第3話 嫌いなもんひとつでも克服出来るんなら儲けもんだろう
翌日、出勤して来たカロムは、朝食の後、何やら二つ折りの
「昨日、ここから帰った後にマリナの家に行って、
カロムの呆れた様な苦笑を前に、首を傾げながら紙片を開いて見ると、
「ご免カロム、僕まだ字が読めない」
「ああ、そうだったな」
カロムは浅葱からまた紙片を受け取ると、その内容を読み上げる。
「ええと、大好きって食い物は特に無いが、嫌いなものは動物の肉。これは
「待って待って待って」
浅葱はついカロムを
「多く無い!?」
「多いよな。まだあるぜ。これでどうやって料理決めるか。いやぁ、マリナのお袋さんも毎日の飯の
「好き嫌いとかって、子どもの時に少しでも親御さんに
「この世界でもピーマン苦手な子どもは多いぜ。俺も小さい頃は苦手だった。でもいつの間にか食べられる様になってたな。味覚が変わったんだな」
「年齢で変わるよね。好みとか変わって来るし。そっか、マリナさんはそういうのが無かったって事なのかな」
「聞いてみたら、子どもの時に嫌いだったもの、特に野菜は、今でも口にしようともしてないんだそうだ。絶対に美味しい筈が無いって。だから食わず嫌いな可能性もある」
「だったら、駄目なものの中で、
「何か想像以上に面倒な事になっちまったなぁ。悪いなアサギ、こんな厄介な事頼んじまって」
カロムは申し訳無さげな表情になって、小さく頭を下げた。
「大丈夫だよ。
「ああ、勿論だぜ。頼むな」
「うん」
料理をする事は勿論好きだが、こうした事を考えるのもとても楽しい。浅葱は微笑んだ。
さて、夕飯で早速試作である。
まずは玉葱とにんにく。それぞれ
続けてほうれん草。根元の赤い部分に特に栄養が多いので、根だけをぎりぎりのところで切り落とす。
鍋にたっぷり沸かした湯に砂糖をひとつまみ入れ、ほうれん草を根元の方から入れる。時間差で葉の部分も沈めて。
茹だったら水に
水気を絞ったほうれん草を微塵切りにする。出来るだけ細かく。それを炒めた玉葱、にんにくと一緒に
それをオリーブオイルで伸ばし、塩と胡椒で味を整えておく。
次に出したのは、
にんにくは薄切りにしておいて。
フライパンを温めてオリーブオイルを引き、にんにくをじんわり炒めて香りを出す。そこにマグロと縦に8等分した玉葱を置く。
鮪は身が崩れない様に動かさない様に焼いて行く。鮪の側面の色が変わって来たらターナーで返し、もう片面も焼く。
焼き上がったら皿に移し、鮪にほうれん草で作ったものを掛けたら。
鮪のステーキ、ほうれん草ソースの完成である。
「これは、お肉ですカピか?」
「ううん、鮪だよ」
「鮪なのですカピか? お肉に見えますカピ」
「表面に小麦粉を振ってあるからかな。鉄分の多い鮪に、これも鉄分の多いほうれん草のソースを掛けてね。血液増強メニューだよ」
「凄いよな。これで貧血が治るって言うんだからなぁ」
「完全じゃ無いけどね。ほうれん草が苦手だって言うから、それと判らない様にソースにしたんだ」
「成る程なのですカピ」
「じゃあ早速食おうぜ。楽しみだ」
神に感謝を捧げ、「いただきます」をし、フォークとナイフを手にする。
まずは鮪から。小麦粉を
本当なら、中身は生のまま仕上げたかったところだ。だがこの国には肉類を生食する習慣が無い。なので中までしっかりと火を通した。
それでも絶妙な火加減でぱさつきは無い。
ほうれん草のソースをたっぷりと付けて、口へ。
うん、やはりしっとりと、そしてふっくらと仕上がっていた。少し癖のある鮪の赤身、それに玉葱とバターのお陰でまろやかなほうれん草のソースが良く合っている。
添えてある玉葱も良い焦げ目で香ばしく焼き上がっている。甘みもしっかりと引き出されていて、勿論ソースとも合う。
「これは旨いな! しかしいつも思うが、ほうれん草って茹でるだけであの渋みが無くなるんだな」
「ほうれん草は灰汁があるからね。それが渋みの原因だよ。水溶性だから、茹でたら抜けるんだよ」
「初めてアサギさんが調理をしたほうれん草を食べた時には
「だな。玉葱のお陰か青臭さも全くないし、鮪とも良く合う。これならマリナも喜んでくれるんじゃ無いか?」
「だと嬉しいなぁ。ほうれん草を使ってるって事は、マリナさんには内緒にね。美味しいって言ってくれたらネタバラシだよ」
「それで灰汁の抜き方を教えてな。それで嫌いなもんひとつでも克服出来るんなら
「そうですカピね。やっぱり嫌いなものは少ない方が良いと、僕は思いますカピ」
「僕もそう思うよ。嫌いなものが多かったら、食事を楽しむのが難しくなるだろうからね。やっぱり色々なものを美味しく食べて欲しいと思うよ」
「俺もそれは思うぜ。まずはこのほうれん草からだな」
「本当は、豚のレバを使いたいところなんだけど、この村には無いよねぇ」
「あるぞ」
「あるの?」
「牛も牧場があるだろ? 豚も多くは無いが育ててる牧場があるぜ。ちなみに鶏もな」
「そうなんだ。牛みたいに、他の村から買っているものより高いものなの?」
「そうだな。だからまだうちでは買った事無いな。今度祝い事でもあった時にな」
「じゃあ豚のレバ、手に入るかな」
「大丈夫だと思うぜ。近い内に牧場行ってみるか?」
「うん、ありがとう」
「しかし、マリナは牛も豚も鶏も駄目だぜ? どうするつもりだ?」
「うん、駄目な理由は脂だよね。レバには脂が殆ど無いから、巧く調理出来たら大丈夫だと思うんだよね。ただレバは食べ過ぎると余り身体に良く無いから、加減がいるけどね」
「そうなのか。けど、牛のレバじゃ駄目なのか?」
「牛よりも豚の方が鉄分が多いんだよ。だから同じ量を食べるのなら、豚の方が効率が良いんだ」
「成る程な。じゃあ明日にでも豚の牧場に電話してみるな」
「ありがとう。よろしくね」
これでまた献立が広がりそうである。勿論鉄分増強メニューも。
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