第11話 僕の知識がお役に立てたのなら嬉しいな

 ナリノたちの家に行ってから2週間程が経った頃、昼食後の紅茶を傾けていると、家の呼び鈴が鳴った。


「はい、どちらさま?」


 カロムの問いに返って来たのは、「私だよ!」と言う、ほぼ怒鳴り声だった。


「ああ、ナリノ婆さんか。って、婆さん!? 何でここに!」


 カロムは吃驚びっくりしたが、浅葱とロロアも驚いて顔を見合わせた。カロムがドアを開けると、そこにいたのは自らの足でしっかりと立つ不機嫌そうなナリノと、笑顔のメリーヌだった。


「ふん、相変わらず時化しけた顔だね」


 カロムを見るなり、ナリノはそう吐き捨てる。カロムは苦笑した。


「相変わらず不機嫌そうな婆さんに言われたく無いぜ」


「ごめんなさいカロムさん、お婆ちゃん、今日はこれでも機嫌が良い方なんです」


 メリーヌが笑いながら言うと、ナリノは「余計な事言うんじゃ無いよ」とメリーヌを忌々いまいましそうにとがめた。


 カロムがふたりに椅子を勧め、お茶を入れる為に台所へと向かった。


「ナリノお婆ちゃま、お元気になられたのですカピか? もしかしてここまで歩いて来られたのですカピか?」


 ロロアが嬉しそうに言うと、ナリノは「ふん」と鼻を鳴らした。


「ここまでは馬車だよ。こんな村外れまで歩いていられるかい。だが、お前たちの言う通りに飯食べて薬飲んでたら、まぁ、そこそこ歩ける様にはなったよ」


「良かったです。お食事はお口に合いましたか?」


「ま、それに関しちゃ、ミリアなりに頑張ったみたいだね。ただ、馬鹿のひとつ覚えみたいに何度も何度も作ってたから、飽きて来ちまったよ」


「お母さん、いつも目分量なんです。それでも美味しいの作ってくれるんですけど、頂いた作り方は分量が書かれてあったから。お母さん、慣れない軽量具とか使って悪戦苦闘してました」


「あ、やっぱりミリアさん、料理が特別不得意って訳じゃ無いんですね」


 浅葱が作ったレシピは、出来るだけ簡単に作れる様にしたつもりだが、それでもある程度のスキルが無いと難しいものだ。


 最初のグラタンこそ浅葱が代わりに作ったが、手伝いながら横で見ていたミリアはふんふんと頷きなから、「何とかなるかも」と呟いていた。


「そうですよ。ほら、いつもお婆ちゃんがお母さんのご飯を「不味い不味い」って言うものだから、そう思い込んでるだけなんですよ。お婆ちゃん、そんな事ばかり言って、本当に下手になっちゃったらお婆ちゃんもお父さんも私も困るんだから、止めてよね」


「ふん、不味いなんて言ってないだろ。旨く無いって言ったんだ」


「同じ事よ。それがお婆ちゃんの性格だって解っていても、やっぱり言われた方は良い気しないんだから」


 おや、メリーヌもなかなかぴしっと言ってくれる。ミリアもだが、やはりこれ位で無ければ、このナリノとの同居は難しいのだろう。


 ナリノはまた鼻を鳴らし、口を開いた。


「ま、ともかく薬も効いてるみたいだし、体重も落ちて少し身体も軽くなったさ。今日来たのは、驚かしてやろうと思ってね」


 ナリノはそう言って「ししし」と笑った。それは浅葱とロロアが見る初めての笑顔だった。何とも楽しそうだ。


 確かに身体付きも少し細っそりした様に感じるし、真ん丸だった顔も頬がすっきりした様に見える。ちゃんと好物の米を我慢してくれていた様だ。


「ナリノさん、今度はお米を使ったお料理を考えてみます。勿論骨を強く出来る様に。やっぱりお米は沢山食べたら太ってしまうんですが、適量なら大丈夫なので。他にお野菜とかもしっかり食べたら大丈夫ですから」


 浅葱が言うと、ナリノは「へぇ?」とまた口角を上げた。


「米が食べられないのはたまったもんじゃ無いからね。絶対にそうしとくれ。ああ? でも料理にするって事は、白い米じゃ無いのかい?」


「はい。味が付きます。でも少しのお米でも満足感が出る様にしたいと思ってます」


「ふん、まぁ「ぐらたん」なんてけったいな料理まで食べさせられたんだ、何持ってもられても驚きゃしないよ」


「はい。喜んで貰えたら良いんですけど」


 浅葱がにこにこと言うと、ナリノは毒気が抜かれた様に、呆れたと言う様に息を吐いた。


「全く、お前みたいな若造もだが、そこの畜生も、どうしてそこまでやるもんかね」


 ナリノの台詞にメリーヌが「失礼よ! 錬金術師さまとアサギさんよ!」と言うか、ナリノは聞く耳を持たない。


「お前たちには何の得も無いだろうに」


 浅葱とロロアは顔を見合わせて、「ふふ」と笑みを漏らす。


「僕たちは、痛くて辛い思いをしているナリノお婆ちゃまに、少しでも楽になって貰いたかっただけなのですカピ」


「そうです。僕はなった事が無いので解らないんですが、関節痛はとても大変なものだと聞いてます。なら、僕の得意分野はお料理なので、それで少しでも良くなってくれたらと思ったんです」


 するとナリノは盛大に眉をひそめ、吐き捨てた。


「はん、お前たちのその人の良さで、痛い目見なきゃ良いけどね」


「お婆ちゃん! 失礼過ぎるわよ!」


 メリーヌがたしなめ、浅葱たちは「いやいや」と小さく苦笑い。


「大丈夫だよ。でも本当に良かったです。こうして歩ける様になったんですから」


「……まぁね」


 ナリノは照れ隠しの様にまた顔を顰め、浅葱とロロアは「ふふ」と笑う。


「ま、良かったじゃないか、ナリノ婆さん。これからも薬飲んで骨に良い飯食って、元気でいてくれよ」


 そう言って淹れた紅茶のカップをナリノとメリーヌの前に置くカロム。ナリノはまた「ふん」と鼻を鳴らし、カップを手にして口を付けた。そして。


「んっ! 熱いじゃ無いか!」


 そう悲鳴の様に言って、眼を白黒させた。


「紅茶は熱いもんじゃ無いか。そう何でもかんでもいちゃもん付けてて疲れないのかね」


 カロムが呆れた様に言うと、ナリノは舌打ちする。


「熱過ぎると飲めないだろうが」


「紅茶はしっかりと沸騰させた湯で淹れないと旨く無いからな。熱いなら冷めるまで待ってくれ」


「本当に面倒だね」


「お婆ちゃんいつもこうだから、濃い目に入れて、お水を少し差してから出すんです」


 メリーヌの苦笑に、カロムが「はぁ」と息を吐く。


「婆さん、あんまり家族に面倒掛けんなよ」


うるさいね。娘だから良いんだよ」


「でもナリノさん」


 浅葱の台詞に、ナリノは「ん?」と眉をひそめる。


「家族でも、血の繋がった娘さんでも、やっぱり最低限の礼儀は要るんじゃないかな、と僕は思います。ナリノさんも、ミリアさんたちと喧嘩をしたい訳じゃ無いでしょう?」


「そうだぜ。家族に嫌な思いをさせんじゃ無いぜ」


 カロムも言うと、ナリノはすっかりと不機嫌になってしまった。


「あんなもん喧嘩なんて言うかい。私は私の思ったまま言ってるだけだよ」


「それが厳しいって言ってんの。ま、婆さんに反省なんて言葉は無いだろうし、仕方が無いのかもな」


「私に反省なんてする必要なんざ無いさ。私は変わらないよ」


 ナリノは尊大そんだいに言い捨てる。メリーヌは「ふぅ」と息を吐いた。


「お婆ちゃんはもうそのままで良いよ。その代わりお父さんもお母さんも、勿論私も容赦ようしゃしないから。がんがん反撃して行くからね」


「ふん、受けて立とうじゃ無いか。私は負けやしないがね」


 ナリノはそう言い、ニヤリと笑った。


 確かにナリノに叶う人はいないかも知れない。血の繋がったミリアとメリーヌでも難しいのだろう。


 しかしやはり、ナリノはどうもこの状況を楽しんでいる様に思える。とするなら、浅葱たちが口出しをするのは余計な事なのだろう。とは言え、少しは加減をして欲しいとは思うが。特にミリアの精神が心配だ。


 そんな話をしている内に紅茶は適温になった様で、ナリノは一気に飲み干して席を立った。


「邪魔したね」


 メリーヌも慌てて紅茶を飲み切って後に続く。


「もうお帰りなのですカピか?」


「ああ。ま、もう来ないだろうがね」


「そんな事を言わず、また来てください。あ、僕ご飯作りますから、食べに来てください」


「はん、米を出すんなら考えてやるよ」


「はい、美味しいのを作ります」


「ふん、期待出来んのかね」


 最後まで憎まれ口を叩いたナリノは、メリーヌの操る馬車に乗って村に帰って言った。


 その馬の足音や車輪の音も聞こえなくなった頃。


「吃驚した」


「俺も驚いた」


「僕も驚きましたカピ」


 口々にそんな言葉が付いて出る。


「でもナリノお婆ちゃまの痛みが和らいだ様で、良かったですカピ」


「そうだね。ご飯も痩せるのに効果が出ていたみたいだから良かった」


「骨や軟骨にも良かったんだぜ、きっと。でなきゃ痛み止めが効いてても、あんな歩ける様にはならんと思うぜ」


「僕もそう思いますカピ。アサギさん、ありがとうございますカピ。お薬だけではどうにも出来ないところをカバーしていただけて、本当に感謝なのですカピ」


「そんな大した事はしてないよ。でも僕の知識がお役に立てたのなら嬉しいな」


 頭を下げるロロアに、浅葱は慌てて両手を振った。


 しかし、この世界に来てから、初めて自分の存在意義が持てた様な気がした。


 所在が無かった訳では無い。レジーナのところにいた時はともかく、この家に移って来てからは毎日作るご飯に、ロロアもカロムも「美味しい美味しい」と、顔を輝かせてくれている。それはとても嬉しい事だ。


 だがそれはあくまで内輪の話。元の世界で料理を生業なりわいにしていた浅葱にとって、外の人に喜んで貰える事とは充実感が違うのだ。


 特に今回は関節痛で苦しんでいた人の緩和かんわに役立てたかも知れないと思うと、達成感もあった。


 またこんな事があるのかは解らない。だがこの世界での自分の役割が少し判った気がした。


「よし、カップを洗ったら買い物に行くか」


「僕はお薬を調合しますカピ」


「僕は、んー、カロムに付いて行って、今夜のご飯考えようかな」


「お、そりゃあ楽しみだ。最近は俺が適当に買って来たもんで作って貰ってたからな」


「でも、どれも美味しかったですカピ」


「そうだな」


「ありがとう。じゃ、準備しなきゃ」


 そう行って、浅葱たちは家の中に戻って行った。

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