後編 アサギのお陰で俺まで役得だ。ありがとうな!

不味まずい訳じゃ無いが……」


「美味しくは無いよね……甘みとかふくよかさとか、そういう日本酒の良いところが無いなぁ……」


「カピ……」


 浅葱たちは1種目を口に含むとそう言って、眉をしかめてしまう。それでも少ないひとり分の米酒は、あっと言う間に無くなった。


「この世界のお米はお酒作りに合わないって事なのかな……」


「アサギの世界では、もっと丸い米で酒作るんだろ? なら2つ目と3つ目に期待じゃ無いか?」


「うん、そうだね。まずは全部飲んでみないとね。あ、2つ目も落ち切ったみたい」


 し終わった2種目をグラスに開け、3種目を漉し始める。


 さて、2種目の試飲だ。


「さっきのよりは美味しいかな? 少しだけど甘みも感じる」


「そうだな。米の違いで酒の味にも違いが出るんだな。そりゃあそうか、米の味が違うんだから。こっちの米の方が旨いって事か」


「でも、これもアサギさんがお求めのお味では無いのですカピね?」


「違うねぇ。ううん、うん、3つ目はどうかなぁ」


 見ると3種目もサーバに落ち切っていたので、早速味見をする。


「うん、やっぱりこれが1番美味しい。でもやっぱり違うんだよなぁ……」


 浅葱の好みは、すっきりとして心地の良い甘みがあり、飲み口の良いものだ。1番近いのは1番高価だった3種目だが、美味しい!と思えるものには遠い。


 もうこれは諦めるしか無いのか。浅葱は思案する。本来の日本酒の作り方はどうだったか。確か……


 酒蔵見学に行った時に見た日本酒作りの工程を、記憶から引きり出す。


「うん、お米を蒸してみよう」


「むして?」


「あ、蒸すって調理法がこの世界には無いのか。ええとね、お湯を沸かして、その蒸気で調理する方法だよ。量が増えるから、お米はさっきの半分にしよう」


 浅葱はまず鍋に湯を沸かす。蒸し器が無いので、直接器を置く方法だ。


 スープボウルにそれぞれ米を入れ、湯が沸いた鍋に置いて行く。水滴が落ちない様に布で包んだふたをして、米を蒸して行く。


 本当なら浸水しんすいしたいところだが、時間が惜しい。なのでとろ火で時間を掛けて蒸す事にしよう。30分もあれば大丈夫だろう。


 その間にびんやグラスなどを洗っておこう。


「むす? ってだけで味が変わるのか?」


「お米は炊いたりした方が甘くなるからね」


「確かにそうですカピね。では期待が出来ますカピね!」


「うん、出来ると思うよ。僕の国でお米のお酒を作る時には、蒸したお米を使うんだ。だから同じ様にやってみたら行けると思う」


 さて、米が蒸し上がった。蓋を開けてみると、湯気とともに米の甘い香りが漂って来た。浅葱たちは顔をほころばす。


「おお、良い香りだな! やっぱり長粒米ちょうりゅうまいより甘い香りだ」


「本当ですカピね! 短粒米たんりゅうまい贅沢ぜいたく品ですから、僕もあまり食べた事が無いのですカピが、これは本当に美味しそうなのですカピ」


「このまま食べちゃいたいぐらいだけど、我慢してお酒にしよう。重さを計って、と」


 計りに乗せて重さを見て、そこからスープボウルの重さを引き、こうじの量を割り出す。


 3個の瓶にそれぞれ米を入れ、麹を振り入れる。濡らしたスプーンで全体に行き渡る様に混ぜて、またロロアの錬金術のお世話になる。


 ドームを被せ、ロロアが棒を使う。そして。


「終わりましたカピ!」


 またキッチンに行き、先程の順番の通りに珈琲コーヒー用のフィルタで漉して行く。


 そうして出来上がった米酒は、先程のものとは違う芳醇ほうじゅんさがあった。


「蒸した米を使うだけで、こんなに変わるもんなのか……!」


「凄いですカピ!」


「これなら味も絶対に美味しいと思う!」


 口々にそう言って、先を競う様に口に含んだ。


「これは……旨い!」


 カロムが声を上げて破顔した。


「美味しいですカピ! すっきりとした甘さと、爽やかさが感じられますカピ。お米を蒸す前と全然違うのですカピ!」


 ロロアも嬉しそうに笑みを零す。


「うん、うん! これだよ! これが本当に美味しい日本酒、お米のお酒だよ!」


 素晴らしい出来だ。甘さもキレもコクも、申し分無いものだった。


「けどよアサギ、これ、買って来た短粒米の中でも1番安いやつだろ。いやそれでもこの世界では高い米なんだけどよ。て事は、他のふたつはどんだけ旨いってんだ?」


「それは……もう凄いだろうね……!」


 浅葱は想像して、ごくりと喉を鳴らした。


 そうして後の2種も順に味見をして、浅葱は「どうしよう……」と呟いた。


「これは、僕の世界でも凄く美味しいって言われていて、手に入れるのも難しい日本酒と遜色そんしょく無いかも……1番高かったお米のお酒、凄い……」


 浅葱は半ば呆然とする。


「まさか異世界でこんなちゃんとした日本酒が飲めるなんて思わなかった……お米もだけど、麹の力も凄いのかな」


「確かにこれはとても美味しいお酒なのですカピ。初めて飲むお味なのですカピ」


「ああ、本当に旨い。アサギ、この作り方なら長粒米でもそこそこのものが出来るんじゃ無いか?」


「うん、そうかも」


「米の酒が出回らなかったのは、作り方が悪かったからなんだな。蒸して、はこの世界には無いから、炊いてから麹を混ぜれば良かったんだ」


「そう言う事なんだね。短粒米だったら贅沢品になっちゃうけど、長粒米ならもっとお値段的にも手軽に作れると思う。勿論お米自体が美味しいって言うのが前提だとは思うけど」


「アサギ、これは行けるぞ。酒の工房に持ち込んでみるか? そしたら俺らもいつでも手間を掛けずに飲める様になるだろ」


「ですがカロムさん、僕は1番お高いお米で作られたお酒のお味を知ってしまったのですカピ。甘みの少ない長粒米で作られたお酒で満足出来るかどうか、難しいところなのですカピ」


「あーだよなぁ、それは確かにそうだ」


 ロロアの台詞はもっともで、浅葱も同意と頷く。カロムも「ううん」とうなってしまった。


「どちらにしても、短粒米だと酒にしても贅沢品になっちまう。なら村人でも日常的に飲める様に、長粒米で妥協出来る味が出せるか試してみないとな」


「そうだね。まずはうちで使ってるお米で作ってみる?」


「そうだな。あれは値段と味のバランスが良いからな。あれで旨かったら、充分商業ベースに乗せられるぜ。って言っても、俺らがもうける訳じゃ無いけどな」


 カロムは言うと、「はは」と屈託くったく無く笑う。


「じゃあ早速作ってみようか。ロロア、また時間の錬金術を使って貰えたら助かるよ」


「お安い御用なのですカピ。僕も美味しく作れたら嬉しいですカピ」


 浅葱は食材庫から普段使っている長粒米の箱を取り出した。




 それから約1ヶ月後、酒の商店で米の酒が並び始めた。


 長粒米で作った米の酒の味は、無事浅葱の合格ラインを超え、追加で作ったものをサンプルとして、作り方とともに酒の工房に持って行ったのだ。


 工房の主は「はぁ〜火を通した米を使うのか。成る程なぁ!」と感心した様に言い、サンプルを飲むと「へぇ!」と眼を輝かせた。


「米の酒が初めて作られたのは、儂がこの工房に入るずっと前でな。でも米の味なんかはその年で変わる。だから儂も作ってみたんだよ。生米でな。確かに飲めなくは無かった。だが売り物に出来る味じゃ無かった。工程を加えるだけでこんなに変わるものなんだな」


 長粒米でもそこそこ美味しいが、短粒米で作った方がもっと美味しく出来る事を伝えると、主は「じゃあいろいろな価格帯のものを作ると良いな」と楽しそうに口角を上げた。


 そうして米の酒は「米酒こめしゅ」と銘打めいうたれ、販売が開始されたのだ。


 酒商店の店主は、積極的に客に試飲をすすめた。


「お米のお酒? あまり美味しく無いって聞いてるけど」


 そう戸惑う客に対して、店主は「それが出来たんですよ。何せ錬金術師さまの弟子さんが発見したんですから!」。すると客は「あら」と笑顔になる。


「なら安心ね。じゃあ試飲させてちょうだい」


「はいよ!」


 大概たいがいはそんな流れで、米酒は村人に受け入れられて行った。


 浅葱が作り方を発見したと言うのは正しく無いので、そんな話が出ると「いえ、僕の世界で」と誤解を解く事も抜かり無く。


 酒工房の主自身が米酒をいたくお気に召した様で、それだけでは無いのだろうが、作り方提供の謝礼として、短粒米で作った米酒を定期的に提供してくれる事になった。これはとんでも無く大きな副産物だ。


 さて、浅葱たちはサーモンのクリーム煮の夕飯を摂った後、茹で豚などを用意し、酒工房から有り難く頂戴した、1番高価な短粒米で作られた日本酒を開けた。


「乾杯!」


「乾杯!」


「乾杯ですカピ!」


 小さなグラスとサラダボウルに注いだ日本酒。浅葱たちはグラスを合わせた。


 早く飲みたいと焦りは出るが、努めてゆっくりと口に含む。


 ……ああ、美味しい。浅葱はうっとりと眼を細めた。


「やっぱり旨いなぁ! アサギのお陰で俺まで役得だ。ありがとうな!」


「本当ですカピね。僕もなのです。アサギさんありがとうございますカピ!」


「何言ってるんだよ。ロロアとカロムの協力が無かったら出来なかったよ。本当にありがとう。お陰でこんなに美味しい日本酒、いや、米酒だね、が飲める様になったよ」


 浅葱がそう言って笑顔になると、ロロアとカロムも笑みを零した。


「おう!」


「はいカピ!」


 3人はあらためてグラスを重ね合わせた。

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