3章 牛のホルモンはいかがですか?

第1話 それ、食べてみたいなぁ

 カロルが村に買い物に行く時、浅葱あさぎも付いて行く事が度々たびたびあった。


 この世界の食材は、幸いにも浅葱が元の世界で使っていたものと味も形もそう大きくは変わらない。だが存在しないものもある様だ。


 なので献立を考えていて、「あ、これあるかな?」と思った時には、直接商店を訪ねたいのである。


 カロムに聞くのが早いかとは思うが、そこは料理人のさが、直接見たいと思ってしまうのだ。


 いつもはカロムに付いて歩き、見たいものがあれば案内がてら付き合って貰うのだが、ふと思い立って別行動をしてみる事にした。


「少し村の中も見て回ってみたいから」


 そうして目的の茄子をカロムに託し、浅葱はふたりと村に出た。




 やがて、辿り着いたのは小規模な牧場だった。そこでは牛を家畜として飼育しているらしく、十数匹の茶色い毛の牛が放牧ほうぼくされていた。


 肉類は基本隣村から仕入れているのだが、この村でも牛を育てているのだそうだ。


 これは飲用の牛乳は絞らず、食用に特化しているらしい。仕入れている牛肉は所謂いわゆるホルスタインで、牛乳を絞った上で屠殺とさつされるのだが、ここの牛は違う。


 繁殖させ、食べる為だけに育てられるのである。


 のろのろと動いたり草をむ牛を眺めて癒されていると、放牧場の掃除をしていた青年が浅葱に気付き、「あれぇ?」と近付いて来た。


「初めて見る顔だねぇ。お客さん? それとも最近越して来たのかなぁ?」


 何とも人懐っこい青年である。細い眼を更に細め、にこやかに話し掛けて来る。


「はい、越して来ました。こんにちは、錬金術師の助手で、浅葱と言います」


「ああ! 仔カピバラの錬金術師さまのぉ。へぇぇ、話には聞いていたけど、可愛い仔カピバラにこんなハンサムな助手さんまでとなると、女の子たちが益々ますます騒ぎそうだなぁ。あ、俺はスコット。よろしくねぇ、アサギ」


「よろしくお願いします。ここは牧場、で良いんですよね?」


「そうだよぉ。隣村のよりちょっと高級な牛肉育ててるんだぁ。商店で見た事無ぁい? 少し高い牛肉あるでしょう? あれ、ここで育ててるんだぁ」


「そうなんですね。贅沢だなぁって思って、まだ食べた事無いんです」


「確かに普段食べるには贅沢かも知れないねぇ。でも機会があれば、是非食べてみてねぇ。あ、良かったら、今解体してるところだから見てみるぅ?」


「見せて貰えるんですか? 僕は料理人でもあるので、凄く興味があります」


 浅葱は思わぬ展開に嬉しくなって、眼を輝かせた。


 元の世界にいる時に、屠殺場に見学に行った事がある。大切に育てられた牛が肉のかたまりに解体されていくさまを見た時には、それまで以上に食材を大事にしなければと切に思ったものだ。


 しかし屠殺場は衛生管理が厳しく、こんな飛び入りでの参加は確か難しい筈だった。この世界では違うのだろうか。


 スコットに連れられて、牧場の奥にある建物へと向かう。大きなドアを開けると、中では正に解体の真っ最中だった。


 屋根を支える太いはりから伸びた、何重にも束ねられたロープで、後ろ足を吊るされた牛は、綺麗に剥皮はくひされ、頭部が落とされ、ぱっくりとその腹が開かれていた。


 そこから取り出される内臓が、解体人の手に寄って、かたわらの木製の桶に無造作に放り込まれて行く。


 そう言えば。


「ねぇ、内臓類ってどうしてるの?」


 浅葱が聞くと、隣のスコットはきょとんとした表情になり、言った。


「え、捨ててるよぉ」


 まるで「何を言っているのか」と言いたげなその様子に、浅葱は合点がてんが行く。


 商店で売られていない事をカロムにも特に聞いた事が無かったが、やはりこの世界では牛に限らず豚も鶏も、内臓類は処分されてしまっているのだ。


「そうなんだ。美味しいのに勿体無いなぁ」


「そうなのぉ? 見た目が気持ち悪いでしょう、ぐにゃぐにゃして」


「確かに見た目は、赤身に比べたら良く無いですけど、ちゃんと下処理したら美味しいですよ」


「ふぅん?」


 スコットは興味深げに、細い眼をくるりと見開いた。


「アサギは料理人って言ってたよねぇ。それ、食べてみたいなぁ」


「僕が作ったので良かったら幾らでも」


 浅葱がほがらかに言うと、スコットはにこりと笑う。


「じゃあ、ここの台所で今から作って貰うって事出来るぅ?」


 内臓類の調理はそう時間の掛かるものでは無い。だがそこに辿り着くまでの下処理に時間を要する。


 カロムは買い物に時間が掛かる方ではあるが、今から取り掛かるのであれば、とても間に合わない。


 ちなみに時間が掛かる理由は、あちらこちらで呼び止められるからである。カロムは人に好かれるたちなのである。


 浅葱は申し訳無さげに手を合わせた。


「ごめんなさい、今日は時間が無いので、また今度でも良いですか? 僕も食べてみて欲しいです」


「勿論だよぉ。いつでも来てよぉ。あ、その時には錬金術師さまも、あとお世話係の人もいるよねぇ。確かカロムだっけ。一緒に来てくれたら、晩ご飯とか一緒に出来て良いんじゃ無ぁい?」


「そうですね。うん、ロロアもカロムも、内臓類食べた事無いだろうし、一緒に食べて貰えたら嬉しいかも。じゃあ早速明日にでも。ロロア、あ、錬金術師の予定にも寄るんですけども。駄目な様なら電話しますね」


「うん、待ってるねぇ。お野菜とか調味料とか、いろいろ揃えておくねぇ。ブイヨンも取っておくからぁ。取り出した内臓はどうしておいたら良いぃ?」


「出来たら、表面を水で洗って置いておいてくれると助かります。内臓類を全部と、頭部と尻尾しっぽも欲しいです」


「頭と尻尾も食べられるのぉ? 凄いねぇ。解った、じゃあまた明日だねぇ」


「はい。お昼に来ます。よろしくお願いします」


 そうして浅葱はスコットと出会った場所辺りまで送られ、そこで手を振って別れる。街の中心地に向かおうとしたが、ふと足を止めた。


「あの、スコットさん、この道を真っ直ぐに行けば中心地に出られますよね?」


 そう言って真っ直ぐに続く広いめの道を指差すと、スコットは「ん?」と首を傾げた。


「そうだよぉ、来た時もこの道だったんでしょう?」


 この牧場から伸びる大通りはその1本なので、その筈なのだが。


「忘れてました。僕、極端な方向音痴なんです。この牧場に辿り着いたのは運が良かったです」


 浅葱が不安げに言うと、スコットは可笑しそうに「あはは」と笑った。




 結局浅葱はスコットに馬車の停車場まで送って貰い、そこでカロムと無事合流出来た。


 方向音痴を知ったカロムに大いに笑われ、浅葱は恥ずかしさに顔をおおってしまう。


 家に戻る馬車の中でカロムに明日の予定、内臓類料理の事を話すと、興味深げに「へぇ、そりゃあ楽しみだ!」と嬉しそうに言った。


 家に着きロロアにも話すと、ロロアも「楽しみですカピ!」と表情を輝かせた。


 この世界の人たちに初めての部位を食べて貰うには、やはり慣れ親しんだ煮込みや汁物が良いだろう。


 浅葱はそうして作る物を固めて行く。


 さて、では今日の夕飯、茄子をたっぷり入れたチキンカレーを作る事にしよう。

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