第4話 この茶色い調味料?は何だ?

 村の牧場でホルモン料理を作った翌々日の昼過ぎ、その牧場から電話があった。出たのはカロムで、浅葱あさぎに繋がれる。


「お待たせしました。こんにちは、浅葱です」


「こんにちはぁ、スコットだよ。一昨日はありがとうねぇ」


「いえ、こちらこそお邪魔しました。ありがとうございました」


 礼を言いながら、相手が実際に眼の前にいないのについ頭を下げてしまうのは、日本人のさがなのだろうか。


「それこそこちらこそだよぉ。あのねぇ、ホルモンを食べて美味しかったって言う話を、牛肉をおろしてる商店の人にしたらねぇ、是非食べてみたいって言ってるんだよねぇ」


「そうなんですか?」


「そうなんだぁ。でねぇ、メインが作ってみるかって話にもなったんだけどねぇ、何せ不慣れなものだからさぁ。一昨日見ていただけだしねぇ。だから、アサギが時間がある時に作りに来て貰えたら助かるかなぁってねぇ」


「ロロアに、あ、錬金術師さまに聞いてみないと判らないんですが、大丈夫だと思いますよ。聞いてみて、都合の良い日をまたお電話しますね」


「はぁい。面倒を掛けちゃってごめんねぇ。よろしくお願いするねぇ」


 そうして電話を切ると、研究室にいるロロアに声を掛ける。


「と言う訳なんだけど、いつ行けるかなぁ」


「いつでも大丈夫ですカピ。ホルモンのお料理はどれもとても美味しかったですカピ。是非広まれば良いと思うのですカピ」


「そう言って貰えたら嬉しいよ。じゃあスコットさんにはいつでも大丈夫、そちらのご都合に合わせられるって言っておくね」


「はいカピ。で、ですカピね、あの、その時、よろしければ僕も、あの」


 もじもじとしながら言うロロアに、浅葱はくすりと笑みを漏らす。


「勿論一緒に行こうね。ロロアにも食べて欲しいもんね。カロムも一緒にね。まだ話していないけど、一緒に行ってくれると良いなぁ。ひとりでお留守番なんで寂しいもんね」


「そうですカピね」


 そしてカロムに話すと、当然と言う様に同行を快諾かいだくし、スコットに折り返すと、あれよあれよと日時が決まった。




 浅葱とロロアとカロム、連れ立って牧場に到着すると、またスコットが表で待っていてくれた。


「こんにちわぁ。アサギ、今日は無理を聞いてくれてありがとうねぇ。よろしくねぇ。錬金術師さまもカロムもありがとうねぇ」


「いえ、こちらこそ、またホルモンが食べられるので嬉しいです。ありがとうございます」


「僕も楽しみにしていましたカピ」


「俺もだ。旨かったもんなぁ。で、今日はまた違う調理法で食べられるらしいぜ」


「そうなんだぁ! それは楽しみだなぁ」


 嬉しそうなスコットに付いて台所に向かうと、そこにはメインとパットは勿論、浅葱やカロムが買い物で世話になっている、牛肉商店の店主とその奥方が堂々と待ち構えていた。


「お、店主、奥さん。店はどうしたんです?」


「若ぇ者に任せて来たわい。牛肉のこれまで捨てちまってたところが旨く食えるとあっちゃあ、牛肉商店の店主としちゃじっとしてられるかい。錬金術師さま、アサギの坊主、ついでにカロムの坊主、よろしく頼むな!」


「私も楽しみにして来たんだよ!」


「俺はついでかよ」というカロムの呆れた様な愚痴ぐちに苦笑しつつ、浅葱とロロアは「よろしくお願いします」とふたりに頭を下げた。


「じゃあ早速取り掛かりますね。今回はテールは無しで行きます」


「そっか、テールが食べられないのは、少し残念かなぁ」


 スコットの少しねた様な声に、浅葱が笑顔で応える。


「良かったらまた今度作りに来ます。その時はちゃんとメインさんに作り方とかをお教えしますね」


「あ、そうして貰えたら嬉しいです。ごめんなさいありがとう」


 では、ホルモンの処理からである。以前と同様、水洗いは既にして貰ってある。


 全員が見守る中、包丁を巧みに使い、余分な部分を削ぎ落として行く。


 2度目なので大分慣れて来ていた。


 そうして次々にボウルに入れられる処理済みのホルモン。


 レバは牛乳に浸けて臭み取り。


 チョウなど、今回は下茹でをしないので、しっかりと汚れや臭みを取る。まずは小麦粉で擦る様にし、しっかりと濯いだら、今度は塩揉み。それも充分に流水で洗ったら、水分を拭き取っておく。


 タンは一口大、5ミリほどの厚さにカットしておく。


 他の食材の準備をする。玉葱は薄くスライスして、水に晒す。栄養分が流れてしまうので出来る事ならしたくは無いのだが、この世界の玉葱は辛味が強めなので、こうしないと生で食べるにはつらいのだ。


 にんにくはり下ろし、きゃべつはざく切りにしておく。


 レバを引き上げて、水分を拭い、適当なサイズにカット。


 では、調理開始。


 温めたフライパンにオリーブオイルを引き、タン以外のホルモンを入れ、じっくりと炒めて行く。


 粗方火が通ったらきゃべつを加え、更に炒めて行く。塩を少量加え、きゃべつがしんなりして来たら、ウスターソースと少量のトマトケチャップを合わせたソースで調味。


 香ばしい香りが立ったら出来上がり。


 さてもう一品。フライパンを温めてオリーブオイル。タンを焼いて行く。すぐに火が通るので、にんにくと塩で味を整える。


 皿に盛り、玉葱を乗せて、レモン汁をたっぷりと搾って。


 ホルモン炒めとタンの塩焼き、完成である。


「炒めるの? ごめんなさい、固くならない? それに時間も短くて」


「大丈夫ですよ。前にカロムとも話をしていたんですけど、どうやらこの世界の皆さん、火を通し過ぎていたんですよ。煮込みは長時間でも大丈夫、むしろ柔らかくなるんですけど、炒めたり焼いたりする時には、そんな時間を掛けなくても、ちゃんと火が通れば大丈夫なんですよ」


「そうなんだ。それがアサギくんの世界で当たり前の調理法なのね。ごめんなさい、勉強になるわ」


「おう、良い匂いだな。だが初めてぐ匂いだ。ん? この茶色い調味料? は何だ?」


「ソースと言うんですよ」


「そりゃあ初めて聞くもんだな。何だ? アサギ、お前さんどっか違う国から来たとかかい?」


 先日も同じ質問をされたなぁ……と少し既視感きしかんを感じつつ、浅葱は言う。


「僕、異世界から来たんですよ。このソースはその異世界の調味料です」


「はぁ!? 異世界!?」


 あんぐりと口を開けて驚く店主。奥方も横で「まぁ」と口を押さえている。


「何だい異世界ってよ! どう言う事だいそれはよ!」


「店主さん落ち着いてよぉ。俺たちも最初に聞いた時は吃驚びっくりしたけどさぁ」


「何呑気のんきに言ってやがる。異世界だぞ異世界! これが落ち着いてられるかってんだ」


「いや店主、本当に落ち着いてくださいよ。俺ら一般人はともかく、錬金術師にしてみれば、有り得る話なんですってよ」


「そうなのか?」


 そう言う店主の視線がロロアに注がれる。ロロアはゆっくりと頷いた。


「そうなのですカピ。異世界の存在は昔からささやかれて来たのですカピ。とは言え、僕も異世界の方を見たのはアサギさんが初めてなのですカピが」


「そうなのかい? いや、俺ぁ本当に驚いちまったぜ。知らなかったからよ」


「言うタイミングが無くて。驚かせてしまってごめんなさい」


「いやいや、全然判らなかったぜ。俺らと変わらねぇからよう」


「はい。同じ人間です。ですので、これからもよろしくお願いします」


「おう。また何時いつでも買い物に来てくれ。新鮮な肉用意してるからよ」


「はい」


 浅葱がにっこり笑うと、店主は満足げに「うんうん」と頷いた。

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