第7話 これが今まで捨てられてたの?

 肉商店の店主と牧場のバットが、揃って役場にホルモン料理配布の出店を申請すると、村長が面白がってくれたそうで、役場前の広場を使わせてくれる事になった。


 役場は村の中央にある噴水にも近い、所謂いわゆる一等地である。これは有り難かった。如何いかにスペースをコンパクトにまとめるかと言う事も考えていたので、それが解消されるのは本当に助かる。


 料理をする場所は、肉商店の台所。正確には商店の2階にある居住区の台所。店主と奥方が普段食事を作っている台所である。


 商店も一等地。役場にも近いので、運ぶのが楽なのだ。


 この振る舞いの宣伝は、噴水にある掲示板にポスターが貼られた。そのポスターを作ったのは肉商店の奥方である。絵を描くのが趣味だと言う事で、料理のイラストも入れられている、った作りだった。


 さて当日、浅葱たちは肉商店の2階にお邪魔する。


 家庭用の台所なので、牧場のものよりは狭いが、浅葱たちの家のものとそう変わらないサイズ。コンロも3つあるので充分だ。


 店主と奥方に手伝って貰いながらホルモンの処理をし、調理に取り掛かる。


 そうして料理は完成する。味見をしてみたら、我ながらとても美味しく出来ていた。


 全てを大きな鍋に入れて、落とさない様に気をつけながら運ぶ浅葱とカロムと店主、そして足元にはロロア。


 浅葱たちはやや緊張感をはらみながら役場前の広場へと向かう。村人は来てくれるだろうか。未知の食材を前に、敬遠けいえんされたりしないだろうか。


「ちょっと不安だなぁ」


 浅葱がそうこぼすと、店主が豪快に笑って言った。


「大丈夫だ。何せ肉のプロ、俺らと牧場が太鼓判たいこばんを押してるんだ。心配いらんぜ!」


「そうですカピ。それにどのお料理もとても美味しいのですカピ。ひとくち食べたら皆様絶対にご納得するのですカピ」


「そうか、そうですよね!」


 店主とロロアの頼もしい言葉に、浅葱はほっと小さな笑みを浮かべる。


 広場では、牧場の面々が準備をしてくれている筈である。台を並べ、クロスを敷くだけなのだが。


 広場に近付くと、ざわざわと人の声が聞こえて来た。道を行く人も、皆役場へと向かって行く。


「ほらな、アサギ。広場は村人でいっぱいだ!」


「本当ですね!」


 浅葱は嬉しくなって、つい足を早めてしまう。


「アサギ、気持ちは解るが気を付けて歩けよ」


 カロムにいさめられ、浅葱は「へへ」と照れ笑いを浮かべる。道は舗装されていないので、石なども転がっている。鍋で足元が見辛いので、注意しなければ。


 さて、広場に到着。そこは人であふれ返っていた。奥に用意してくれている筈の台が見えない程の人。皆、皿とフォークを手に、笑顔で談笑などをしながら待っていた。皿とフォークはポスターで持参をお願いしていたのだ。


「ほらほらお前ら、待たせたな!」


 店主が笑顔で声を上げると、わぁっと歓声が沸いた。凄い。皆がホルモン料理を楽しみにしてくれているのだ。


「待ちかねたぞ店主!」


「本当に美味しいんだろうね?」


「楽しみでご飯抜いて来ちゃったんだからね!」


 そんな声に囲まれながら、村人が引いて出来た道を通って浅葱たちは台に向かう。鍋を置いてふたを開けると、近くにいた村人が覗き込んで来る。


「え、煮込みじゃ無いの? あ、でもこっちは煮込み?」


「煮込まないと硬くなるでしょう?」


「え、どう調理しているんだ?」


 そんな戸惑いの声を、スコットののんびりとした声が一蹴する。


「大丈夫だよぉ。絶対に皆美味しいって言う自信があるんだぁ。何せ、作ったアサギは異世界のプロの料理人だからねぇ。俺たちの知らない調理法を、沢山知ってるんだぁ」


「異世界!?」


 その場に別のざわめきが響き渡る。


「異世界って、異世界? ええ? 錬金術師さまの助手さんって異世界の人だったの?」


「そうだよぉ。アサギの作るものはどれもとても美味しいから、期待してねぇ。ほら、並んで並んでぇ」


 そう言ってさっさと列の形成を始めるスコット。カロムと店主、バットもそれに加わると、皆はそれにならって並び始める。


 その間も「異世界が」「異世界って?」「異世界かぁ」と声が漏れ出ていたが、批判的なものでは無い様だ。ただ皆驚いているだけだろう。


「じゃあ配るよ! たっぷりあるから慌てるんじゃ無いよ!」


 奥方の声に、行儀ぎょうぎ良く並んだ村人からまた歓声が上がった。


 浅葱が赤ワイン煮、メインが酢の物、奥方が塩茹でタンを、味が混ざらない様に少し離しながら、お玉でそれぞれの皿によそって行った。


 ホルモン料理を手に列を離れた若い男性の村人は、待ち切れないと言う様に早速フォークを掲げる。刺して口に入れ、その瞬間に「旨い!」と声を上げた。


「この赤ワイン煮、面白い食感だぞ! ほろっと崩れる! あ、でもこれはぷりっとしてる? 赤ワインの濃い味に凄く合う。他の料理はどうだ。……ん、ぷりっとしてるけど、さっきのとはまた違う食感だ。甘い。こっちはこりこりしてて、味付けにビネガーが使われてるのか? さっぱりしてるぞ。玉葱も良いな。これはどうだ。おお? さくっと噛み切れるけど良い歯応えだ。こっちも玉葱と合って良いな! 何だ、本当にどれも旨い。何で煮込んで無いのに硬くならないんだ?」


「本当ね。それぞれに面白い食感と歯応えで、硬くならないなんて。この調理法は、是非ぜひ後でアサギくんに聞いてみなきゃ!」


 男性の連れの女性が興奮した様に言うと、村人に料理を配りながらメインが声を掛ける。


「ごめんなさい、牧場に来てくれたら教えてあげられるよ。私、教えて貰ったから」


「本当!? 絶対に行く!」


 女性は嬉しそうに笑みを浮かべた。


 他の村人からも「美味しい!」「旨い!」と声が上がっている。


「これが今まで捨てられてたの?」


「勿体無い事してたんだなぁ。いや、美味しいって事を知らなかったんだよな」


「これからは食べてやらなきゃな。こんなに旨いんだからなぁ」


 皆喜んでくれている様だ。しかもかなりの高評価である。本当に良かった。


 これで、この村ではホルモンが食べられる様になるだろう。この振る舞いで評判が良ければ、店主が下処理をした状態で販売すると言っていたので、各家庭では臭み取りをして貰えば良い。その方法は伝えなければ。


 列の中には、浅葱のレシピとロロアの痛み止めで元気になったナリノや、娘のミリア、孫のメリーヌもあった。一緒にいた男性は娘婿のジェイズだろう。


「内臓だって? ホルモン? そんな妙ちくりんなものを食わすんだ。旨く無かったら承知しないよ!」


 そんな憎まれ口を叩きながら、それでもいささか機嫌が良さそうに料理を受け取っていた。


「ごめんなさいね、アサギくん。いつもの事だとは言え」


 ナリノはそう苦笑していた。


 医者の助手、クリントも列にいた。


「爺ちゃん、アントン先生は病院を離れられないから、出来たら2人分貰えませんか。持って帰って一緒にいただきたいです」


 浅葱は「勿論ですよ」と快諾かいだくし、クリントが持って来た大きな皿に2人分を盛ってやった。


 そうして料理は詰め掛けていた村人全てに行き渡り、お代わりをする人まで出た。足りた事に浅葱は安堵する。


「これ、村人ほぼ全員来たんじゃ無いのかなぁ」


「そうね。足腰が悪いお年寄り以外は来られたんじゃ無いかしら。あ、ごめんなさい」


「これでホルモンの旨さが村人全員に伝わったってもんだ。おーい!」


 店主は村人に向かって声を張り上げる。


「近いうちにうちの商店でホルモン販売始めるからな! 臭み抜きの方法はその時教えるからよ。よろしくな!」


 すると「はーい」と村人から嬉しそうな声や手が上がった。


 ホルモン作戦は、大成功で幕を閉じたのである。

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