第7話 こういう手間が本当に大切なんだよ

 目的はマリナの貧血の緩和かんわであり、偏食へんしょく矯正きょうせいでは無い。だがなんとなく「乗り掛かった舟」の様な気持ちになり、浅葱あさぎはレシピを組んで見る事にする。


 どちらにしても貧血のみならず、健康な身体作りに、偏食は大敵なのだ。


 マリナが嫌いと言っていた野菜類は、確かに多少なりとも癖のあるものばかりだ。だがほうれん草を灰汁あく抜きをしたものは美味しいと言って食べてくれたので、どれも下処理や下ごしらえ、調理を工夫をすれば大丈夫なものも増えるのでは無いだろうか。


 例えばピーマンは横方向に細くカットすれば苦味が抑えられるし、グリンピースも下茹でをすれば青臭みはかなり取れる。


 茄子なすは癖も何も素材そのものに味が殆ど無いので、味付けでどうにでもなりそうだし、牛蒡ごぼうも皮をしっかりと洗えば土臭さは取り除ける。


 マリナの家で食事の支度したくをしているのは母であるルビアなので、そう言った一手間を伝えてみる事にしよう。


 そして貝類全般が駄目だと言う事だが、聞いてみると貝類独特の匂いが苦手なのだそうだ。


 以前浅蜊あさりを塩水から火を通してみたらとても美味しい出汁が出たので、海が真水だと言う生育環境の違いはともかく、生物としては浅葱の世界の貝類と変わらないのだろう。


 ならその匂いを打ち消す味付けをしたら良い。


 肉類に関しては、まずは脂身を除去したものを食べてみてもらおうか。鶏肉のささみや胸肉から始めるのが良いかも知れない。


「と言う訳でね、今日の買い物も一緒に行って良いかな」


 カロムに聞いてみると、「おお、勿論」と快諾かいだくしてくれたので、一緒に村に向かい、商店で目当のものを買い求めた。




 今夜は煮込みとスープの2品を作る。


 まずはスープ。買い物から戻ってすぐに砂出しをしておいた浅蜊の殻をしっかりと洗い、鍋に入れてひたひたの水を注いで火に掛ける。


 数分経つと浅蜊のふたが開いて来るので順に取り出して、殻から身を外して行く。茹で汁は灰汁を除き、目の細かいざるしておく。


 野菜の準備。玉葱と馬鈴薯じゃがいもさいの目切り、人参は銀杏いちょう切りにする。


 鍋にオリーブオイルとバターを熱し、まずは玉葱に軽く塩をして炒めて行く。しんなりとして透明感が出て来たら、じゃがいもと人参を加え、更に炒める。


 さっと火が通ったらブイヨンを入れて煮込んで行く。


 その間に煮込みの支度を始める。


 カリフラワは小房に分け、グリンピースはさやから外し、一緒に塩を入れた湯で茹でておく。


 鶏のささみはぎ切りにし、塩と胡椒こしょう、白ワインを揉み込んで下味を付け、表面に薄く小麦粉をはたいておく。


 フライパンを熱してオリーブオイルを引き、にんにく微塵みじん切りの香り出しをしたら、ささみを焼いて行く。硬くならない様に弱火でじんわりと。


 表面に薄っすらと焼き色が付いたら白ワインを入れ、しっかりと煮詰めてアルコール分を飛ばす。カリフラワとグリンピースを加え、ひたひたにブイヨンを注いで、さっと煮込んで行く。


 さて、スープの仕上げである。浅蜊の茹で汁とき身、生クリームを加え、分離しない様に弱火で温め、塩と胡椒で味を整える。


 煮込みも仕上げに入る。煮上がったところに粒マスタードと少量の蜂蜜を入れ、全体を混ぜたら風味が飛ばない様にさっと火を通し、こちらも塩胡椒で味を整える。


 それぞれを器に盛ったら。


 クラムチャウダーと鶏ささみの粒マスタード煮込み、出来上がり。


「下茹でとかさ、何でするんだろうって今までアサギを手伝いながら思ってたが、ほうれん草にしても、その一手間で変わるって事なんだよな」


「そうだね。僕は特に料理店に勤めて料理をしていたから、こういう手間が本当に大切なんだよ。しない方が楽だし、材料によってはしなくても良いと思うけど、癖を抜くには必要なんだよね」


「確かに今回は、マリナに食べて貰えなきゃ意味が無いからなぁ」


「そうですカピね。とても美味しそうなのですカピ」


「じゃあ食うか」


 神に感謝を捧げ、「いただきます」をして。


 まずはスプーンを手に、クラムチャウダーを口に含む。


「ん! 成る程、俺らも牛乳のスープは作るが、生クリームだとこんなにコクが出るものなのか。なのに優しい味だ。浅蜊の旨味も凄い。馬鈴薯も程良く溶け込んでとろとろだ。クラムチャウダー、だっけ?」


「うん。僕たちも牛乳でも作るよ。でも本当ならクラムチャウダーには薫製豚ベーコンも入れて味出しとコク出しをするんだ。でも今回は入れていないからね、生クリームでカバーしたんだよ」


「これは本当に美味しいですカピ! 浅蜊もたっぷりで嬉しいですカピ」


「貝類の匂いと言うか癖は、乳製品で抑える事が出来るんだよ。マリナさんが貝類を美味しく無いって思った時、どんな調理法だったんだろう」


「ああ〜、俺ら貝類はトマトとか白ワインベースで煮込む事が多いからなぁ。それでマリナは苦手になっちまったのかね。俺らは全然気にならないんだが」


「僕も気になった事はありませんカピ」


「僕もだよ。マリナさんは味覚が人より敏感なのかも知れないね。僕たちが鈍いんじゃ無くて。ただそれで嫌いなものが増えちゃうんだったら、良いのか悪いのか難しいけどね」


「そうだなぁ、確かに。俺なんかはいろんなものを旨く食えれば良いと思うんだがな。俺らはその癖も旨味だと考えてるから」


「僕もですカピ。でもアサギさんのお陰で、毎日美味しいご飯がいただけているのですカピ」


「そうだな」


 カロムは「はは」と笑いながら言葉を続ける。


「俺だったらこうは行かなかっただろうしな」


 その何気無い台詞に、浅葱とロロアは驚いて慌てた。


「違いますカピ。錬金術師のお世話係さんは、家事のエキスパートなのですカピ。カロムさんのお料理をいただく機会はなかなか無いのですカピが、絶対に美味しいのですカピ!」


「そうだよ。僕もロロアのお師匠さんのお世話係さんにご飯作って貰ってたから分かる。毎日美味しいと思っていただいていたよ」


「解ってるよ。アサギが飯作りたがってるのは、俺の腕がどうこうじゃ無くて、ただ自分が料理好きで作りたいだけだからって事。けど、栄養素がどうとか、癖を取る為の下処理なんかは、この世界にはこれまで無かったものだ。肉や魚の焼き方もな。それだけ俺の知識も増えるって事だ。だからアサギには感謝してるんだぜ」


 カロムはそう言ってふわりと笑う。浅葱は嬉しくなって、笑みを浮かべた。


「ありがとう」


「礼を言うのはこっちだぜ。ありがとうな。さ、マスタード煮込みも冷めない内に食おうぜ」


「そうだね」


 スプーンを今度はマスタード煮込みに入れる。材料はどれも小さめにカットしてあるので、フォークなどよりスプーンの方が食べ易いと思う。


 小麦粉を塗した鶏ささみはつるんとした舌触り。そしてぱさつかずしっとりと柔らかく仕上がっている。


 茹でて癖が和らいだカリフラワとグリンピースは、粒マスタードの程良い刺激で更にその癖が気にならず食べられる。そして素材の持つ甘味が引き出されている。


 ただでさえ脂が少ない鶏ささみの脂も、粒マスタードでさっぱりとさせてくれている。


 刺激とは言え、蜂蜜を加えているのと火を通しているのとで、酸味の角が取れてまろやかとも言えた。


「これは良いな! マスタードが良い仕事してるなぁ。蜂蜜が風味を引き出しているんだな」


「本当ですカピ。これもマリナさんにも美味しく食べていただけるのでは無いかと思うのですカピ」


「だと良いな。カロム、また面倒掛けちゃうけど、ルビアさんにお渡しする作り方、書いて貰って良いかな」


「ああ。食い終わったら早速書くか。作り方と、癖の抜き方もだな」


「いつも本当にありがとう。僕も早くこの世界の文字覚えなきゃね」


 浅葱は言い、粒マスタード煮込みのカリフラワを口に放り込んだ。

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