第6話 解った。出来るだけ頑張ってみる

「ただいま〜」


「ただいまぁ」


 マリナとマルスが揃って帰って来た。仕事の後なので、ふたりともやや疲れ顔だ。だが。


「カロム、アサギくんいらっしゃい。錬金術師さまはこうしてお会いするのは初めてですね。こんにちは、マリナです」


「こんにちは、マルスです」


 ふたりは笑みを浮かべ、礼儀正しく挨拶してくれた。浅葱あさぎとロロアも立ち上がって返す。


「お帰りなさい、こんにちは」


「お帰りなさいカピ。錬金術師のロロアですカピ」


「本当に小さなカピバラさんなんですね。可愛いですね! あ、失礼だったかな」


 マリナが慌てた様に口元を抑えると、ロロアは「いえ」と首を振った。


「嬉しいのですカピ。ありがとうございますカピ」


 ロロアが照れた様な笑顔で言うと、カロムが「ははっ」と笑う。


「ロロアは可愛いなんて言われ慣れてるぜ」


 そんなカロムの軽口に、ロロアは焦った様におろおろと首を彷徨さまよわせた。


「さ、アサギ、仕上げに入るか」


「そうだね」


 浅葱とカロムが腰を上げると、ルビアも「あらあら」と追う様に立ち上がった。


「どんな料理になるのか楽しみだね!」


 そうして浅葱たち3人は台所へ。


 まぐろのステーキを焼いている間に、ほうれん草のソースを小鍋でじんわりと温めて。


 ルビアは熱心にメモを取っていた。焼く事もそうだが、特に焼き時間の短さに驚いていた。


「はい、お待ちどうさま!」


 言いながら、マリナとマルスの前に皿を置く。ルビアも自分の分を手に、いそいそとテーブルに着いた。


「鮪を焼いたものだよ。これならマリナでも食べられるだろう?」


 ルビアの台詞に、マリナは「え?」と首を傾げた。


「お肉もだけど、お魚も焼いたらぱさぱさになるって聞いた。え? 焼いたの?」


 いぶかしげなマリナに、カロムが「ああ」と頷く。


「確かに焼いてるんだが、これは大丈夫なんだよ。アサギの世界の調理法だからよ」


「調理法で変わるものなの?」


「ああ。これまで俺らは間違った調理をしてたって事だ。ま、とにかく食ってみてくれ。ソースたっぷり絡めてな。こっちのペーストはパンに付けてな」


「うん……じゃあ食べてみるね」


 マリナはまだ戸惑いながら、それでもナイフとフォークを手にした。カットし、ソースを絡ませ、口へ。


「あ、本当だ、柔らかい。しっとりしてる」


「本当だね。口の中でほろっとほどけるよ」


「この甘味もあるのに爽やかなソースと合うな。緑色……何のソースだろう」


 マリナとルビアに続けて、マルスも声を上げる。


「味はどうだ?」


 カロムの問い掛けに、マリナたちは口々に「美味しい!」と叫ぶ様に言った。


「パンもいただくね。これ、ペースト? 何で作ってるの?」


「まぁ食ってみてくれ」


 マリナたちはパンに手を伸ばし、豚レバペーストを、ルビア以外はそれと知らずに塗り付ける。そしてかじり付いた。


「わ、濃厚、まろやか。これも美味しい」


「本当だ、あ、これもしかして」


 マルスが味の正体に気付いたか、顔を上げて浅葱を見る。浅葱は「種明かしは後で」と小首を傾げた。


「へぇ、あれはこんな使い方も出来るんだねぇ。うん、パンにぴったりだ。美味しいねぇ」


「これ、本当に何で作ってるの? 甘味もあって美味しいんだけど」


 マリナが言うが、浅葱もカロムもただ微笑むだけで、まだ口は開かない。


「後で教えてくれるんだよね? で、このふたつで貧血が治るの? 本当?」


「勿論お薬もちゃんと飲んでね。でも食べるものから栄養を摂るのも本当に大事な事だと思うので、他にも出来る限り好き嫌い無く食べて欲しいなって思うんだ」


 浅葱が言うと、マリナは渋い表情を浮かべる。


「でも美味しく無いものは出来たら食べたく無いって思うし」


「何度も言うけどさ、姉ちゃんは食わず嫌いなんだよ」


 マルスが少しとがめる様に言うと、マリナは首を振って否定する。


「違うもん。食べて美味しく無かったんだもん。だから食べないの」


「それは小さい頃の話だろう? 大人になった今ならまた違うと思うんだよ」


 ルビアも言うが、マリナはがんとして首を縦に振らない。なかなか頑固な性格の様だ。


 しかしタイミングとしては良い頃合いだ。浅葱とカロムは顔を見合わせ、頷いた。


「なぁマリナ、その緑色のソース、何で作ってると思う?」


「え、何だろう。私が食べられる緑のものでしょう? ブロッコリとか?」


「じゃあペーストは?」


「ん〜、茶色いから、何かのお芋?」


 その答えに、カロムはにやりと笑って口を開いた。


「ソースはほうれん草、ペーストは豚のレバだ」


「……え?」


「ほうれん草と豚のレバだよ」


「ええ!?」


 マリナは驚いて声を上げ、腰を浮かした。


「嘘! だってほうれん草って苦くて渋くて美味しく無かったよ! お肉も脂がきつくて!」


「ほうれん草のそれを抜く調理法をしてるってのもあるんだがな。な、どっちも食えてるだろ?」


「ええ〜……」


 マリナはパンを手にしたまま、呆然と鮪のステーキ、正確にはほうれん草のソースを眺める。


「へぇ、これほうれん草なんだ。面白いな」


 マルスが感心した様に言い、興味深げにソースに視線を注ぐ。そしてまた鮪にたっぷりと付けて、口に運んだ。


「うん、確かに渋味も苦味も無いな。寧ろ甘い。へぇ、調理法かぁ」


「どっちも助手さんにしっかりと教わったからね。今度からは私でも作れるからね」


 マルスとルビアがそんな会話をしている間も、マリナはぽかんとしてしまっている。


「え〜……」


 またそんな呟きを漏らし、しかしパンを食べ切り、またナイフとフォークをおずおずと動かす。


「……うん、どっちも食べられる。美味しい」


「だろ? だからさ、今食べても嫌いだと思ったものは仕方が無いが、そうで無いなら、いろんなものに挑戦してみろよ。食えるものが増えたら、飯の楽しみも増えるだろ?」


「マリナさん、僕また料理考えるから。今まで美味しくないって思ったものを、少しでも美味しいと思って貰える様な料理を。だから良かったら食べてみて欲しいな」


「勿論お薬も調合しますカピ。なのでお食事とお薬で、健康になっていただきたいですカピ」


 カロムと浅葱、ロロアにさとす様に言われ、マリナは躊躇ためらいながら、それでもゆっくりと首を縦に振った。


「解った。出来るだけ頑張ってみる」


 マリナのその返事にルビアとマルスはほっと胸を撫で下ろし、浅葱とロロア、カロムは顔を見合わせて笑みを浮かべた。

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