幕間3 お米のお酒を作ろう

前編 じゃあ何でこの世界には無いんだろ

 この異世界での酒作りは、食材とこうじを混ぜて30日程経てば出来上がる。


 以前カロムに聞いた事だ。なら試さない手は無い。


 浅葱あさぎはそう酒に強い訳では無いが、好きなのだ。


 そして洋食屋で働いていたと言うのに、ワインなどでは無く、日本酒が1番好きなのだ。


 小さなグラスに注いだ日本酒を、ちびりちびりと口に含むその瞬間が幸せなのである。


 となると、疑問がひとつ。


「ねぇカロム、この世界にお米のお酒ってあるの?」


 料理に使うワインを買いに、カロムに酒の商店に連れて行って貰った事はあるが、目的のものを買ったら、あまり店内を見もせずに退店するので、この世界の酒事情にはまだ全然詳しく無いのだ。


「米の酒、は無いなぁ。多分旨く無いからなんじゃ無いかな」


「そうなの?」


 この世界の人の味覚には合わなかったのだろうか。


「ほら、いろんな酒があるだろ。野菜、果物、穀物、珈琲とか紅茶の酒なんてのもある。とにかく食えるもの何でも酒にしてみて、旨かったやつが売り出されてるって聞いてるぜ」


「そっかぁ。でも僕の国ではお米のお酒だけで物凄く沢山種類があって、とても親しまれてるんだよ。僕も大好き」


「そうなのか? じゃあ何でこの世界には無いんだろ」


 カロムは首を傾げてしまう。


「ねぇ、カロム。お米にもいろいろ種類があったよね」


「ああ、そうだな」


「お米に寄って味も変わって来ると思う。今度お米の商店ゆっくり見たい」


 米の商店でも、目的のものを買ったらさっさと出ていた。米はカロムの見立てで、美味しく食べられて、だが価格がそう高くは無い、バランスが取れたものがセレクトされていた。


 この世界では長粒米ちょうりゅうまいが好んで食べられているが、同じ長粒米でも種類があった筈だ。


「じゃあ今日の買い物一緒に来るか?」


「良いの?」


「勿論。旨い米の酒が飲めるんだったら、俺も楽しみだ。俺も酒は好きだからな」


「ありがとう。お米ちゃんと見るの初めてかも。楽しみ」


 カロムも酒が好きで、そして強いのである。浅葱にしてみればうらやましい限りである。カロムに言わせれば「効率悪いぜ」なのだが。




 さて、米の商店に到着。中に入ってみると、壁際に大量の米が入れられたずた袋が並べられていて、それぞれに値札と木製の計量カップが刺さっていた。


 1カップ幾らと言う値付けになっていて、カップ単位で購入出来る。1カップ大凡おおよそ200ミリリットルぐらいか。浅葱の世界の1カップとそう変わらない。


 端からじっくりと米を見て行く。やはりそこにあるのは長粒米。しかしいろいろな長さがあって驚かされる。3センチ程にもなるものまであって、「これもお米って言って良い長さなのかな」と浅葱はつい首を傾げてしまう。


 そうして行くと、見つけた。短粒米たんりゅうまいと言っても良い長さの米を。ジャポニカ米の様な丸みは少ないが、これは良いのでは無いだろうか。


 値札を見てみると、これには少し驚いた。長粒米より高いのだ。まだこの世界の文字の読み書きは覚束無おぼつかないが、数字だけは買い物をしている内に、どうにか読める様になっていた。


「どうした。気になるのがあったか? ああ、これか」


「うん。僕たちの世界では、短粒米でお酒を作るんだ。でも高いんだね」


「そうだな、短粒米は長粒米より育てるのが大変らしくてな。病気に弱いらしい。なのであまり作られて無くて、数が少ないんだ」


「短粒米ってこれだけなのかな」


「いや、他にもある筈だぜ」


「じゃあ見てみるね」


 そうして横を見ると、また短粒米だった。その横も。どうやら短粒米はまとめて置かれてある様だ。合計3種類だった。


 その中で1番丸みを帯びているものが1番値段が高かった。


「うう〜ん」


 浅葱は腕を組んで困ってしまう。見ている限り、ふっくらしている最高値のそれが1番酒作りに合いそうな気がする。食べた事が無いので言い切れないのであるが。


「カロムは短粒米食べた事ある?」


「あるぜ、1番安いやつだがな」


「味はどうだった? 長粒米に比べて」


「そうだな、甘味が強い感じがしたかな。もちもちしてて、粘りもあって。で、勿論旨かった。ただ値段が値段だから、そうそう頻繁に買えるものじゃ無いがな。だからたまの贅沢だな」


「やっぱり甘いんだ。うん、やっぱりこれでお酒作ってみたい」


 浅葱が強く言い拳を握ると、カロムは「じゃあ」と頷いてくれた。


「少しだけ買ってみるか? 錬金術師に支給される資金は豊富だからな、それくらいなら響かんだろ」


「じゃあ3つ全種!」


「全部か! この1番高いやつもか? それはなかなかだぜアサギ」


「勿論僕もお金出すよ。お米はふっくら丸くてなんぼだよ」


「そんなものかねぇ」


「そんなものなんだよ!」


 普段そう主張をしない浅葱がここまで言うからか、カロムは半ば諦めた様に小さく息を吐いた。


「解った。全種な。その代わり、それぞれ2カップずつまでだぞ」


「充分だよ! ありがとうカロム!」


 浅葱が嬉しくなって破顔すると、カロムは「やれやれ」と苦笑を浮かべた。




 短粒米を大切に抱える浅葱とカロムが家に帰り着くと、ロロアが「お帰りなさいカピ」と研究室から出て来た。


「アサギさん、お目当てのお米はありましたカピ?」


「うん。カロムに奮発ふんぱつしてもらっちゃった。ロロアもごめんね、大切な研究費なのにね」


「大丈夫ですカピ。僕もお米のお酒に興味があるのですカピ。楽しみですカピ」


 そう言って小首を傾げる。


 実はロロアも、可愛らしい見た目に反して酒が好き、そしてカロムに負けず劣らず強いのである。


「じゃあ早速仕込んでみよう。ええと、お酒にするには、食材と麹を混ぜて1ヶ月、じゃ無くて30日置いておいたら良いんだよね?」


「そうだな。食い物と麹の割り合いは10対1。この場合は米が10で麹が1だな。重さで見るんだ」


「成る程。じゃあ量りを出してっと」


 最初から米の全量を使うつもりは無い。まずはそれぞれ100グラムを量る。それを密閉出来る3個のびんに入れて、10グラムずつの麹を振り入れる。


 どれがどの米か判る様に、紙片に書いて瓶に貼り付けた。


「ええと、混ぜたら良いのかな?」


「ああ。麹が全体に行き渡る様にな。で、蓋して放っておくんだ。これで30日な」


「楽しみだなぁ。美味しく出来たら良いけど」


 そう言いながらスプーンで混ぜて蓋をして、まだ何の変化も訪れない瓶を眺める浅葱。そんな浅葱にロロアが声を掛ける。


「アサギさん、錬金術で時間を進めてみますカピ?」


「時間を、進める?」


 意味が解らず浅葱が首を傾げると、カロムが「ああ」と声を上げた。


「聞いた事がある。優秀な錬金術師は、対象物の時間を進める技を使えるって。へぇ、やっぱりロロアは優秀なんだな」


「ありがとうございますカピ」


 ロロアが照れた様に小首を傾げる。


「時間を、進める……」


 そう反芻はんすうし、浅葱はようやくその意味を理解した。


「えっ? 錬金術ってそんな事が出来るの?」


「全員が出来る訳じゃ無いぜ。限られた術師だけな」


「じゃあやっぱりロロアは凄いんだね!」


「ありがとうございますカピ」


 ロロアはまた照れた様に、反対側に首を小さく傾げた。


「では研究室に瓶を持って来てくださいカピ」


「うん」


 浅葱は3個の瓶を抱えると、研究室に向かうロロアに続く。


 ビーカーなどの様々なものが整理されて置かれている作業台、その前に置かれている木製の踏み台に上がって立ち上がると、ロロアは木箱に入れられている銀色のドーム型のものと同じ色の棒を取り出す。ドームのサイズは直径30センチぐらいだろうか。


「へぇ、これが。俺も初めて見たぜ」


 カロムが興味深げにしげしげとそれを眺める。


「これは?」


「これの中に入れた物の時間を進める事が出来るのですカピ。専用の道具なのですカピ。大きさはいろいろあるのですカピが、これは中ぐらいのものなのですカピ。小さすぎても使い勝手がよく無いですカピ。でも大き過ぎたら僕には扱えないのですカピ。お師匠さまは大きなものをお持ちなのですカピ」


「最大でどれぐらい進める事が出来るの?」


「1度で最大30日ですカピ。なので今回は丁度良いのですカピ。では瓶を台の上に置いてくださいカピ」


「うん」


 浅葱は3個の瓶を台の上に並べる。


「では少しお手伝いをお願いしますカピ。このドームを瓶に被せてくださいカピ」


 浅葱がドームを持ち上げる。瓶は小さなものなので、3個を三角の状態にぴったりくっつけて置いたら、全てを覆う事が出来た。


「では行きますカピ」


 ロロアが棒を掲げ、ドームの上部を軽く叩いた。すると「リィン」と透き通った金属音が室内に響き渡る。


 その余韻よいんが消えた頃。


「終わりましたカピ」


「え、もう?」


 時間にすればほんの数秒だ。


「はいカピ。ドームを外してくださいカピ」


 浅葱が中身が倒れない様に注意しながらドームを真上に上げると、3個の瓶の中は全て液状化していた。白濁はくだくした液体だ。浅葱は眼を丸くした。


「凄い、本当に時間が進んでる……!」


「へぇ、これが米の酒か」


「白く濁っているのですカピね」


「濁り酒と言うのかな。1度も漉して無いからどぶろくかな。これをしたら透明の日本酒になるよ。このまま置いておいでも、おりが沈んで透明の上澄みが出来ると思う」


「じゃあ漉すのが早いか。けど、ざるだと澱も通りそうだな」


珈琲コーヒーれる時のフィルタはどうだろう。あれなら目も細かいよ」


「成る程ですカピ。では早速漉してみましょうカピ」


 浅葱はまた3個の瓶を抱え、台所へと向かう。その後にロロアとカロムも続いた。


 この家にあるドリッパはひとつである。まずは1番細いめの、3種の中では1番安価な米酒から漉して行く。


 ドリッパに布製のフィルタをセットし、白濁の米酒をゆっくりと注ぐ。するとサーバに透明になった米種が筋となって落ちて来た。


「これこれ。これが僕が飲み慣れている米のお酒だよ。濁ったままでも飲めるんだけど、僕にはちょっと強くて。癖もあるしね」


「へぇ、透明って面白いな。でも薄っすらと黄色いんだな」


「楽しみですカピ」


 米酒が落ち切ると、次の準備。サーバの米酒を小さなグラスとサラダボウルに等分に入れると、フィルタに溜った澱を捨て、器具を全て洗う。しっかりと水気を切り、ドリッパにセット。


 2種目の米酒は真ん中の価格帯のもの。それを漉している間に、1種目の味見だ。


 まずは鼻を近付けてみる。すると香りは確かに浅葱の知る日本酒のものだった。これは期待出来るのでは無いだろうか。


「味はどうかなぁ」


 少し緊張しながら、そっと口を付け、ちびりと口に含む。そして。


「んん?」


 と、3人揃って首を傾げた。

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