第5話 もう1品ピーマンの料理考えてみようかなぁって
ケアリーがピーマンを食べられた数日後、
「アサギ、エレノアさんからだ」
「はぁい、ありがとう」
受話器を受け取り、耳に当てる。
「はい、浅葱です」
『アサギくん、こんにちは。エレノアです。先日は本当にありがとう。ビーフストロガノフに入れたグリンピース、いつもより美味しいって沢山食べてくれたわ』
「それは良かったです」
『でね、大変申し訳無いのだけども、お願いがあって』
「はい?」
『小さなお子さんのおられる人にアサギくんのピーマン料理のお話をしたら、是非造り方を教えて欲しいって仰るの。私が教えて貰った内容をそのままお伝えするのが早いのだけども、出来たらアサギくんが作ったものを食べてみたいとも仰るものだから』
「僕は良いですよ。ええと、エレノアさんにさせて貰ったみたいな、お料理教室じゃ無いですけど、そういう事が出来たら良いんですよね」
『ええ、そうして貰えたら私たちも本当に助かるわ。お願い出来るかしら』
「分かりました。いつが良いですか?」
『では、またその人とお話しして、連絡するわね。アサギくんのご都合もあるでしょうから』
「僕はいつでも大丈夫ですよ。ご希望の日でお願いします」
『まぁ、本当にありがとう。ではまたね』
「はい。よろしくお願いします」
そうして通話を切ると、まずはカロムに相談である。
「と言う事なんだけどね」
「そうだな。いつでも大丈夫だろうか。ロロアも行くかな?」
「言ったら来ると思う。後で聞いてみようか」
そして夕飯の時間。今夜のメニューは豚肉とグリンピースの白ワイン煮込みである。
豚肉はロース部分を使った。赤身と脂身の程良いバランスが、さっぱりとした白ワインと良く合っている。
「そうなのですカピね。僕も行きたいですカピ」
浅葱とカロムから話を聞いたロロアは、嬉しそうに頷いた。
「ついでと言うのもおかしいんだけども、もう1品ピーマンの料理考えてみようかなぁって」
「あ、それは良いな。エレノアさんも喜ぶんじゃ無いか?」
「そうですカピね。僕も楽しみですカピ」
「ありがとう。そうだなぁ、
浅葱は考えながら、豚肉を口に放り込んだ。
エレノアたちとの約束の日が訪れ、浅葱たちは待ち合わせの役場に向かう。
最初はエレノアの家で、と言う事だったのだが、後日エレノアから再び電話があり、待ち合わせ場所を役場の前に変更して欲しいとの事だった。
『あ、あの、実は少し人数が増えてしまって。大丈夫かしら』
「ええ、大丈夫ですよ」
エレノアと友人、後はふたり3人と言ったところだろうか。ちょっとしたお料理教室になりそうだ。
役場に着くと、前にはエレノアがひとりで立っていた。
「こんにちは。今日はよろしくお願いね」
「いやいや、こちらこそ。でも何で役場なんです?」
「実はね、ここの食堂の厨房をお借り出来る事になったのよ」
「それは
浅葱が驚くと、エレノアは困った様に手を頬に添えた。
「ええ……あれからまた少し人数が増えてしまって。お家のお台所では難しそうって話をしていたら、村長さんが申し出てくださって」
「何だか怖くなって来ました」
浅葱がごくりと喉を鳴らすと、カロムが「ははっ」と笑い声を上げた。
「大丈夫だって。何も取って食おうって訳じゃ無いんだからさ」
「そうなのですカピ。僕たちも付いているのですカピ」
カロムとロロアに言われ、浅葱は「そ、そうだとは思うけど〜」と少しばかり情けない声を上げた。
そうして役所に入ると、入り口のすぐ
何事かと浅葱とロロア、カロムがきょとんとした顔を見合わせると、村長が慌てて出て来た。
「ああ、錬金術師さま、アサギさま、この度はとても良い
その言葉に浅葱は戸惑う。浅葱はただ、数人の小さな子の母親に、嫌いなピーマンが食べられる様に考えた料理を教えて、食べて貰うだけの心積もりだったのだが。
浅葱が焦ってそう言うと、村長が「それが有意義な事なのですよ!」と拳を握り締めた。
「ピーマンは小さなお子さんに不人気な野菜です。なのでどうしても他の野菜より消費が少なくなってしまうのです。お子さんも大きくなれば食べられる様になる子が多いですが、やはり食べられない小さな間は、親御さんもそれに合わせて食事を考えます。そうするとやはりピーマン農家の士気に影響してしまうのです。そのままでは食べ
それは確かに解る。浅葱の世界では、特にパセリなどがそれに当たるだろう。
浅葱などはパセリを普通に食べられるので、この世界に来てからも多用している。ロロアとカロムもそれを美味しいと言って食べてくれている。
だが
それなら浅葱の出来る事は、それらを少しでも美味しく食べられる様に工夫をし、一手間を加える事。
「ですので、小さなお子さんがおられる村人に声をお掛けしてみました。アサギさま、今日はどうぞよろしくお願いします!」
村長は言って、大きく頭を下げた。
やっぱり大事になってる! 浅葱はまさかの事に焦るしか無い。
完全に料理教室のそれだ。浅葱には経験が無かった。
「ああ、頭を上げてください。僕に上手く出来るかどうか」
「大丈夫だって。ただ人数が増えただけだって。それに作るのはアサギだろ? 教えはするが、皆で作る訳じゃ無いんだからさ。いつもの通りで良いんだよ」
「あ、そうだよね。作り方を説明しながら僕が作るんだから、いつもの通りだよね」
浅葱の気が少し軽くなる。それに教える相手は普段から料理をしている人ばかりの筈だ。難しい事など無いだろう。
「では行きましょうか。皆さんお待ちですよ」
「はい」
エレノアの案内で、笑顔の村長に見送られながら、まずは食堂に向かう。厨房はその奥だ。
入って行くと、所狭しと30人程の男女が待ち構えていた。割合は女性が多いか。こんなに! 浅葱は少し緊張してしまう。
役場の規模にしては広めの厨房だとは思うが、やはりこれだけの人数がいると息苦しくも感じてしまう。
「皆さん、お待たせしました。錬金術師さまとアサギくんがお着きですよ」
エレノアが声を掛けると、全員がこちらを向く。「こんにちは」「よろしくお願いします」と声が上がった。
「こちらこそよろしくお願いします」
浅葱も丁寧に頭を下げる。
「あら、カロムも一緒?」
女性のひとりが口を開く。
「はい。アサギの手伝いで来ました。今日は皆さんお子さんは?」
「それぞれの連れ合いや親が見てるよ。連れて来たら、教えて貰うどころじゃ無いからねぇ」
「確かにそうだ」
カロムが笑って頷く。
「アサギくん、材料は言われたものをあそこに用意したわ。ピーマンはちゃんとへたが6つのものを用意したわよ」
台の上に、きちんと整理されて、様々な食材が山と置かれていた。流石30人程ともなると、かなりの量だ。まるで炊き出しみたいだな、と浅葱は思った。
「ありがとうございます。では早速始めましょうか」
「はい!」
全員が声を上げ、紙片を持つ。もう片手には鉛筆が握られている。
「楽しみだわぁ」
「本当ねぇ」
そんな言葉が飛び交う中、浅葱は皆の見ている中で調理を始めて行く。
丁寧に説明をしながら、まずは豚肉と茄子とピーマンのカレー煮込みを作り始める。
皆が凝視する中、初めは緊張を感じていたが、徐々にそれは解れて来た。
「これで、完成です」
大鍋に完成したカレー煮込み。皆が「わぁ」と覗き込む。
「本当に良い香り」
「本当ねぇ。これから確かにピーマンも食べ
「茹でて苦味なんかを取るなんて、考えもしなかったぜ」
「ではよそいますね」
浅葱とカロム、ふたり掛かりで全員分を器によそって行く。食堂で使われている、白いシンプルな食器である。
配られたスプーンも、装飾の無い銀のものだ。
皆はあらためて鼻を寄せ、香りを楽しむ様に確認すると、感謝を捧げ、スプーンを使った。
「あら! 確かに甘口なんだけども、大人でも美味しく食べられるわね」
「ああ。本当だ、ピーマンの苦味とか青臭さが抑えられて、凄く食べ易くなってるな」
「カレーのソースと合わせたら、
「うちの子、茄子も駄目なんだよ。でもこれなら食べてくれそうだね。カレーを甘くするってのも、本当に成る程だと思うよ」
「そうねぇ。それにしても本当に美味しい。私たちが作っても、この味が出せるかしら」
「大丈夫よ。作り方だってこうして書いたんだから。この通りに作れば良いのよ」
「もう一品も楽しみだな!」
試食なのでひとり分はそう多くは無いが、皆の器はあっという間に空になった。
「じゃあもう1品、作ります。ポタージュです」
浅葱は、次にピーマンのポタージュを完成させる。
それもまた、大好評だった。
「成る程ね! 玉葱と
「まろやかでとても美味しい。こんな食べ方があるのねぇ」
「他のお野菜も、こうするとすると飲んでくれるかも。ねぇアサギくん、他にはどんなお野菜が合うかしら」
「玉葱は必ず使ってくださいね。玉葱だけでも良いですし、馬鈴薯、人参、
「やってみるわ。それで食べられるお野菜が増えるの、本当に助かるわ」
「そして、今日はもう1品あります」
浅葱が言うと、皆が「あら」「まぁ」「おお」と声を上げた。
「それはもしかして私も初めてのものかしら」
エレノアがわくわくした様な表情で訊いて来るので、浅葱は「はい」と頷く。
「じゃあ、作って行きますね! ガス窯を使います」
浅葱は言って、手元に材料を揃えた。
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