第6話 これなら絶対にホルモンの旨さが伝わる筈だ

 村人に振る舞うホルモン料理。レシピは組み立てた。試作をしたいが、家にホルモンは無い。


 これはまた牧場におもむかねばならないだろう。


 浅葱あさぎはロロアとカロムと相談し、希望日を上げ、牧場のスコットに電話をした。


「こっちはいつでも大丈夫だよぉ。でも出来るだけ早いのが嬉しいなぁ。バットもメインも俺も、新しいホルモン料理早く食べたくてねぇ、わくわくしてるんだぁ」


 そうして日程を決めた。




 さて、もう何度目かになる牧場訪問。ホルモン料理も3度目である。


「冷めても美味しいホルモン料理って事なので、和え物とかにしようと思います。煮込みも作りますよ。冷めても美味しい煮込みですよ」


「それは楽しみだぁ。じゃあ、早速?」


「はい、早速! ホルモン洗ってくれていてありがとうございます」


「これぐらいお安い御用だよぅ」


「あの、ごめんなさい、処理の仕方を教えて欲しいな」


「おう、俺も知っときたいぜ。アサギの坊主、頼むな!」


「私もだよ。店主と私、どっちも出来た方が絶対良いだろうしねぇ。よろしくね!」


 メインと、処理の仕方から見ておきたいと早くから来ていた牛肉商店の店主と奥方も、雁首がんくび揃えて前のめりだ。


「じゃあみんなでやりましょうか。ここお台所広いですしね。包丁、人数分ありますか?」


「それは勿論。肉の解体に何が良いか一通り試したからね。一般的な包丁も数々揃っているよ」


 バットがそう言いながら、何本かの包丁を棚から取り出す。サイズに少しずつ差はあれど、形は一般的な包丁と変わり無く、問題無く使えそうだ。


 浅葱は持参して来た包丁のケースを取り出し、メインが躊躇ためらい無く握ったのは、恐らく普段から使っているもの。そして店主と奥方は。


「俺らも自分らが使い慣れてる包丁を持って来たからよ」


 そう言って、ふたりは布で厚く包んだ包丁を取り出した。


「流石に用意が良いね」


 バットは笑いながら、使わない包丁を戻した。


「ではまず、ミノから行きましょう!」


「はい!」


「おう!」


「はいよ!」


 それぞれ元気に返事をし、ホルモンの処理教室が始まった。




 生徒たちは皆優秀だった。普段から肉に触れて、慣れているだけの事はある。


 ボウルには艶々つやつやとした綺麗な処理済みのホルモンが上がっていた。


「どうよ。俺らの包丁さばきもなかなかのもんだろ?」


「はい。凄かったです。流石ですね!」


 浅葱が言うと、店主は得意げに胸を張った。


「では、調理をして行きましょう。まずはっと」


 鍋にたっぷりの水を沸かし、塩と、火通りを考慮した大きさの塊に切って各面にフォークをぶすぶすと刺したタンを入れ、弱火に落としてじっくりと火入れして行く。


 ソースは、玉葱の微塵みじん切り、塩、胡椒こしょう、オリーブオイル、ワインビネガーを混ぜて、馴染なじませる為に置いておく。


 次の一品。鍋に水を張り、湯を沸かす。その間にレバとハツとやや大きめの一口大にカットして、レバを血抜きをする為に流水にさらす。


 湯が沸いたら生姜しょうが、レバ、ハツを入れ、湯掻ゆがいて臭み抜きをし、ざるに上げておく。


 次に野菜の準備。にんにくは微塵切り、玉葱は薄切りにしておく。


 火に掛けた鍋にオリーブオイルを引き、弱火でにんにくを炒める。香りが立ったら玉葱を入れて、塩を振って、しんなり薄めの飴色になるまで炒める。


 そこに茹でたレバとハツを入れ、ブイヨンと赤ワインをひたひたに入れる。


 しっかりと沸かし、アルコール分を飛ばしたら、ウスターソースを加え、煮詰めて行く。


 さてその間に最後の一品。


 鍋に湯を沸かし、生姜とチョウなどのホルモンを入れる。臭み抜き、余分な脂抜き、灰汁抜きを兼ねながら、火を通して行く。


 茹で上がったら、別の鍋に沸かした湯の中で灰汁を洗い流し、丘上げにしておく。


 合わせ調味料を作る。ワインビネガー、塩、砂糖を、粒が溶ける様に良く混ぜ合わせておく。


 一緒に合わせる玉葱をスライスし、水に晒した後に良く水分を拭って。


 粗熱が取れて水分が飛んだホルモン。残った水分を拭き取り、玉葱と一緒に合わせ酢で和えておく。


 タンの様子を見る。串を刺してみると、するりと通った。引き上げて水分をしっかりと取って、スライスして行く。皿に重ねる様にして並べ、それに玉葱で作ったソースを掛けて。


 レバとハツも、味見をしてみると丁度良く煮えていた。器に盛って、彩りに乾燥パセリをぱらり。


 和え物もこんもりと器に盛って。


 塩茹でタンの玉葱ソース、レバとハツの赤ワイン煮、ホルモンの酢の物、完成である。


「はー、ホルモン凄いな! いろいろ出来るもんなんだなぁ」


 店主が感心した様に言って、料理を覗き込む。


「本当だねぇ。素材を茹でて調味液と混ぜるって発想は無かったよ」


 奥方もその横で頷く。


「このソースが掛かってるタンも、茹でて作ったんだよねぇ。成る程ねぇ、これは他の食材にも使える技なのかなぁ」


 スコットの台詞に、浅葱は「出来ますよ」と頷く。


「鶏でも豚でも、牛の赤身でも。ゆっくりと火を通したら柔らかくなるので、好きな味のソースとか付けて食べたら美味しいですよ」


「そのソースと言うものを作る文化が、この世界には無いからな。いや、他の国にはあるのかも知れないが」


 バットがそう言って、ううんと唸る。


「それはまたアサギに教えて貰おうよ。それよりも食べようよぅ。俺お腹減っちゃったよぅ」


 スコットが言ってお腹を押さえると、バットは「そうだな」と笑う。


 そうしてフォークや取り皿が全員に行き渡ると、神に感謝をし、「いただきます」をし、まずは全員の手がタンに伸びる。


「へぇぇぇぇ!」


 皆が驚いて顔を輝かす。


 タンの歯応えをしっかりと残しつつも、柔らかく噛み切れる。ほんのりと塩が効いていて、玉葱のタレを絡めると、それがアクセントになり、味わい深くなる。


 タンの旨味をしっかりと残しつつ、玉葱のわずかな辛味が良く合っている。


「これは旨いのにさっぱりしてて良いな!」


「そうだねぇ。うわぁ、前も思ったけど、タンと玉葱って本当に合うんだぁ」


 次に皆がフォークを付けたのは、ホルモンの酢の物である。チョウやミノなどが甘さ控えめの甘酢で和えられた一品である。


「お、これも良いな!」


 店主がそう言って口角を上げる。


「ビネガーだからさっぱりしてるのに、程良い甘みもあって。それがホルモンの旨味に凄く合ってる。チョウは脂が多いのに、お陰であっさりと食えるんだな」


「玉葱のしゃきしゃきも良いね。爽やかさを感じるよ」


 奥方も満足げに口を動かしていた。


「本当にごめんなさい、玉葱って煮込んで甘味を引き出すり方しか知らなかったけど、こうして辛さを生かす食べ方もあるのね」


 最後にレバとハツの赤ワイン煮込みである。


「これは! レバの濃厚な味が、ワインの濃厚さに負けていない。と言うより、高め合っている感じがする」


 バットがそう言って「ほう」と眼を見開く。


「本当ですカピ。レバのほろっとした食感と、ハツのぷりっとした食感の違いも面白いですカピ。丁度良い甘味で、とても美味しいのですカピ!」


 ロロアも嬉しそうに声を上げた。


「ワイン煮込みは牛の赤身で良く作るが、成る程な、レバとかでやるとまた全然違う味わいで旨い。これ、他のホルモンでも出来るか?」


 カロムの言葉に、浅葱は「うん」と頷く。


「でも、やっぱり赤ワインの味が強いから、赤身とかレバが合うかな、とは思う。でもチョウとかで作っても美味しく出来るよ。特にチョウは甘味が強いから、ワインに合うと思う」


「そういや、これ作る時にハーブじゃ無くてウスターソース使ってたな。それが味に深みを出してるのかな」


「そうだね。ウスターソースはスパイスなんかを使って作るから、ハーブを使う必要が無くて、コクも出るんだと思う。ウスターソースは作るのがちょっと大変だから、無かったらハーブを使ってね」


「成る程。ま、うちにはまだソースがあるから、いつでも旨い赤ワイン煮が作れるんだかな」


「何かずるいです。私もソース使ってみたい。あ、ごめんなさい」


 メインが慌てて口を押さえると、カロムは「はは」と笑みを零した。


「ソース作ってるところ見てたが、これがなかなかの手間だぜ。でもアサギがやったみたいに、一度に大量に作ったら良いんかな」


「良かったらソースの作り方もお教えしますよ」


「本当? 嬉しい! ありがとう、ごめんなさい」


 ごめんなさいと言いながらもメインは嬉しそうである。メインの場合、謝りはくせなのだが。


「しっかし、良くやってくれたなぁ、アサギの坊主。これなら絶対にホルモンの旨さが伝わる筈だ。赤ワイン煮はこの味だと冷めても旨いだろうし、茹でタンと酢和えはそもそも冷たくして食うもんだろうからな」


「そうだな。これは素晴らしい品々だと思う。じゃあ早速日を決めて、役場に届けを出そう。アサギくん、いつにしようか」


「そうですねぇ。ロロア、カロム、いつが良いかなぁ」


「そうですカピね……」


「そうだなぁ」


 そうして相談しながら、村の人々に振る舞う日時を決めて行った。

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