第5話 じゃあ仕上げはそれからしましょう

 翌日昼食の後、浅葱あさぎとロロア、カロムは揃って村へ。そして馬車を置いて、養豚場ようとんじょうへと向かう。


 またのんびりと暮らす黒豚の放牧場を周り、奥の建物へ。昨日コールが出て来た、そして浅葱が豚レバペーストを作った木造りの建物だ。


 ドアに付いている呼び鈴を鳴らすと、そう間を置かずドアが開かれ、コールが顔を出した。


「おう、待ってたぜ。あ、こちら錬金術師さまだな? こんにちは、コールです」


「こんにちはカピ。錬金術師のロロアと言いますカピ」


 ロロアはあまり村に来ないので、浅葱以上に知っている村人が少ないのである。


「済まんな、昨日の今日で」


「大丈夫だぜ。用意してあるからよ」


 コールは言うと、冷暗庫を開けた。


 昨日家に帰り、夕飯でロロアに豚レバペーストを塗ったバケットを食べて貰ったところ、大好評だった。


「凄いですカピ! 滑らかで濃厚で美味しいのですカピ!」


 なので、一昨日作ったまぐろステーキとともに、早速マリナに食べて貰おうと言う事になったのだ。


 カロムがまずはマリナに電話をし、話を付ける。「食べ物で貧血が治るんなら嬉しい!」とマリナは喜んでくれた。「でも嫌いなものは使わないでね」と釘を刺す事も忘れずに。


 その後養豚場にも電話をして、豚レバを再び譲って貰う約束を取り付けた。


「今日も100グラムで良いのか?」


「はい。食べて貰う人の好みに合うのか賭けみたいなところがあって、もし無駄になっちゃったら勿体無いので」


「何だそりゃ。誰だ?」


「マリナだ」


「ああ〜」


 コールは合点がてんがいったと言う様に声を上げた。


「確か偏食へんしょくが酷かったんだよなぁ。それを治そうとかか?」


「いや、酷い貧血起こしてな。薬も出されてるが、食い物でも緩和かんわ出来んかって、アサギが料理を考えてくれたんだよ。偏食も原因だろうしな。豚レバには血を作る効果があるそうだ」


「へぇ、そうなのか? そりゃあ凄ぇな」


「食べ物毎にいろいろな栄養があるんです。体質さえ問題無かったら、いろいろなものをバランス良く食べていたら大丈夫ですから」


「成る程な。ここはやっぱり養豚所だからよ、肉と言ったら豚が多くなるんだけど、大丈夫かね」


「大丈夫ですよ。豚は動物性たんぱく質もビタミンも豊富なので」


「たんぱくしつとか良く分からねぇが、大丈夫なら良かったぜ。マリナが食ってくれると良いな」


「ああ」


「はい」


「はいカピ」


 そうして浅葱たちは瓶に入れられた豚レバを譲って貰い、マリナの家に向かった。




「あらあらあら、いらっしゃい! あら、こちらが錬金術師さまと助手さんだね? こんにちは、マリナの母のルビアだよ。さぁさぁ入って入って。紅茶と珈琲コーヒーどちらが良い? クッキーは好きかい? パウンドケーキが良いかい? ああ、両方出そうかね」


 マリナの家を訪ねた浅葱たちは、マリナの母ルビアに迎えられ、怒涛どとうの勢いで言われながらあれよあれよと家の中に招き入れられた。自己紹介も挨拶もする間が無い。


「いやいやルビアおばさん、俺ら飯作りに来ただけだから」


「少しぐらい良いじゃ無いか。カロムたちが来るって言うから、クッキーもパウンドケーキも朝から焼いたんだよ。昨日は時間が無かったけど、今日は大丈夫なんだろう?」


「おばさんの少しは少しじゃ無いからなぁ」


 カロムが苦笑すると、ルビアはぷぅと頬を膨らませた。


「お客さまが来たらおしするのは当然だろう?」


「おばさんのは過剰なんだって」


 子どもの頃からの古い付き合いだから、こんな言い合いも出来るのだろう。だが浅葱とロロアはおろおろするばかりである。


「分かった分かった。じゃあ紅茶とクッキーをいただくよ。飯の作り方はルビアおばさんに覚えて欲しいが、マリナには見られたく無いんで、そう時間がある訳じゃ無いんだ」


「あら、見られたく無いって、どうして?」


「マリナが嫌いな野菜を、形が判らない様にして使う」


「へえぇ、成る程ね。それは私も参考にしたいよ。あの子、本当に嫌いなものが多くて。ああ、紅茶用意しなきゃあね。座ってておくれ」


 ルビアはそう言い置いて、台所へと向かった。


 この家の内装も、浅葱たちの家とそう変わらず、玄関から入ってすぐに居間兼食堂、奥に台所が繋がっている。


 居間兼食堂の真ん中に置かれているのは大きなテーブルセット。浅葱とロロアはカロムに促され、椅子に掛ける。その頃には浅葱もロロアも落ち着いていた。


 やがてルビアが、紅茶が注がれたティカップとクッキーがどっさりと盛られた木製の器を、盆に乗せて戻って来た。


「はい、お待たせしたね。たんと食べておくれ」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


「ありがとうございますカピ」


 浅葱たちは有り難く紅茶に口を付け、クッキーをいただく。クッキーは素朴なプレーンと砕いたアーモンドが混ぜられたものの2種類で、どちらも紅茶に良く合った。


「ルビアおばさん、マリナの体調はどうだ?」


「そうそう、貧血だって聞いて吃驚びっくりしたよ。そうだ、助手さんにはお礼がすっかり遅くなっちまったね。マリナが世話になったね。本当にありがとう。で、今日は貧血が楽になるご飯まで作ってくれるって言うんだろう? 本当に助かるよ。あれからマリナは元気でやってるよ。でも倒れた時はよっぽど辛かったんだろうね、自分基準で不味いと思ったもんは絶対に口にしないあの子が、苦い苦いって言いながら薬をちゃんと飲んでるよ」


「ごめんなさいカピ。苦く無いお薬が作れれば良いのですカピが……」


 ロロアが申し訳無さげに項垂うなだれると、ルビアが「あらやだ」と眼を開いた。


「薬が苦いのは当たり前じゃあ無いか。そりゃあたまにはそう苦く無いものもあるんだろうけどね。錬金術師さまが謝る様な事じゃないよぉ」


 ルビアはあっけらかんと言い、プレーンクッキーをぽいと口に放り込んで「うん、今日も巧く焼けてる」と満足げに頷いた。


「さてアサギ、そろそろ調理始めるか」


「そうだね」


 話をしている内に、全員のカップは空になっていた。


「あら、クッキーがまだ残ってるじゃ無いか」


「多過ぎたんだよ。また後で貰うからさ。マリナが帰って来るまである程度まで進めておかんと」


「そうかい? じゃあクッキーは包んであげるから、持って帰って食べな」


「ありがとうございます。じゃあ台所お借りしますね」


「はいよ。材料は言われたもの用意してあるから、好きに使っとくれよ」


「はい」


 そうして浅葱とカロム、ルビアは立ち上がる。ルビアは紙片と鉛筆を用意した。


「ロロア、少し待っててね」


「はいカピ」


「あら、退屈しない様に、絵本でも出そうかね。ああ、でも錬金術師さまに絵本は子どもっぽいかね」


「いえ、お気遣いありがとうございますカピ。よろしければ、絵本をお借り出来たら嬉しいですカピ」


「はいよ」


 ルビアは壁際の棚から絵本を数冊抜き取ると、ロロアの前に置いた。


「楽しめるものがあると良いんだけど」


「ありがとうございますカピ! 絵本を読む機会がこれまであまり無かったですので、嬉しいですカピ」


 ロロアが言うと、ルビアは「そうなのかい」と微笑んだ。


 さて、台所へと向かう。


 洗い物などの手伝いはカロムに任せ、ルビアはメモを取りながら浅葱の手元を凝視する。


 まずは豚レバペーストに取り掛かる。


「あら、ホルモンのレバ? あの子、お肉駄目なんだよ。大丈夫かね。牛ホルモンの試食会も「牛は嫌いだから行かない」って言ってね」


「お肉の脂が駄目だって聞いたので、脂が殆ど無いレバならどうだろうと思いまして。これは牛じゃ無くて豚のレバなんですよ」


「豚なのかい。ああ、だから持って来てくれたんだね、売って無いもんねぇ。豚のレバも美味しく食べられるのかい?」


「ああ、食ったが旨かったぜ」


「牛のレバよりも少しあっさりしてるんですよ」


 豚レバペーストが完成し、冷暗庫に入れると、次はほうれん草のソースに取り掛かる。


 鍋で沸いた湯の中にほうれん草を茎から入れる。


「煮るのかい?」


「いえ、茹でて灰汁あくを抜くんです。これで渋味と苦味が抜けますよ」


「この一手間で味が変わるんだぜ。初めて食った時には吃驚したもんだ」


「そうなのかい? それも味だと思って食べてたけど、確かにマリナは口に残るそれが嫌だって言ってたねぇ」


「じゃあこれで少しは食べ易くなるかなぁ」


 そうして灰汁を抜いたほうれん草を微塵みじん切りにし、炒めた玉葱とにんにくを合わせて乳鉢にゅうばちで潰していると。


「成る程ね、そうすれば確かにほうれん草って判らないね」


「はい。なのでマリナさんにはこれがほうれん草って事は内緒ですよ」


「勿論さ。知ったらあの子は絶対に食べないからね」


 出来上がったほうれん草のソースも冷暗庫に入れておいて。


 鮪のステーキは、マリナが帰って来てから焼く事にする。マリナと弟のマルスは、ともに製紙工房に勤めているのだそうだ。


「そろそろマリナたちが帰って来る頃かね」


「じゃあ仕上げはそれからしましょう」


「じゃ、紅茶でも淹れ直すかね」


「おう、洗い物もすぐ終わるからさ」


 浅葱が一足先に居間に戻ると、ロロアが眼を輝かせて熱心に絵本を読んでいて、浅葱はつい笑みを漏らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る