幕間3 お米のお酒を作ろう
前編 じゃあ何でこの世界には無いんだろ
この異世界での酒作りは、食材と
以前カロムに聞いた事だ。なら試さない手は無い。
そして洋食屋で働いていたと言うのに、ワインなどでは無く、日本酒が1番好きなのだ。
小さなグラスに注いだ日本酒を、ちびりちびりと口に含むその瞬間が幸せなのである。
となると、疑問がひとつ。
「ねぇカロム、この世界にお米のお酒ってあるの?」
料理に使うワインを買いに、カロムに酒の商店に連れて行って貰った事はあるが、目的のものを買ったら、あまり店内を見もせずに退店するので、この世界の酒事情にはまだ全然詳しく無いのだ。
「米の酒、は無いなぁ。多分旨く無いからなんじゃ無いかな」
「そうなの?」
この世界の人の味覚には合わなかったのだろうか。
「ほら、いろんな酒があるだろ。野菜、果物、穀物、珈琲とか紅茶の酒なんてのもある。とにかく食えるもの何でも酒にしてみて、旨かったやつが売り出されてるって聞いてるぜ」
「そっかぁ。でも僕の国ではお米のお酒だけで物凄く沢山種類があって、とても親しまれてるんだよ。僕も大好き」
「そうなのか? じゃあ何でこの世界には無いんだろ」
カロムは首を傾げてしまう。
「ねぇ、カロム。お米にもいろいろ種類があったよね」
「ああ、そうだな」
「お米に寄って味も変わって来ると思う。今度お米の商店ゆっくり見たい」
米の商店でも、目的のものを買ったらさっさと出ていた。米はカロムの見立てで、美味しく食べられて、だが価格がそう高くは無い、バランスが取れたものがセレクトされていた。
この世界では
「じゃあ今日の買い物一緒に来るか?」
「良いの?」
「勿論。旨い米の酒が飲めるんだったら、俺も楽しみだ。俺も酒は好きだからな」
「ありがとう。お米ちゃんと見るの初めてかも。楽しみ」
カロムも酒が好きで、そして強いのである。浅葱にしてみれば
さて、米の商店に到着。中に入ってみると、壁際に大量の米が入れられたずた袋が並べられていて、それぞれに値札と木製の計量カップが刺さっていた。
1カップ幾らと言う値付けになっていて、カップ単位で購入出来る。1カップ
端からじっくりと米を見て行く。やはりそこにあるのは長粒米。しかしいろいろな長さがあって驚かされる。3センチ程にもなるものまであって、「これもお米って言って良い長さなのかな」と浅葱はつい首を傾げてしまう。
そうして行くと、見つけた。
値札を見てみると、これには少し驚いた。長粒米より高いのだ。まだこの世界の文字の読み書きは
「どうした。気になるのがあったか? ああ、これか」
「うん。僕たちの世界では、短粒米でお酒を作るんだ。でも高いんだね」
「そうだな、短粒米は長粒米より育てるのが大変らしくてな。病気に弱いらしい。なのであまり作られて無くて、数が少ないんだ」
「短粒米ってこれだけなのかな」
「いや、他にもある筈だぜ」
「じゃあ見てみるね」
そうして横を見ると、また短粒米だった。その横も。どうやら短粒米は
その中で1番丸みを帯びているものが1番値段が高かった。
「うう〜ん」
浅葱は腕を組んで困ってしまう。見ている限り、ふっくらしている最高値のそれが1番酒作りに合いそうな気がする。食べた事が無いので言い切れないのであるが。
「カロムは短粒米食べた事ある?」
「あるぜ、1番安いやつだがな」
「味はどうだった? 長粒米に比べて」
「そうだな、甘味が強い感じがしたかな。もちもちしてて、粘りもあって。で、勿論旨かった。ただ値段が値段だから、そうそう頻繁に買えるものじゃ無いがな。だからたまの贅沢だな」
「やっぱり甘いんだ。うん、やっぱりこれでお酒作ってみたい」
浅葱が強く言い拳を握ると、カロムは「じゃあ」と頷いてくれた。
「少しだけ買ってみるか? 錬金術師に支給される資金は豊富だからな、それくらいなら響かんだろ」
「じゃあ3つ全種!」
「全部か! この1番高いやつもか? それはなかなかだぜアサギ」
「勿論僕もお金出すよ。お米はふっくら丸くてなんぼだよ」
「そんなものかねぇ」
「そんなものなんだよ!」
普段そう主張をしない浅葱がここまで言うからか、カロムは半ば諦めた様に小さく息を吐いた。
「解った。全種な。その代わり、それぞれ2カップずつまでだぞ」
「充分だよ! ありがとうカロム!」
浅葱が嬉しくなって破顔すると、カロムは「やれやれ」と苦笑を浮かべた。
短粒米を大切に抱える浅葱とカロムが家に帰り着くと、ロロアが「お帰りなさいカピ」と研究室から出て来た。
「アサギさん、お目当てのお米はありましたカピ?」
「うん。カロムに
「大丈夫ですカピ。僕もお米のお酒に興味があるのですカピ。楽しみですカピ」
そう言って小首を傾げる。
実はロロアも、可愛らしい見た目に反して酒が好き、そしてカロムに負けず劣らず強いのである。
「じゃあ早速仕込んでみよう。ええと、お酒にするには、食材と麹を混ぜて1ヶ月、じゃ無くて30日置いておいたら良いんだよね?」
「そうだな。食い物と麹の割り合いは10対1。この場合は米が10で麹が1だな。重さで見るんだ」
「成る程。じゃあ量りを出してっと」
最初から米の全量を使うつもりは無い。まずはそれぞれ100グラムを量る。それを密閉出来る3個の
どれがどの米か判る様に、紙片に書いて瓶に貼り付けた。
「ええと、混ぜたら良いのかな?」
「ああ。麹が全体に行き渡る様にな。で、蓋して放っておくんだ。これで30日な」
「楽しみだなぁ。美味しく出来たら良いけど」
そう言いながらスプーンで混ぜて蓋をして、まだ何の変化も訪れない瓶を眺める浅葱。そんな浅葱にロロアが声を掛ける。
「アサギさん、錬金術で時間を進めてみますカピ?」
「時間を、進める?」
意味が解らず浅葱が首を傾げると、カロムが「ああ」と声を上げた。
「聞いた事がある。優秀な錬金術師は、対象物の時間を進める技を使えるって。へぇ、やっぱりロロアは優秀なんだな」
「ありがとうございますカピ」
ロロアが照れた様に小首を傾げる。
「時間を、進める……」
そう
「えっ? 錬金術ってそんな事が出来るの?」
「全員が出来る訳じゃ無いぜ。限られた術師だけな」
「じゃあやっぱりロロアは凄いんだね!」
「ありがとうございますカピ」
ロロアはまた照れた様に、反対側に首を小さく傾げた。
「では研究室に瓶を持って来てくださいカピ」
「うん」
浅葱は3個の瓶を抱えると、研究室に向かうロロアに続く。
ビーカーなどの様々なものが整理されて置かれている作業台、その前に置かれている木製の踏み台に上がって立ち上がると、ロロアは木箱に入れられている銀色のドーム型のものと同じ色の棒を取り出す。ドームのサイズは直径30センチぐらいだろうか。
「へぇ、これが。俺も初めて見たぜ」
カロムが興味深げにしげしげとそれを眺める。
「これは?」
「これの中に入れた物の時間を進める事が出来るのですカピ。専用の道具なのですカピ。大きさはいろいろあるのですカピが、これは中ぐらいのものなのですカピ。小さすぎても使い勝手がよく無いですカピ。でも大き過ぎたら僕には扱えないのですカピ。お師匠さまは大きなものをお持ちなのですカピ」
「最大でどれぐらい進める事が出来るの?」
「1度で最大30日ですカピ。なので今回は丁度良いのですカピ。では瓶を台の上に置いてくださいカピ」
「うん」
浅葱は3個の瓶を台の上に並べる。
「では少しお手伝いをお願いしますカピ。このドームを瓶に被せてくださいカピ」
浅葱がドームを持ち上げる。瓶は小さなものなので、3個を三角の状態にぴったりくっつけて置いたら、全てを覆う事が出来た。
「では行きますカピ」
ロロアが棒を掲げ、ドームの上部を軽く叩いた。すると「リィン」と透き通った金属音が室内に響き渡る。
その
「終わりましたカピ」
「え、もう?」
時間にすればほんの数秒だ。
「はいカピ。ドームを外してくださいカピ」
浅葱が中身が倒れない様に注意しながらドームを真上に上げると、3個の瓶の中は全て液状化していた。
「凄い、本当に時間が進んでる……!」
「へぇ、これが米の酒か」
「白く濁っているのですカピね」
「濁り酒と言うのかな。1度も漉して無いからどぶろくかな。これを
「じゃあ漉すのが早いか。けど、ざるだと澱も通りそうだな」
「
「成る程ですカピ。では早速漉してみましょうカピ」
浅葱はまた3個の瓶を抱え、台所へと向かう。その後にロロアとカロムも続いた。
この家にあるドリッパはひとつである。まずは1番細いめの、3種の中では1番安価な米酒から漉して行く。
ドリッパに布製のフィルタをセットし、白濁の米酒をゆっくりと注ぐ。するとサーバに透明になった米種が筋となって落ちて来た。
「これこれ。これが僕が飲み慣れている米のお酒だよ。濁ったままでも飲めるんだけど、僕にはちょっと強くて。癖もあるしね」
「へぇ、透明って面白いな。でも薄っすらと黄色いんだな」
「楽しみですカピ」
米酒が落ち切ると、次の準備。サーバの米酒を小さなグラスとサラダボウルに等分に入れると、フィルタに溜った澱を捨て、器具を全て洗う。しっかりと水気を切り、ドリッパにセット。
2種目の米酒は真ん中の価格帯のもの。それを漉している間に、1種目の味見だ。
まずは鼻を近付けてみる。すると香りは確かに浅葱の知る日本酒のものだった。これは期待出来るのでは無いだろうか。
「味はどうかなぁ」
少し緊張しながら、そっと口を付け、ちびりと口に含む。そして。
「んん?」
と、3人揃って首を傾げた。
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