煮込みをすくう。すると笑顔が消え、首を傾げた。


「ママ、この緑の食べ物なぁに?」


「何かな? 食べてみようか」


「ピーマンじゃ無いの? だったら僕食べない!」


 ケアリーは即座に機嫌を損ねてしまい、乱暴にスプーンを器に置いてしまった。エレノアは困った様な表情になる。


「ケアリー、このピーマンはね、アサギお兄ちゃんがケアリーでも食べられる様にって工夫をしてくれているのよ。1口でも食べてみない?」


「やだ!」


 そう言って、ぷいとそっぽを向いてしまう。


 すると、タッドがスプーンでピーマンばかりを掬い、大口に放り込んだ。


「ん! このピーマン、いつもより甘みを感じるぞ」


 そう言って、大きな眼を更に開く。


「そうなの。アサギくんが美味しいピーマンの選び方を教えてくれて、苦味が出難い様に切ってくれて、苦味とか青臭みが抜ける様に茹でてくれたの」


「へえぇ、面白いなぁ。ケアリー、ひとつでも食ってみないか? 凄い旨いぞ! ケアリーはカレーも食えたんだろ? だったらピーマンぐらい何てことないぞ!」


 タッドが快活に言うが、ケアリーはふくれっ面のまま。


「そうよ、ケアリー。これとっても美味しいわよ。食べてみない?」


 それでもケアリーは唇を尖らす。


「なぁケアリー、ピーマンが食えたら格好良いと思わんか?」


 そのカロムの台詞に、ケアリーはきょとんと首を傾げる。


「ピーマン食べられたら格好良いの?」


「ああ。ピーマン嫌いな友達多いだろ?」


「うん」


「そんな中でさ、ピーマン食えたら格好良いと俺は思うなぁ。どうだ?」


「……格好良いかも!」


 いつの間にかケアリーの表情が輝いていた。やはり小さな男の子には「格好良い」と言う言葉は効果があるのだ。


「沢山じゃ無くて良いぜ。まずはひとつ、旨いカレーソースにたっぷり付けて食ってみようぜ。ほら、豚と茄子も入ってるだろ? どっちも旨いぜ」


 ケアリーは再びスプーンを取ると、たっぷりのカレーソースとピーマンをひとつ掬った。


 それでもまた躊躇ためらっている様で、スプーンを眼前にその動きが止まる。浅葱たちはその様子を固唾かたずを飲んで見守った。


 ケアリーはしばしそのまま固まるが、やがて意を決した様に喉を上下させると、大口を開けてスプーンを口に入れた。


 眉間にしわを寄せて、それでももぐもぐと口を動かすケアリー。ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ瞬間、その皺は綺麗に取り除かれ、眼は驚きに見開かれた。


「ちょっと苦かった。でも食べられた! カロムお兄ちゃん、僕ピーマン食べられたよ!」


「そうか、凄いな、偉いぞ。格好良いな!」


 カロムが笑顔で頭を撫でてやると、ケアリーは「うん!」と満面の笑みを浮かべた。


 緊張の面持ちで見ていた浅葱とエレノアは、ほぅと胸を撫で下ろす。


 ケアリーは今度はピーマンをふたつ掬った。


「これでも食べられるかな」


「食ってみようか。ふたつもなんて凄いぞ」


「うん!」


 ケアリーは、今度は躊躇ちゅうちょ無くピーマンを口に運ぶ。そしてまた咀嚼そしゃくし、飲み込むと。


「食べられた! やったぁ! パパ、ママ、僕格好良い?」


「ああ、格好良いぞ、ケアリー! 凄いぞ!」


「ええ。格好良いわよ、ケアリー。良い子ね」


 両親に手放しで誉められたケアリーは嬉しそうに「きひひ」と笑った。そしてらんらんと輝かせた顔を、浅葱とロロアにも向ける。誉めて、誉めて。その顔は雄弁にそう言っていた。


「うん。凄いねケアリーくん。格好良いよ」


「はい。とても格好良いのですカピ」


 浅葱とロロアもそう言ってやると、ケアリーはまた「きひひ」と口角を上げる。


「ケアリー、スープも飲んでみようね。これも美味しいわよ」


「うん!」


 ケアリーはピーマンが食べられた自信からか、淡い緑色のスープにも警戒せずスプーンを入れた。


「美味しい! これ何のスープなの?」


「ふふ、実はピーマンのポタージュなのよ」


 エレノアが言うと、ケアリーは「ええー!?」と驚いた声を上げた。


「全然苦く無いよ? どうして?」


「いろいろなお野菜と牛乳を合わせて作っているのよ。ね、ピーマン美味しいでしょう?」


「うん、美味しい! 凄いね! ピーマンって美味しいんだね!」


 ケアリーはポタージュをいたく気に入ってくれた様で、ふた口3口と口に運ぶ。カレー煮込みもがっつく勢いである。


「アサギくん、本当にありがとう。ピーマンもだけど、トマトを使ったお料理も、これならケアリーにも食べて貰えるわ」


「そうだな。本当に助かった。ありがとうな!」


 エレノアとタッドに礼を言われ、浅葱は恐縮して「いえいえ」と手を振った。


「本当に良かったです。これから大きくなるに連れて味覚も変わって来るでしょうから、トマトもピーマンもここまで手を掛けずに食べられる様になるかも知れません。でもとりあえず今は、面倒でしょうけど、下茹でとかしてあげてください。どちらのお野菜も、ケアリーくんが大きくなる為の栄養素がたっぷり詰まっていますから」


「えいようそ」


 エレノアがきょとんとすると、カロムが「はは」と笑う。


「俺もアサギから初めて聞いたんです。食材には身体を作る為の栄養が含まれてるって話。ただ腹一杯食えば良いってもんじゃ無いってね。あんまり神経質になる事は無いと思いますが、肉や魚と野菜のバランス、あまりかたより無く食べる様にした方が良いみたいなんですよ」


「そうなのね。あら、そう言われたらお買い物とか迷ってしまいそう。お野菜も出来るだけ食べる様にしているけども、今まではトマトとピーマンが特に駄目だったから」


 エレノアが戸惑う様に、頬に手を添えた。


「ケアリーは人参も苦手だよな。なぁケアリー、そう言えば人参は何で苦手なんだ?」


 タッドが聞くと、ケアリーはむぅと頬を膨らませ、「甘いのが気持ち悪い」と呟いた。


「そっかぁ。甘いのがかぁ。じゃあさケアリーくん、人参もこのカレーの味で食べらたら、美味しくなると思わない?」


 浅葱が言うと、ケアリーは少し考えて「そうだ!」と叫んだ。


「このソース辛いもんね。じゃあ甘い人参が甘くなくなるね!」


「そうね。今度入れてみるから、食べてみてくれる?」


「うん!」


「アサギくん、このカレーソース、他のお野菜でも大丈夫よね?」


「はい。今日はピーマンをメインに考えたので、豚肉と茄子を合わせましたけど、これまで使われていたお肉やお野菜を使っていただいて大丈夫ですよ。甘口にしてあるだけで、普通のカレーと思ってください」


「そうね。ケアリーが私たちと同じご飯を食べる様になるまでは、カレーも作っていたものね。タッドも私も辛いものが平気だから、甘味を足すなんて考えた事も無かったわ」


「パパとママは、これよりも辛いの食べられるの?」


「ああ、そうだよ!」


 タッドの力強い応えに、ケアリーは「凄ごーい! 格好良ーい!」と声を上げた。


「その内ケアリーも食べられる様になるわよ。少しずつ苦手なものを無くして行こうね。ママも頑張るね」


 エレノアが優しく言うと、ケアリーは「うん!」と破顔した。

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