幕間2 調味料を作ろう

前編 オムレツと一緒に食べてみて

 ナリノの骨強化ご飯の提案からナリノ突然の来訪までのおよそ2週間、浅葱は調味料作りに勤しんでいた。


 これがあるのと無いのとでは、メニューの幅がかなり異なる。


 まずは大量の完熟トマトを用意し、底に十字の切り目を入れて湯剥ゆむきをする。


 それを粗微塵あらみじん切りにして鍋に入れ、お玉の腹で丁寧に潰して行く。


 どろりとジュース状になったら玉葱とにんにくのり下ろしを加え、火に掛ける。沸いたら弱火にし、砂糖と塩を加え、ローリエを乗せ、ことことと煮て行く。


 その間に容器の準備。大きな鍋に水を張り、そこにスプーン、小振りな耐熱瓶とふたを幾つも入れて行く。


 火に掛けて、10分はしっかりと煮沸しゃふつ消毒をする。時間になったらトングを使って引き上げ、布の上で伏せて、冷ましながら自然に乾かす。


 さて、トマトが大分煮詰まって来た。水分が減って充分なとろみが付いている。味見をしてみたら、もう大丈夫。念の為にもう一煮立ちさせ、火を止めてローリエを外し、ワインビネガーを加えて混ぜる。


 トマトケチャップの完成である。


 それを消毒したスプーンで掬い、同じく消毒した耐熱瓶に入れて行く。蓋をしっかりと締めて、煮沸消毒をした時の鍋に再び入れて行く。こうする事で脱気が出来る。これも10分程。


 これを常温まで冷まし、冷暗庫へ。これで長期保存が出来るのだ。


 折角なので、今夜はトマトケチャップを使って食事を作ろう。その分は別の容器に取り分けてあった。




 さて、夕飯の準備である。カロムがトマトケチャップの容器を興味深げに覗き込み、くんくんと鼻をひくつかせる。


「ケチャップ? 煮込みに使うトマトとは違うのか?」


「擦り下ろした玉葱とかにんにくとか入れて煮詰めて作る調味料なんだ。水分をかなり飛ばすから、味が濃厚なんだよ」


「へぇ。確かにそんな感じの匂いがするな」


 まずは米を炊く。この世界の米は長粒米ちょうりゅうまいなので、湯取りと言う方法である。


 鍋にたっぷりの湯を沸かし、沸騰したら軽く水洗いをした米を入れ、時々かき混ぜながら8分足らず。


 煮上がったらざるに上げて水を切り、鍋に戻してまた火に掛ける。弱火で水分を飛ばし、パチパチと音がし出したら火を止める。


 蓋をして、10分程蒸らして完成である。


 さて、その間に具材の準備。玉葱とピーマンを粗微塵切りにし、マッシュルームはスライスしておく。


 鳥もも肉は野菜よりやや大きいぐらいの大きさに切って、塩胡椒こしょうで下味を付けておく。


 卵は割って解しておく。調味は塩のみで。


 さて、調理開始。フライパンにオリーブオイルを引き、鳥もも肉を炒めて行く。表面の色が変わったら玉葱を入れて炒め、透明感が出て来たらピーマンとマッシュルームを加え、更に炒めて行く。


 そこに塩と胡椒をしてさっと混ぜ合わせたら、作ったばかりのトマトケチャップを入れる。香ばしさが出る様にしっかりと炒めたら、炊き上げた米を入れる。


 鍋を返しながら炒めて、まずはチキンライスの出来上がり。


 次に別のフライパンにオリーブオイルとバターを引き、バターが溶けて泡になったところに卵液らんえきを一気に入れる。


 じゅわぁと音がし、端から固まって来るところを内側に巻き込みながら全体を混ぜ、半熟になったら奥から2回程巻いて、ふわふわのオムレツを作る。


 それを皿に盛ったチキンライスの上にそっと乗せ、トマトケチャップをとろりと掛けたら。


「はい、オムライスだよ」


「おむらいす……カピ!」


「何だこれは……!」


 それぞれの前に置いたオムライスを見て、ロロアとカロルは驚きの声を上げた。


「あ、こっちでは作らないのか。チキンライスを卵で巻いたお料理だよ。今回は簡単にオムライスを乗せたんだけどね」


「ちきんらいす? あの、米を炒めて作ってたあれか」


「そう。あ、そっか、こっちじゃ炒めたりとかしないから、チキンライスも無いのか。お米はそのままか煮込みを掛けて食べるんだよね」


「そうそう。だからこんな調理方法は初めてだ」


「味は煮込みを掛けるのと似た感じだと思う。オムレツと一緒に食べてみて」


「じゃあ、いただくか」


「はいカピ」


 神に感謝をささげ、続けて「いただきます」と手を合わせる。


 スプーンでオムレツを突いたカロムは、「お?」と声を上げる。


「いや、作ってるの見てたら火通しの時間も短かったからどんなもんかなと思ったんだが、柔らかいな?」


「うん。半熟状態にしてある。でも火はちゃんと通ってるよ。この世界の卵が生で食べられるかどうか判らないから、いつもよりは火を通したんだ」


「卵って生で食べるもんなのか?」


「僕の世界の僕の国では食べられる様にしているんだよ。こっちは卵もしっかり焼いてるよね」


 焼いたり炒めたりするメニューは殆ど無いこの世界だが、卵は目玉焼きにしたりパンに挟む様に焼いたりする。


 だがやはり肉類などと同様に、これでもかと言う程火を通してしまうり方だ。


 卵は多少焼き過ぎて固くしても美味しいものではあるので、それはそれで良いと思うのだが、オムレツは出来たらふわふわのものをいただきたい。


「まぁ、焼く時はしっかり火を通すってのがこっちの常識になってるからな。だから肉とか魚が固くなっちまってた訳だが、卵はそうでも無いからさ」


「じゃあ半熟オムレツもオムライスも初めてだね」


「おう」


「楽しみですカピ」


 カロムはスプーンで、ロロアは持ち前の立派な歯で卵を崩す。すると中からとろりと半熟の卵が覗く。艶々つやつやとしたそれを見て、ふたりは「へぇ」「わぁ」と声を上げた。


 カロムはオムレツとチキンライスを一緒にすくって口へ。ロロアもかぶり付く。そして「旨い!」「美味しいですカピ!」と眼を見開いた。


「卵も火通しの遣り方でこんなふわふわになるんだな。へぇ、こりゃあ旨い。チキンライスも良いな。トマトケチャップってやつ、トマトの味が凝縮してて、香ばしさもあって旨味が強い。米や肉、野菜とも合う」


「トマトの可能性を感じますカピ。卵もとろとろとしていて。こんな卵は初めてなのですカピ」


「こんな調味料があるんだな。アサギの世界では良く作るのか?」


「家で作る人は少ないと思う。お店で売ってるのを買うのが多いかな。僕が働いていた洋食屋では作ってたけど」


「そりゃあ便利で良いな」


 そうしてまた手を動かし、「旨ぇ」と零す。ロロアも無心にオムライスに向かっていた。


「ケチャップは他にもいろいろお料理があるんだ。沢山作って保存してあるから、また使うね」


「楽しみだ」


「楽しみですカピ!」


 ふたりは嬉しそうにそう声を上げ、またオムライスをがっついた。

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