第5話 この味を、皆に知って貰ったら良いんじゃ無ぁい?

「じゃあホルモン料理いただこうかぁ。今回は煮込みじゃ無いんだねぇ」


「はい。両方とも炒め物です。なので手軽に出来るんですよ」


「へぇ、でも炒めたりするのって、お肉が硬くなるんだよねぇ? 俺は料理をほとんどしないから、詳しくは知らないんだけどさぁ」


「あ、ごめんなさい、それさっきアサギくんから聞いたんだけど、大丈夫な炒め方があるんですって」


「成る程ねぇ」


 そうしてテーブルに着く面々。一様に興味深げに料理を覗き込み、立ち昇る香りをぐ。


「メインはウスターソースだよな。あ、トマトケチャップも混ぜてたか。この前タンを煮た時の味か?」


「ふたつの割合がタンシチューの時とは違うんだ。ソースの味が強いよ」


「へぇ」


「タンは、以前より薄く切ってあるのですカピね」


「うん。焼く時はこれぐらいが良いと思うよ。歯応えも楽しんでね」


「よっし、じゃあ」


 店主の合図で、神に感謝を捧げ、「いただきます」をし、フォークを手にして、いざ。


 まずは、タンの塩炒めから。玉葱と一緒に刺して、口へ。「お」と皆の眼が丸くなる。


「タンが良い歯応えだねぇ。味付けはシンプルなんだけど、しゃきしゃきした玉葱がアクセントで、レモン汁がさっぱりさせてくれるんだねぇ。これは美味しいなぁ」


「本当に旨いな! 何だ何だ、牛の舌ってこんな旨いもんなのか? 何で今まで捨ててたんだよバット!」


 無茶な事を言われて、バットは苦笑する。


「仕方が無いだろう。私たちもアサギくんに会うまで、旨いだなんて知らなかったのだからな。何せこうして処理をしなければ、見た目が悪い」


「でも本当に美味しい。これは、ここの牛だからって言うのもあるのかな? ほら、ここの牛ってちょっと高いお肉じゃ無いか。それに新鮮なんだろうしさ」


 奥方の台詞に、浅葱は「そうです」と頷く。


「ホルモンの新鮮さは大切ですよ。古くなると臭くなってしまいますから。なので、新鮮なら隣村のホルモンでも充分美味しいですよ」


「よぉし、じゃあ今度はこっちの茶色いのをいただくねぇ」


 スコットが言うと、それがまるで合図かの様に、全員のフォークがホルモン炒めに移った。


「いろんな形や色があるんだな! こりゃあ楽しみだ!」


 そう言って、まずは手前にあったチョウを口に入れる。


「おお、こりゃあ面白い食感だな。弾力が凄い。で、噛めば噛むほど甘みが出て来て、このソース? ってのと良く合うな! で、きゃべつとも相性が良くて、旨味が更に増すって言うかよ」


「お前さん、この赤いのは殆ど歯を使わずにほろりと崩れちまったよ。ねっとりと甘くて美味しいよ!」


 奥方が食べたのは、どうやらレバか。


「他の部位も、食感はこの前食べたのと変わらないんだけどもさぁ、味付けが違うだけで、旨味がこんなにも変わるんだねぇ。この前の煮込みもとても美味しかったけど、こっちも凄く美味しいねぇ」


「本当ですカピ。ぷりぷりで、ふわふわで、さくさくで、こりこりで、とても美味しいですカピ!」


「本当に、炒めているのに硬く無い。あ、ごめんなさい。こう、不思議な食感で。これらはこういうものなのよね?」


「そうですよ。赤身とは違う、面白い食感と旨味でしょう?」


「ツラミなんかは赤身に近いよな。歯応えは赤身よりもしっかりしてる感じするけどよ」


「そうだね。良く動く部分だから、筋肉もしっかりしてるけど、適度な脂もあるからね。味わい深い部位だと思うんだ」


「そうだよな。うん、やっぱり旨い」


 カロムは口をもごもごさせながら、うんうんと頷く。


「ううむ、しかしこう旨いと知ってしまったら、さて、どうしたものか」


 バットがそう言いながら、困った様に腕を組む。


「私たちで食べるにしては何せ量が多い。アサギくん曰く新鮮さが生命だから、保存も難しい。だがこの世界には基本このホルモンを食べる習慣が無い。何せ味を知らないのだから」


「だよなぁ。うちで売ったとしても、今のままじゃあ売れる訳が無いしなぁ」


 店主も眉をしかめて唇を尖らす。するとスコットが「じゃあさぁ」と口を開いた。


「この味を、皆に知って貰ったら良いんじゃ無ぁい? どうせ何時いつも捨てている部分なんだからさぁ、1回ぐらい無料で配っても損は無いでしょう?」


「それはそうなのだが、配っても、調理して貰って口にして貰わなければ意味が無いぞ」


「うん、だからさぁ、ちゃんと役場に申請出して、中央付近で出店みたいなの出して、調理したものを配ったら良いんじゃ無いかなぁ。またアサギには手間掛けさせちゃうけどさぁ、冷めても美味しい料理考えて貰ってさぁ。良いかなぁ」


「僕は良いですよ。何が良いかなぁ」


 浅葱が快諾かいだくすると、スコットは「ありがとうねぇ」とにっこり笑った。


「ではうちの牧場と店主の店の合同主催と言う事で、役場に届けを出すか。いつが良いだろうか」


「それはアサギに決めて貰おうよぅ。作って貰うんだからさぁ」


「あ、村の方々に食べていただく前に、皆さんに味見して貰いたいです」


「そうだねぇ。じゃあまた連絡貰って良いかなぁ。いつでも大丈夫だからさぁ」


「はい」


「て事は、また新しいホルモン料理が食べられるって事だな」


 カロムが嬉しそうに言うと、ロロアが「僕も楽しみですカピ!」と声を上げた。


「僕はお料理に詳しくありませんカピ。ですので牛にこんなに捨てられている部位があるとは知らなかったのですカピ。でもそれがこんなに美味しいのなら、やっぱり勿体無いと思ってしまうのですカピ。皆さんに食べて貰えて、無駄にならないのなら、それはとても良い事なのだと思うのですカピ」


「だよねぇ。やっぱり食べ物は無駄にしたくないもんねぇ」


 ロロアの言葉に、奥方も頷く。


「じゃあメニューを決めたら電話しますね」


「うん。また新鮮なホルモン用意して待ってるねぇ」


 浅葱は「はい」と頷いた。




 さて、冷めても美味しいホルモン料理。


 粗方あらかた見当は付けているが、問題は調味料を揃える事が出来るのかと言う事。


 野菜や肉、魚などは良く見るのだが、そう言えば調味料の商店はあまりのぞいた事が無い。


 今の家に越して来た時に、カロムが揃えてくれていた調味料で充分だったのだ。浅葱も使った事のある基本的なものばかりであったが、それで何ら不足は無かった。


 明日にでも、カロムに調味料の商店に連れて行って貰おう。個人的には味噌みそ醤油しょうゆがあれば嬉しいが、流石に日本発祥の調味料は難しいだろうか。




 さて翌日、カロムに付いて調味料の商店に行った浅葱。


 そう広くは無い店内、棚にずらりと並べられた調味料を端からじっくりと眺めて行く。塩や胡椒、砂糖は勿論、乾燥させたスパイスやハーブなどもびんに詰められて置かれている。


 その時、大きめの瓶に入れられた白い粉が眼に付いた。


 持ち上げて少し傾けてみると、表面がさらりと流れる。


 かなり粒子の細かい粉の様だ。粉砂糖だろうか。しかし砂糖類は既に見た棚にまとめて置かれていた。


 棚に商品名が書かれているであろう紙片が貼られているが、勉強中の浅葱はまだ読む事が出来ない。


「ねぇカロム、この白い粉は何? ここに置いてあったんだけど」


 そう言って棚を指差すと、カロムが「どれどれ」と紙片を読んでくれる。


「ああ、こうじだな」


 その返事に、浅葱は思わず「え!?」と声を上げて眼をいた。


「麹があるの!?」


「そりゃああるぜ。農家が育ててる」


「え? この世界の麹って作物なの?」


「木の実だな。固い殻の中に麹が入ってる」


「そうなの!?」


 実の成り方が想像が出来なくて、浅葱は眼をしばたかせた。


「そんなに驚く様な事か?」


「驚いたよ。僕の世界では、麹は空気中に漂っているものだから」


「空気中!? そっちの方が驚きだぜ」


 今度はカロムが驚く番だった。


「この世界では、麹は何に使ってるの?」


「酒作りだな。酒工房は農家から直接麹を買うが、こういう店では普通の村人が買って、家で酒作ってる」


「お酒ってそんな簡単に作れるものなの?」


「エールなら麦と混ぜて、ワインなら葡萄と混ぜて、30日ぐらい置いといたら酒が出来るんだ」


「この世界のお酒作りってそんな手軽なの?」


「手軽っつったら手軽だな。ただ麦や葡萄の味、麹との割り合いで味が変わるがな」


 なら日本酒も簡単に作れそうだ。いや、今回はそうでは無く。


 もしかしたら、味噌や醤油が作れるかも知れない。いや、醤油は搾りかすが勿体無い気がするので、味噌が良いか。


 これは試してみる価値があるかも知れない。


 出来る事なら、村人にホルモン料理を振る舞う時に間に合わせたい。だがそれは物理的に無理だ。


 上手く米麹もしくは麦麹を起こせたとしても、味噌は完成まで1年掛かる。


 それはそれで進めるとして。


 まずは今、ホルモン料理に使える調味料探しだ。


 麹は購入するので、浅葱は瓶を大事そうに抱えながらまた棚を見る。


 しかし、これ、と言うものは見付からなかった。それはカロムが本当に潤沢に調味料を揃えておいてくれていた事を意味する。仕事の出来る男性なのだ。


「残念だなぁ。でも、何とかなるかぁ」


 浅葱は小さく溜め息を吐いた。

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