後編 僕の国の一部地域では名物なんだよ

 さて、浅葱あさぎが次に作る調味料は。


 林檎、玉葱、人参、にんにく、生姜をひたすらにり下ろす。


 トマトは湯剥ゆむきをして、微塵みじん切りにしてから、お玉の腹で丁寧に潰して。


 セロリは葉を用意する。


 それらの材料とブラウンシュガー、塩、ワインビネガー、水を鍋に入れて混ぜ、じっくりと煮詰めて行く。


 その間にグローブ、シナモン、黒胡椒、とうがらしを乳鉢で丹念に潰し、ナツメグを擦り下ろして加え、良く混ぜておく。


 鍋が煮立ったらスパイスとローリエを入れて一煮立ち。香りが飛んでしまう前に火を止めて、そのまま粗熱を取る。


 容器を煮沸しゃふつ消毒し、そこに入れて冷暗庫へ。2日寝かす事にしよう。




 さて2日後。寝かせておいた液体をざるです。擦り下ろした野菜類が残るので、お玉の腹でこする様に、最後の一滴まで絞り出す。


 それを再び鍋へ。弱火でことことと温める。本来ならこの作業は要らないが、長期保存をする為である。


 そうして一煮立ちさせたそれを煮沸消毒した幾つかの容器に入れ、脱気をする。


 ウスターソースの完成である。


 早速これを使った料理を作りたいが。さて、何にしようか。




「ねぇカロル、この世界では卵は生で食べないって言ってたよね。どうして?」


 浅葱のこの質問に、カロルは首をひねってうなってしまう。


「ううん、あんまり考えた事無かったな。そうやって食わされてたから、疑問とか感じなかった」


 確かに幼い頃からそういうものだと言われていたら、そうなのかも知れない。前例の無いもの、革新を起こす者は一握りなのである。それは浅葱の世界でもそうだった。


「卵って鶏から生まれた後、どうやって出荷されるの?」


「殻を水で良く洗ってから出荷されてるぜ」


「え、洗っちゃって大丈夫なの?」


 浅葱の世界では、卵の水洗いはご法度とされている。表面に付着しているサルモネラ菌が、殻に無数に開いている細かな穴から入り込むとされているからだ。その穴は卵が呼吸をする為のものである。


 なので養鶏場での卵の洗浄は、専用の洗浄液などで技術をって行われる。クチクラ層への影響も最小限とされていて、だから日本では卵を生で食する事が出来るのである。


 クチクラ層は卵の鮮度を守ったり、細菌の侵入を防ぐと言う大切な役割を担っている。


「何か問題あるのか?」


 カロルに聞かれたので、浅葱は日本の卵事情を説明する。するとカロルは「ああ」と合点が言ったと言う様に声を上げた。


めすが産んだ卵からはひよこが産まれるからそういう卵なんだが、おすから産まれた卵は完全に食用で、そもそも生きて無いんだ。だから呼吸しないし、穴も開いて無いんだぜ」


「この世界の鶏って雄も卵産むの!?」


 浅葱が驚くと、カロムは「そうだぜ」と事も無げに言った。


「だから水洗いしても何の問題も無い。洗わんと卵の表面は汚いからな。総排出口だから」


「あ、そこは僕の世界の鶏と同じだ」


「そうそう。ふんとかが付いてるからな」


「じゃあ念の為にお家でも綺麗に洗ったら、生でも食べられるね」


「まぁそうだな。でも生でどうやって食べるんだ?」


「いろいろあるんだよ。でも今日は調味料にしようと思って」


「卵を使った調味料? そりゃあ楽しみだな」


「多分この世界の人が食べても美味しいと思うよ」


 そう言いながら、浅葱は作るものを決めて行った。


 


 さて、夕飯の準備である。


 小麦粉をブイヨンで溶き、そこにたっぷりの千切りきゃべつと卵、卵白を泡立てたものを入れて、卵白の泡を出来る限り潰さない様にさっくりと混ぜる。


 フライパンを温めてオリーブオイルを引き、作った生地を円状に広げる。そこにやや厚めにカットしたゴーダチーズを置き、それが隠れる様に更に生地を乗せる。


 その上に豚のばら肉のスライスを敷き詰め、そのままじっくりと焼いて行く。


 火が通って側面が固まって来たら引っ繰り返す。うん、良い焼き色が付いている。そのまままた焼いて行く。


 その間に調味料作り。卵の黄身を泡立て器でしっかりと解し、白っぽくなるまで撹拌かくはん。そこに塩とワインビネガーを入れて良く混ぜる。


 そこにオリーブオイルを少量ずつ入れて混ぜて行く。白くふんわりとして来たら、マヨネーズの出来上がりである。


 もうひとつ。ウスターソースに少量のトマトケチャップを加えて、良く混ぜ合わせてておく。


 さて、そろそろフライパンの中身も焼き上がる頃合いだ。チリチリと音がして来たら良い塩梅だろう。返してやると、ばら肉が香ばしい色を付けていた。焼き上がりである。


 皿に移し、スプーンでソースを全体に塗る。


 次に用意するのはしぼり出し袋。細い口金をつけたそれにマヨネーズを入れ、ソースの上から掛けて行くと。


 お好み焼き、チーズ入り豚玉の出来上がりだ。


「また面白いものが出て来たな!」


「初めて見るお料理ですカピ!」


 カロムとロロアは、ほかほかと湯気の上がるお好み焼きを見て、眼を見開いた。


「お好み焼きって言うんだ。僕の国の一部地域では名物なんだよ。こっちには無い物もあるから材料は少し違うけど、ちゃんと出来てると思う。この上の白いのがマヨネーズ。卵で作った調味料だよ」


「じゃあ早速食ってみるか!」


 カロルは言うとナイフとフォークを手にし、ナイフをざっくりと入れる。


「お、表面がカリッとしてる。これは?」


「豚のばら肉。こんがり焼いてあるから香ばしいと思うよ」


「へぇ。その下は柔らかいんだな」


 そうしてカロルは一口をカットして口へ。ロロアもむしゃりと齧り付く。熱いそれをはふはふと咀嚼そしゃくして。


「へぇぇ! 面白い味だな! 旨い!」


「本当ですカピ。中のチーズがとろとろで、他の食材ともとても合っていますカピ!」


「チーズ入ってんのか? お、本当だ」


 真ん中の方にナイフを入れたカロルは、チーズがとろりと流れて来たその辺りをカットして口に入れる。そしてまた「成る程、旨い!」と声を上げた。


「野菜はきゃべつか。生地がふんわりしていて、豚が程良くカリッとしていて、とろっとろのチーズも良いな。それがこのソースってやつが纏めてるんだな。マヨネーズってやつも、仄かな酸味と甘みがアクセントになってるんだ」


「お味の全部がはっきりしているのに、とても一体化しているのですカピ。凄いですカピ」


 ふたりはお好み焼きを気に入ってくれた様で、口々に誉めながら口に放り込んで行く。浅葱は安心してほっと息を吐いた。


 食べてみると、確かに美味しく出来ている。本来、小麦粉は昆布とかつおの和風出汁で溶くのだが、この世界には無い様なので、ブイヨンで代用したが、問題無く仕上がっていた。


「今日は豚とチーズで作ったんだけど、牛とかイカとかを入れるのもあるよ。今度作るね」


「それも旨そうだな。楽しみだ」


 ソースはまだまだある。他にも使った料理を作るとしよう。こうして喜んでくれたら作り甲斐もある。浅葱はまた楽しみが増えたと微笑んだ。

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