第4話 パンに付けて食べてみてください

 翌日、浅葱あさぎとカロムは養豚場ようとんじょうに向かっていた。牛の牧場同様に村の突き当たりではあるが、場所は離れている。


 動物はどう清潔にしてもどうしても多少なりとも臭いが出てしまう為、牛、豚、鶏、この3軒の牧場は全て村の突き当たり、直線で繋ぐと3角形になる様に配置されているのだ。


 到着すると、広々とした放牧場に、黒豚が伸び伸びと暮らしていた。


「へぇ、黒豚なんだ。こっちの世界でも黒豚が贅沢ぜいたく品なの?」


「お、アサギの世界でもそうか。そうだぜ、普通の豚はピンク色だが、黒豚は贅沢品だな。身の色も濃くて、脂が甘い」


「じゃあホルモンもきっと美味しいんだろうなぁ。楽しみだね」


「そうだな。あ、おーい」


 放牧場の向こうの木造りの建物から若い男性が出て来た。カロムはその男性に向かって手を振り上げる。


「あ、カロムとアサギじゃねぇか。よお」


 男性が笑顔になって駆け寄って来てくれる。


 浅葱は今の家に越して来た翌日の村案内以降、中心部しかまともに行っていないので、まだ知らない村人も多い。


 だが浅葱が錬金術師の助手だと言う事、そして牛ホルモンの振る舞いもあって、村人に浅葱の顔と名前は知られているのだ。


「よう」


「こんにちは」


「あ、アサギは俺の名前知らねぇかな? あらためてよろしく、コールだ。で、今日はどうしたよ」


「豚のレバが無いかと思って来たんだ」


「ああ、ホルモンのな。今日解体したのがあるぜ」


「見せて貰って良いか? 少し譲って欲しいんだ」


「良いぜ。前にほら、牛のホルモン食わせてくれただろ。作り方もくれてさ。あれ、豚のホルモンで代用出来ないかと思って、見た目が似てる同じ部位、タンとかチョウとかで試してみたら結構旨く出来てさ。レバもそうなんだよ」


「へぇ、俺も豚のホルモンは見た事無いなぁ。けど同じ哺乳類なんだから、見た目が似ててもおかしく無いか」


「良く判らねぇ部位もあるから、そこは処分してるけどな。ああ、でもアサギに見て貰ったら食える部分増えたりするか?」


「豚は、牛以上に捨てるところが無いって言われてるんです。あしや耳も食べられるんですよ」


「脚!?」


「耳!?」


 カロムとコールが大いに驚いて声を上げる。


「脚って脚か? いや、そりゃあ肉は付いてるだろうが」


「耳って、ええ? 味の想像が出来ねぇんだけど」


「脚はコラーゲンたっぷりでぷるぷるしてて、耳は軟骨だからこりこりしてます。どっちも好き嫌いは別れるかも知れないけど、僕は美味しいと思ってますよ」


「そりゃあ気になる。食ってはみたいが、今はレバだな」


 カロムは呆然とした顔を引き締める様に、小さく首を振った。


「そうやって使ってるんなら、無い日もあるって事か?」


「いや、1回じゃ使い切れねぇからな。いつ来てくれても大丈夫だ。どれぐらい要るんだ?」


「まずは試作なので、100グラムぐらいあれば大丈夫です」


「そんなんで良いのか? もっと持って行って良いんだぜ」


「今日はこれぐらいで。またいただきに来ても良いですか?」


「おう、どんどん持ってけ。ついでに他の調理法とか教えてくれたら助かる。つっても作るのは姉貴か親父だけどな。お袋と俺は料理が下手でな」


 この養豚場は牛の牧場とは違い、家族経営なのである。


 そうしてコールに案内されて、先程コールが出て来た建物に入る。そこには小さな台所があり、小振りな冷暗庫も置かれていた。


 それを開けると、瓶に入れられた数種のホルモンがきちんと整頓されて置かれていた。コールがそこからレバ入りの瓶を取り出す。


「こいつだな」


「ありがとうございます」


「なぁ、これで何か作るんだったら、今からここで作ってみてくれねぇか?」


「ここで?」


「ああ。新しい料理も知りてぇし。材料は家の方にに色々あるからさ。足りないもんがあれば走って買って来るしよ。どうだ?」


「時間はあるから大丈夫だと思うけど……」


 浅葱はそう行ってカロムを見る。するとカロムは事も無げに頷いた。


「作ろうとしているものが時間の掛からんものだったら大丈夫だろ。どうだ?」


「うん、そんな時間は掛からないよ。じゃあ作らせて貰おうかな」


「よし来た。じゃあ材料用意するからよ。何が要るんだ?」


「ええとですね」


 浅葱は必要なものをコールに伝えた。




 コールが材料を入れたかごを抱えて戻って来る時、ひとりの女性を伴って来た。


「お、スタンさん」


 スタンと呼ばれた女性は、「こんにちは」とにこやかに挨拶を寄越して来た。


「姉貴が作ってるところ見たいって言うからよ。良いか?」


「はい。お口に合ったら、作って貰えたら嬉しいです。鶏のレバでも牛のレバでも作れますよ。味も変わって来ます」


「楽しみだわぁ」


 スタンが笑顔のままおっとりと言う。


「じゃ、作りますね」


 浅葱は腕まくりをし、まずはレバの臭み抜きから始める。小さめにカットして血のかたまりを除き、良く洗ってしっかりと血抜きをしてから牛乳に漬ける。


 その間に野菜を準備。にんにくと玉葱を微塵みじん切りにし、オリーブオイルを引いたフライパンでじっくりと炒めて行く。


 玉葱がしんなりして来る頃にはレバの臭み抜きも終わっている。小さめなのと新鮮なので、そう長い時間漬けなくても大丈夫だ。


 表面の水分を拭き取り、フライパンに加えてしっかりと炒めて行く。


 火が通ったら赤ワインを入れて、アルコールを飛ばしながら煮詰めて行く。


 水分が飛んだら、裏漉うらごしをする。ペースト状になったそれのボウルを氷に当てて冷やしながら、生クリームを加えてしっかりと混ぜ合わせて行く。


 そうして冷えたら。


 豚レバペーストの出来上がりである。


「パンに付けて食べてみてください」


 浅葱は適当にカットしたバケットを添えた。


「へぇ、これは面白いな」


 各々皿に盛られたバケットに手を伸ばし、ナイフで豚レバペーストを塗る。そして口へ。


 それぞれが味わいながら、じっくりと咀嚼そしゃくする。


「……旨いな!」


「ああ、旨ぇな!」


「本当ねぇ。レバと生クリーム? 合うの? と思ったんだけど、レバの臭みは無いし、生クリームと合わさって物凄くまろやか。でもしっかりとコクもあって」


 そんな嬉しい声を聞きながら、浅葱も一口。


 目の細かいし器を使ったので、とてもなめらかに出来ている。臭みもしっかり拭われて、赤ワインと生クリームと相まって旨味となっている。


 味が濃厚なのでそう沢山は食べられないが、豚に限らずレバの食べ過ぎは良く無いので、丁度良いのかも知れない。


「うん。作り方メモしたから、今度作るわね。これは癖になる味だわぁ。朝ご飯にするのが良いかもね。この味だとお酒にも合いそう」


「あ、合いますよ。ビールでもワインでも。クラッカーなんかに付けてもらって。是非今度試してみてください。あ、でもレバの食べ過ぎは余り身体に良く無いので、程々でお願いしますね」


「ま、味濃いから1度にそう沢山は食えそうに無ぇけどな。でも次々と食いたくなる味なんだよなぁ」


「そうだよな。あ、残った分少し貰って良いか? 家で待ってるロロア、あ、錬金術師にも食わせてやりたい」


「少しなんて言わず、全部持ってってくれて大丈夫よ。レバはまだあるもの。忘れない内に自分で作ってみたいから」


 スタンの有難い言葉に、浅葱とカロムは「ありがとうございます」「ありがとう」と礼を伝える。


「じゃあ晩飯にして、他は、そうだな、あっさり味の具沢山スープでも作るか」


「そうだね。それがバランス良いかも」


 余りの豚レバペーストを密閉出来る容器に詰めて貰い、浅葱とカロムは養豚場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る