第2話 食べられるかなって感じはするよねぇ

 翌日、昼食をった後、浅葱あさぎたちは馬車に乗り込み村へ向かう。明日の朝食と昼食用の買い物を手早く済ませ、牧場へと向かう。馬車は停車場に置いて、牧場まで歩いた。


 牧場に着くと、外でスコットが待っていてくれた。


「アサギ、こんにちはぁ。カロム久しぶりぃ」


「こんにちは」


「おう、久しぶり」


「こちらが錬金術師さまだねぇ?」


 浅葱の足元に立つロロアの前に、スコットがかがんだ。


「こんにちはぁ、錬金術師さま。スコットと言います。よろしくお願いしますねぇ」


「はい! よろしくお願いしますカピ!」


 ロロアの元気な返事ににっこりと笑うスコットは、立ち上がると「さぁ」と皆をうながす。


「内臓の料理、とっても楽しみだよぉ。他の人も楽しみにしてるんだぁ」


「全員で何人なんですか?」


「僕入れて3人だよぉ。僕と、昨日牛を解体してたふたりで全員なんだぁ」


「じゃあお料理は6人分ですね。僕も久しぶりにホルモン食べられるの楽しみです」


「ほるもん?」


 カロムが首を傾げる。


「あ、内臓類の事をそう言うんです。僕の世界の違う国の学者さんが命名したって聞いた事があります」


「内臓って呼ぶより良いかもだねぇ。ホルモンかぁ」


 そうしてスコットに案内された台所は、それなりの広さがあって使い易そうだった。見ると調理器具も豊富だ。


「昨日解体の時に女の人ひとりいたでしょう? あの人がねぇ、毎日のお昼をここで作ってくれるからさぁ、いろいろと揃ってると思うよぉ。野菜とかもいろいろ揃えてみたけど、行けるかなぁ」


 スコットが開けてくれた食料庫と冷暗庫を見ると、確かに様々な食材がぎっしりと詰められていた。


「わぁ、充分です。ありがとうございます」


 浅葱が礼を言うと、スコットは「良かったぁ」と胸をで下ろした。


「ホルモンもねぇ、今日解体したやつを用意してあるからねぇ」


「新鮮なのは嬉しいです。じゃあ早速」


 浅葱が冷暗庫からホルモンを取り出そうとすると、スコットが「あ、ちょっと待ってあげてぇ」と止める。


「メイン、あ、女の人ね、メインが調理しているところを見たいって言ってたから、見せてあげても良いかなぁ。覚えたいのかなぁ。あ、座ってねぇ」


 作業台の脇に置かれた椅子をすすめられたので、浅葱たちは礼を言いながら掛ける。ロロアはカロムが抱き上げて、自らの膝に座らせた。椅子の数が3脚だったからである。


「勿論です。これでお口に合えば、ホルモンが捨てられなくなりますね」


「そうだねぇ。メインも「本当に美味しいの?」って半信半疑なんだけどさぁ、アサギは食べた事があるんでしょう?」


「何度も食べました。煮ても焼いても美味しいですよ。ホルモンにもいろいろな種類があって、味も食感も全部違うんです」


「そうそう〜冷暗庫に入れる前に見せてもらったけど、赤いのとか白いのとか、黒いのもあったねぇ。白いのにもいろいろあったし」


「白いのだと、胃袋とか腸とか小腸とかかな。赤いのは心臓とか肝臓とか。黒いのは多分第3の胃袋ですね」


「後は頭と尻尾しっぽ、どうするのぉ? お肉取れるだろうけど、量も多く無いだろうしさぁ」


「テール、尻尾は煮込むととろとろになりますよ。頭は頬のお肉が美味しいです。確かに量はあまり取れないですけどね。これもホルモンの一種なんですよ。後はタン、舌が美味しいんです」


「した? って舌ぁ?」


 スコットが舌をべぇと出して来たので、浅葱は「はい、その舌です」と頷いた。


「いやいやいや、さっきから話聞いてると、何か凄いもん食べさせられそうな気がするんだが。アサギの料理の腕は信用してるが、何せ未知のものだからなぁ」


「未知のものを食べる楽しみって、あるよね!」


 浅葱が満面の笑みを浮かべると、カロムは苦笑する。


「ま、楽しみでもあるんだけどよ」


「僕も楽しみにしていますカピ」


 ロロアが言い、鼻を鳴らす。


 その時、女性が部屋に飛び込んで来た。


「お、遅くなってごめんなさい!」


「あ、メインお疲れぇ。大丈夫だよぉ、待っててもらったよぉ」


「ええっ? そうなの! 益々ますますごめんなさいごめんなさい!」


「あ、大丈夫ですから本当に。昨日はちゃんと挨拶も出来なくてすいません。浅葱と言います」


 浅葱が立ち上がって言うと、メインと呼ばれた女性は恐縮した様に何度も頭を下げた。


「こんにちは、メインです。ごめんなさいごめんなさい!」


「あ、あの、本当に大丈夫ですので、あの」


 ごめんなさいの連発に浅葱が焦ると、スコットが「あはは〜」とのんびりした調子で笑った。


「大丈夫だよぉアサギ。メインは謝り癖があるだけだから、気にしなくて良いよぉ」


「ごめんなさい!」


「だったら良いんですけど。吃驚びっくりしました」


「驚かせてしまってごめんなさい」


「いえいえ、大丈夫です」


「あの、僕は錬金術師のロロアと言いますカピ。こんにちは!」


 ロロアがカロムの膝から降りて来ていた。元気に挨拶をするロロアを見て、メインが「わぁっ」と顔を輝かせた。


「本当に可愛い仔カピバラさんなんですね! 初めまして、メインです、ごめんなさい」


「よろしくお願いしますカピ」


「こちらこそよろしくお願いします。すいません」


「さぁて、揃ったところで調理開始かなぁ」


「はい、始めましょうか!」


 浅葱は景気良く腕捲りをした。




 まずはホルモンの処理である。牛の体内から取り出したままでは調理出来ない。余分な皮や脂を取り除いて行く。


 これがなかなか大変なのである。部位も多いので、手間が掛かるのだ。


 浅葱が勤めていた洋食屋では、ホルモン料理の提供は無かったので、食べる機会は焼肉屋や居酒屋、もつ鍋屋などが多かった。


 家で食べる事もあったが、その際に買ってくるものは、臭み取りだけすれば調理出来る様な形にされたパック詰めのもの。


 なので実は、浅葱はホルモンの処理をするのは初めてなのである。


 屠殺とさつ場見学の際に見た作業を思い出しながら、見よう見まねで作業しているのである。


 そうして四苦八苦しながらも、ホルモンは「浅葱が知っている、売られているもの」の状態になって行く。為せば成る、どうにかなるものだ。


 真剣に見学しておいて本当に良かったと思う。こんな事になろうとは夢にも思わなかった訳だが。


 あれ、どうして僕、異世界でホルモンの処理とかしているんだろう。ふとそんな考えが頭を過ぎったが、考えてもせん無き事。スルースルー。


 さて、そうして処理し終わった艶々と綺麗なホルモンが、部位ごとにボウルに収められる。


 ホルモンはメジャーなものからマイナーなものまで数あれど、今回は浅葱が食べた事のあるメジャー部分のみを取り出した。


「やった……!」


 浅葱の口から安堵の溜め息とともにそんな声が漏れる。


 それらのボウルを覗き込みながらカロムと、カロムに抱き上げられたロロア、そしてスコットとメインが「おお……!」と声を上げた。


「こうなってみると、何か旨そうに見えなくも無いな」


「食べられるかなって感じはするよねぇ」


「確かに綺麗になりましたよね」


「どんなお味がするのですカピ?」


「部位によって違うんです。この白い小腸と大腸、チョウは脂が美味しいんですよ。味そのものは淡白かな。この第1の胃、ミノは同じ様に白いんですど、コリコリした食感。味はさっぱりしてます。第3の胃、センマイは味はあまり無いんですけど、歯応えが面白いんです。心臓、ココロはさくっとした食感で、肝臓、レバはほろほろした食感。これはどっちも生で食べても凄く美味しいんですけど、食中毒が怖いから止めておきましょう。頬肉、ツラミは赤身に近いと思います。タンもまたしっかりとした噛み応えで、味はどう表現したら良いのかな。ともかく食べてみて欲しいです。あ、商店でも売ってる横隔膜、あれもホルモンの1部なんですよ。ハラミとかサガリって僕たちは呼んでます」


「そうなのか!?」


「そうなのぉ!?」


「ええ!?」


 カロムたちの驚きの声に、ああ、やはり知らなかったのかと浅葱は思う。


「何で。赤いのに」


「赤いけど内臓なんだよ。でも確かに赤身とあまり変わらないよね」


「へぇぇ、そうなんだぁ」


「ふぅん、俺ら、赤いからって普通に食ってたもんな」


「私も普通に赤身だと思って食べてました。ごめんなさい」


「そう思うと、ホルモンは美味しいものだと言う気がして来ますカピ」


「美味しいよ。あ、勿論好みはあると思うけど、僕の世界では人気だよ。だから大丈夫だと思う。じゃ、調理を始めましょうか」


 浅葱は言うと、まずは大きな鍋に水を張った。

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