第2話 このソース、トマトを使ってるのよ

 翌日、浅葱あさぎとカロム、ロロアは村の噴水前に向かう。エレノアとケアリーは既に来て待っていてくれた。


 ケアリーはエレノアと手を繋ぎ、だがやはり落ち着き無くその場で足踏みしている。


「お待たせしました。こんにちは」


「こんにちは」


「こんにちはカピ」


「こんにちは。錬金術師さままでありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」


「こんにちは!」


「いやいやこちらこそ。ご馳走になる様なもんですし。ケアリーは今日も元気だな」


「とんでも無い。本当に有難いわ。ええと、お買い物の仕方から教えていただけるのよね?」


「はい。そんな大袈裟おおげさなものでは無いんですが、少しは変わると思いますよ」


「じゃ、行きますか」


 カロムの声に、浅葱たちは商店が立ち並ぶ辺りに向かう。まずは野菜だ。


「ピーマンなんですが」


 かごに新鮮なピーマンが山と盛られている。浅葱はそこから幾つかを手にし、萼の部分をチェックする。


「これ、違いが判りますか?」


 ふたつを並べて、がく、へたの方を向けてエレノアに見せる。エレノアは「んん〜?」と眉根を寄せてピーマンを見つめる。


「……あら、へたの角の数が違う? 5つと6つだわ」


「そうなんです。ピーマンはへたが5角形のものと6角形のものがあるんです。6角形の方が甘いんですよ」


「そうなの?」


「はい。なので6角形のものを選んで買いましょう」


 浅葱とエレノアは、ピーマンの山から6角形のものを何個か選んだ。


「じゃあ他の野菜も見ましょう。まずはトマトが要りますね」


 浅葱とエレノアは買い物を進めて行く。その間、相変わらずじっとしていないケアリーは、表でロロアとカロムが相手をしてくれていた。




 さて、エレノアの家にお邪魔して、早速調理開始である。洗い物などの手伝いはエレノアが。ケアリーは引き続きロロアとカロムが見てくれている。


 いつもならカロムに手伝いを頼むのだが、何せケアリーがやんちゃなので、ロロアひとりだと持て余すだろうとのカロムの判断だ。


「簡単な味付けなので、メモとか取らなくても大丈夫だと思います。すいません、お手伝いお願いします」


「こちらこそケアリーを見ていてくれて助かります。いつも料理中も足元にまとわり付いたりして危なかったりするので」


 台所でそんな話をしていると、食堂兼居間から「きゃあー」とケアリーの嬉しそうな声が聞こえた。ご機嫌で遊んで貰っている様だ。


「まずはトマトを使った煮込みのソースを作って、ケアリーくんに味見をして貰いましょう。2種類作ります」


 材料がほぼ同じなので、同時進行で作って行く。


 玉葱たまねぎを薄切りにし、にんにくと生姜しょうが微塵みじん切りに。トマトは粗微塵切りにしておく。


 鍋をふたつ用意し、両方にオリーブオイルを引く。にんにくと生姜を弱火でじっくりと炒め、香りが立ったら玉葱を入れ、中火にして炒めて行く。


 ふたつの鍋を相手にしているので、なかなかに忙しない。木べらを往復させて炒めて行く。


 玉葱がしんなりして来て甘い香りがし、ほんのりと茶色く色付いたら、片方に白ワイン、片方にシナモンなどを調合したガラムマサラとターメリックを入れる。


 白ワインを入れた鍋は煮詰めるのでひとまず放置。スパイスの鍋は焦げ付かない様に混ぜて行く。


 スパイスの香ばしい香りが台所に漂う。エレノアが「良い香り……」と鼻をひくつかせた。


 そこにトマトと少量の砂糖を加え、しっかりと混ぜる。赤ワインも程良く煮詰まったので、こちらにもトマトと砂糖を。こちらも木べらをもう1本用意して混ぜて、両方弱めの中火で煮込んで行く。


「後は煮込んで、塩と胡椒こしょうで味を整えたら完成です。その間に、ピーマンで一品作りましょう」


「あら、それはメモを取っても良いかしら」


「はい。大丈夫ですよ」


 玉葱とピーマンを微塵切り、馬鈴薯じゃがいも銀杏いちょう切りにし、オリーブオイルを引いた鍋で塩を振って炒めて行く。


 ピーマンは萼と種を取り、中の白い綿を残らず取り除いてある。


「この白い部分が苦味の元なんです。なのでしっかりと取ってあげてくださいね」


「そうなのね。そんな色には見えないのに」


「白いですからね」


 しんなりとろりとして来たら、ブイヨンをひたひたに入れて、煮詰めて行く。


 煮上がったら目の細かい笊で漉し、残った玉葱とピーマンと馬鈴薯を潰す様にお玉の腹で押し付けて裏漉しする。


 ペースト状になったそれと漉したブイヨンを合わせて元の鍋へ。後の仕上げは食べる直前に行おう。


 さて、トマトを使った2種類の煮込み用ソースの仕上げだ。塩と胡椒で味を整えて、スパイスの方には蜂蜜を少量加えたら。


 片方は具の無いビーフストロガノフ、片方はカレーソースである。


「味見をしてみてください」


 小皿を出して、少量ずつ注ぐ。エレノアはそれにそっと口を付け、ほぅと眼を細めた。


「どちらも酸味を感じないわ。カレーはこれまでも食べていたんだけど、それよりもずっと滑らか。辛味は勿論あるんだけど、甘味と旨味がしっかりとある。こっちの白ワインを加えた方も凄く美味しい。食べ易いわ」


「砂糖や蜂蜜で少し甘みを加えると、トマトの酸味が和らぐんです。カレーの方は小さなケアリーくんでも食べられる様に甘めにしています」


「そうなのね。カレーは辛いものだから、ケアリーには無理だと思っていたけど、これなら大丈夫そうね。食べさせてみて良いかしら」


「はい。じゃあお皿に注ぎますね」


 また小さな皿を出し、よそい、スプーンを添えてトレイに乗せて。


「ケアリー、アサギお兄ちゃんが美味しいソースを作ってくれたわよ。食べてみようか」


 言いながら食堂兼居間に運ぶ。ケアリーたちは木製の積み木で遊んでいた。テーブルの上で器用に城を作っている。カロムが一緒だからか、中々立派である。


「え〜? もうすぐお城が完成するのに〜」


 ケアリーはそう言って膨れっ面になる。するとカロムが「はは」と笑みを浮かべた。


「食べた後に、また作ろうな。完成させるぞ」


「良いの?」


「ああ。だから食べてみようぜ。アサギお兄ちゃんは料理が凄く巧いんだぜ」


「うん!」


 ケアリーは積み木の城の前から離れると、エレノアが置いた皿の前に座る。添えられたスプーンを掴み、ビーフストロガノフのソースを掬って大口を開けた。


 口に入れ、もごもごと動かす。


「……どう?」


 エレノアが不安げに聞く。自分で食べて大丈夫だろうと思っていても、子どもの舌は大人が思うより敏感なのである。浅葱もやや緊張している。


「美味しい!」


 ケアリーが叫ぶ様に言うと、浅葱とエレノアはほっと胸を撫で下ろした。


「本当? ケアリー、このソース、トマトを使ってるのよ」


「トマト? でも酸っぱく無いよ」


「アサギお兄ちゃんが酸っぱく無い様にしてくれたのよ。これなら食べられるわね」


「うん!」


「じゃあこっちはどうかしら」


 カレーソースを前に置いてやる。それもスプーンで掬って口に運んだ。


「ちょっと辛い。でも美味しい! これもトマト?」


「そうよ。カレーは辛いからケアリーにはまだ早いかと思ってたんだけど、アサギお兄ちゃんがケアリーでも食べられる様にって味付けをしてくれたのよ」


「そうなの? 凄ごーい!」


 ケアリーは嬉しそうに言うと、手足をばたつかせた。


「アサギお兄ちゃん凄いね!」


「ありがとう」


 ケアリーの素直な賞賛しょうさんに、浅葱は照れた様に笑みを零す。


「じゃあ、晩ご飯はこれを使ったご飯を作るね。どっちのソースが良い?」


「どっちもは駄目なの?」


「実はもうひとつお料理があるんだ。それはご飯の時のお楽しみ。だから、これはどちらかを選んで欲しいな」


「んん〜……」


 ケアリーは迷う様にふたつの小皿を見比べ、腕を組んで考えた後、「こっち!」とカレーソースを指差した。


「分かった。じゃあ楽しみにしててね」


「うん!」


 ケアリーは嬉しそうに笑い、浅葱も笑みを浮かべてケアリーの小さな頭を撫でた。

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