5章 好き嫌いが多い子どもたち

第1話 今度お兄ちゃんが作ってみるから、食べてみてね

「アサギ、何かエレノアさんが頼みがあるって言ってたぜ」


 買い物から帰って来たカロムが、買い込んで来た食材が詰まった袋をテーブルに置きながら言った。


「エレノアさん?」


 浅葱あさぎは知らない名前だ。カロムと一緒に食材庫や冷暗庫に食材を入れながら、会話を続ける。


「ああ、小さな男の子がいてな、食い物の好き嫌いが酷くて困ってるんだそうだ」


「それでどうして僕?」


「ほら、マリナの話を聞いたんだとよ。アサギのお陰でマリナの偏食へんしょくがましになっただろ?」


「ああ」


 自分が知らないところで、そんな実績が出来ていようとは。


「僕で出来る事なら協力するけど、小さい子の好き嫌いはあって当たり前みたいなものだし、あまり気にする事も無いんじゃないかなぁ」


「俺もそう思うんだが、マリナ程じゃ無くても献立に困るんだそうだ。細かく刻んだりして入れたりしてるみたいなんだが、そうすると食ってくれないってな。そもそもトマトが嫌いだってんで、料理がかなり絞られるらしい」


「トマト煮込みが作れないって事?」


「ああ。けどワイン煮込みやビネガー煮込みなんかは子ども向けの味じゃ無いだろ。マスタードやスパイスも子どもにはからいしよ。となるとクリーム煮かブイヨン煮ぐらいしか無くてな」


「ああ、ブイヨン煮込みなんかは素材の味がまるっと解っちゃうもんね。それは確かに嫌いなものが更に食べ難いかも」


「だからアサギの国の調理法で、俺らでも出来る様なもので、嫌いなものでも食べ易い料理って無いものかってな」


「そうだなぁ、この世界でも作り易い調理法でかぁ。それこそ前にナリノさんに作ったグラタンなんかが良いと思うけど、ガスかまのあるお家ばかりじゃ無いよねぇ」


「ある家は多いがな。エレノアさんの家はどうだったっけか」


「ところでエレノアさんのお子さんの嫌いなものは?」


「1番はピーマンだとよ」


「ああ、小さい子が嫌いなものの定番だね。で、トマトも駄目、と」


「肉や魚なんかはどれも大丈夫らしいがな。ホルモンも喜んで食うらしいぜ」


「あ、あの時、エレノアさんもお子さんも来てくれたんだ」


 以前行った、ホルモン料理の振る舞いの事である。


「ああ。作り方貰って、作ってるみたいだぜ。まぁ嫌いなものは何せ野菜だな。セロリは勿論、人参も駄目だとよ」


「トマトで煮込んでも調味料とかで味を変えるのはどうだろう。トマトの味がしなかったら大丈夫かな」


「食ってみて貰わなきゃ判らんがな」


「それもそうだよね。ちょっと考えてみるよ。僕もエレノアさんにお話聞いた方が良いかなぁ」


「ああ、そうだな。エレノアさんはいつも子ども、ケアリーってんだが、連れて買い物に来てるから、ケアリーからも話が聞けると思うぜ。小さいって言っても、確かもう6歳ぐらいの筈だから、普通に話出来るぜ」


「じゃあ明日買い物一緒に行くね。その時に会える?」


「しうだな。電話しとくか」


 食材を全て入れ、カロムは電話の受話器を上げた。




 翌日、村に出た浅葱とカロムは、買い物の前にエレノアと会う約束をしていた。待ち合わせは噴水前だ。


 浅葱たちが行くと、そこにはひとりの女性が男の子と手を繋いで佇んでいた。男の子はおとなしくしていられない様で、女性と手を繋いではいるものの、隙あらばどこかに走り出しそうな様子でそわそわしていた。


「エレノアさん」


 カロムが軽く手を挙げると、女性がこちらを振り返る。


「カロムくん、アサギくん、こんにちは」


「こんにちは」


「こんにちは」


 エレノアのしとやかな挨拶に、浅葱とカロムも返す。


「ほらケアリー、カロムくんたちにご挨拶は?」


 そう言われ、男の子は元気に「こんにちは!」と挨拶をした。


「おう、ケアリー。今日も元気だな」


「こんにちは」


 ケアリーは人見知りをしない性格の様で、初対面の浅葱を前にしても物怖ものおじする事無く、やはりその場所でふらふらとしている。


「ケアリー、少しおとなしくしていてくれる? ママね、カロムくんたちと少しお話があるの」


「え〜? つまらない〜」


 ケアリーはそう言って唇を尖らせると、いやいやをする様に首を振った。


「じゃあケアリーも一緒に話するか? 俺ら、ケアリーにも聞きたい事があるんだぜ」


 カロムが言うと、ケアリーは「良いの?」と表情を輝かせた。


「ああ。そんな時間は掛からんからさ、話しようぜ」


「うん!」


 ケアリーは嬉しそうに言うと、動かしていた足をぱたりと止めた。


 母親であるエレノアは静かな性格の様だが、やはり子どもと言うものは落ち着きの無いものなのだろう。もしかしたら父親似なのかも知れないが。


「エレノアさん、アサギに昨日の話はしてありますが」


「はい。僕に出来る事ならさせていただきますね。ガス窯はお家にありますか?」


「あ、ええ。あるわよ」


「じゃあ少しケアリーくんに話を聞いて良いですか?」


「ええ、勿論」


 浅葱は膝に両手を付いて中腰になると、「ケアリーくん」と呼びかける。


「ケアリーくんは、トマトが嫌いって聞いたんだけど、どういうところが嫌いなのかなぁ」


「酸っぱい」


 トマトの味を思い出したのか、ケアリーは顔をしかめながら応える。


「じゃあ、酸っぱいのが無かったら、トマトを使ったご飯、食べられるかなぁ」


「判んない」


「じゃあ、今度作ってみるから、食べてみない? 美味しかったら嬉しくなると思わない?」


「思う!」


「ケアリーくんも、美味しいご飯食べたいよねぇ」


「食べたい!」


「今度お兄ちゃんが作ってみるから、食べてみてね。で、美味しいって言ってくれたら嬉しいな。でもそれでも美味しくなかったら、ちゃんと言うんだよ。お兄ちゃん、また考えてみるからね」


「うん!」


「良い返事だね。嬉しいなぁ」


 浅葱がケアリーの頭を撫でてやると、ケアリーは嬉しそうに「いひひ」と笑った。


 真っ直ぐに立つと、カロムから「浅葱」と声が掛かる。


「今度、エレノアさんの家で作って貰って良いか? 勿論俺も行くし、ロロアも行きたいって言ったら連れてくし」


「うん。大丈夫だよ」


 浅葱が頷くと、エレノアは「良かったぁ」と胸元で手を合わせた。


「いつが良いですか? 俺らはいつでも大丈夫ですよ」


「じゃ、じゃあ早速明日はいかがかしら」


「大丈夫だと思いますけど。アサギも良いか?」


「うん。多分ロロアも大丈夫だと思うよ。今急ぎの調合とか研究も無かった筈だし」


「じゃあよろしくお願いね。是非夕飯として、皆さんも食べて行ってちょうだいね。材料費は勿論こちらで出すからね」


「いやいやエレノアさん、そう言う事なら、材料費は俺ら出しますから」


「ううん、こちらで出させて頂戴。お礼にもならないかも知れないけど、それぐらいはさせて欲しいの」


 エレノアのこれはまるで懇願である。浅葱とカロムは顔を見合わせて。


「分かりました。じゃあ甘えます」


 するとエレノアはほっとした様に笑みを零した。


「じゃあ明日、よろしくお願いね。お買い物はこちらでしておくから、必要なものをまた知らせてくれたら。お手数なのだけども」


「いえ、買い物から一緒に行きましょう」


 浅葱が言うと、エレノアは「あら、それが良いのかしら?」と眼を丸めた。


「はい。この場合は食材の選び方からです。よろしくお願いします」


「まぁ、そうなのね。こちらこそよろしくお願いするわね。待ち合わせはまたここで良いかしら」


「はい。お願いします」


 カロムが言うと、エレノアは「お願いするのはこちらだから」と恐縮しっぱなしだった。


 ケアリーは「お兄ちゃんたち、明日うちに来るの?」と無邪気に聞いて来たので、浅葱はにっこりと微笑んで「うん。お邪魔するね」と応えると、「わぁい!」と喜んだ。

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