第34話 エピローグ
魔王城内、庭園。
姫が自分の国に帰って一週間、魔王城は以前の静けさを取り戻していた。姫の置き土産である花畑は依然として綺麗な色をつけていた。
全体的に薄暗い魔界では、本来鮮やかであるはずのバラも少し黒ずんで見える。さながら血のように赤いバラは魔界の花としては似合っているのかもしれない。棘があるのも気に入っている。
姫からは花を枯らすなと言われているし、特にやることもないため、こうして魔王自ら水やりをしているのである。こうして花を眺めて平和に暮らすのも悪くはない。
「老後の趣味全開ね」
不意に聞き慣れた声が聞こえた。
正門へと続く石畳。その上に姫が立っていた。
「まあ、約束通りお花の世話をしてくれているのは感心だけどね」
髪をかき上げ、不遜な態度で言う姫は、紛れもなく本人のものだった。服装は以前魔王と街へ出かけたときに使用したものであったが、庶民に変装しきれていない気品と美しさは間違えようがない。
「な、なんでおまえがいるんだ?」
イベント終了と同時にゲートは閉じられている。どう間違えても人間が迷い込むことはない。姫が自分の国に帰ったことは、送り届けた魔王自身がよく知っている。
「フランちゃんに頼んだの」
フランとは、魔王に仕える魔女のことだ。魔王城に自由に出入りできる唯一の人間であるが、いつも魔王城にいるわけではない。特にイベント時期では魔王への報告以外で特に来ることもなかったため、姫との接触機会はそう多くないはずだった。
「随分と仲良くなったものだな」
「ええ。今では仲良しよ。魔王城で唯一女子トークできる間柄だったからね」
フランは、生物学上人間に分類されているが、姫とは年齢差三〇〇を超える化け物である。面白い話は色々聞けるだろうが、それが女子トークに発展するとは思えなかった。
確かに彼女なら、魔王城に通じるゲートを開くことができる。
「フランちゃんって、私の国にも頻繁に出入りしていたどころか、専属の占い師だったのね。一度も会ったことがなかったから知らなかったわ」
フランは超一流の魔女である。魔王に認められ、魔王に仕える魔女であり、国王からは占い師として政治関係のアドバイスをしている。そして、魔王と国王の橋渡しまで行う、重要かつ多忙な人物なのだ。他国にも繋がりがあり、下手をすれば全世界の陰の支配者にもなり得る人物とも言える。
そんな人物の存在を今まで知らなかったことに対し、姫は悔しそうな表情をする。
「仕方がないだろう。魔女の存在は公にできないからな。おまえの城内でも正確に存在を把握している人間は三人か四人くらいだろうな。本来なら気軽に頼みごとができるような人物ではないのだが、よく懐柔できたものだ」
「土地をあげたの」
「そうか……」
それは仲良しと言っていいのかはわからないが、金銭で動くような人物ではないので取引を持ち込めるようになっただけで大したものなのだろう。
「それで、何の用だ」
「とりあえずお茶でも用意してよ」
そう言って、テーブルを指差す。
魔王は溜息を吐き、部下を呼ぶ。すぐに紅茶と茶菓子が運ばれ、二人はテーブルに着く。
「これを見てほしいの」
姫は一冊の本を魔王に差し出す。魔王はそれを受け取ると、パラパラとページを捲る。文字よりも絵が多い、子供向けの絵本のようだった。
「今回のイベントでの私や勇者の体験談を綴ったものよ。あまり重厚な物語にはなりそうになかったから、子供向けにアレンジされているわ」
巻末に大きく、『この物語はフィクションです』と記載されている。読むのにそう時間は掛かりそうになかったため、魔王は最初から読み進める。
「窮屈な生活とか、心がやせ細っていくとか書いてあるが、身体は太って、窮屈だったのは服だけだっただろ」
「やかましい!」
ピンポイントで指摘され、姫はテーブルを叩く。
「姫がいなくなって、花が散って木が枯れたとあるが、攫われてすぐに冬になったのだから当然だろう? で、春に帰ってきたから花が咲くのは当然だろう?」
「嘘は書いていないわ」
まあ、そうかもしれないが、と魔王は呆れる。基本的に起きた出来事は一致しているが、姫に対する賛辞が過剰で、過程や心情が悉く事実と違っていた。国王が涙目になっていて、周囲の兵がガクガクと膝を震わせていたのも事実だ。また、姫は基本囚われていただけなので、どちらかと言えば勇者の冒険譚が多めに描かれていた。
「問題はそこではないの! とりあえずさっさと最後まで読み進めなさい」
とはいえ、姫が戻って幸せな日々を過ごしました、めでたしめでたし、で終わりではないのか? 魔王は続きを捲る。
**********
王様は魔王からお姫様を救い出した勇者を褒め称えました。
王様は勇者のことを気に入り、お姫様と結婚し、次の王様にならないかと提案しました。
しかし、勇者は言います。
「僕は色々な場所を旅することで、まだまだ自分には知らなければいけないことが多いとわかりました。もっと世界を見て回りたいので、結婚はせずに旅を続けていたいのです」
王様はその勉強熱心な若者に感心し、勇者の旅を援助することを約束しました。
これからも勇者は世界中を旅し、困っている人を助けていくと心に決めたのでした。
**********
「結婚はしなかったのか?」
「あいつ……私から逃げやがったのよ……!」
魔王の質問に、姫は拳を握り答えた。
「なんか、帰るときやたら私への態度がよそよそしかったと思ったのよ。で、結婚をどうするかって話になったら急に旅に出るとか言い出して……!」
「ああ、帰る前の日に俺が勇者に色々言ったからだな。あのお姫様に付き合うのは大変だぞ、とか、実権は何一つ握らせないままで世界征服とかさせられるぞ、とか」
「あんたが原因か! というかやきもちか? やきもちなのか?」
姫の立てた計画では、闘いの後、魔王城に勇者や姫は一泊し王国に帰還した。魔王は折角の機会なので、勇者と色々と語り明かしていたのだ。
魔王は笑いながら、そんなバカなと手を振る。
「というか、そんなに怒るほど勇者のことが好きだったのか?」
「まさか。特に好きでも嫌いでもないし、結婚するつもりもなかったわ。断りやすくするために魔王を倒さずに結末を迎えて、勇者ではなくても良かったのではないかって雰囲気を作ったのよ」
確かにこれまでの流れで、姫が勇者にほれ込むような展開はなかった。
「でもね、私が振るのはともかく、勇者が逃げるのは気に食わないわ! この私なのよ! 花を愛し、全国民から慕われる花の王女様! 人の好みは千差万別とはいえ、逃げられるのは私のプライドが許さないの!」
「本性を知ったら、受け止められる奴はごく一部だと思うぞ」
「うるさい! というわけで、勇者の首根っこ捕まえるために私も旅に出るわ」
「お、おう。そうか。がんばれよ」
「他人事みたいに言わないで。あなたもついてくるのだから」
「は?」
魔王は疑問を隠さずに表情に出す。姫のほうは当然でしょう、と髪をかき上げる。
「私の一人旅なんて許可が出るはずがないでしょう? かと言って大人数で旅しては大ごとになるし、自由に動けないじゃあない? 安全かつお忍びで旅をするためにはあなたを護衛にするのがうってつけなの。お父様には、拒否したら魔王を連れてもう一度頼みに来るって言ったら涙を流しながら許可をくれたわ」
「俺のほうは事後承諾なのか? 何故俺がそんなものに付き合わなければならん?」
「あなたと旅がしたいからよ」
そう姫は素直な気持ちを伝える。
「勇者を追いかけるとか、プライドとかは全部建前。ただ、あなたともっと色々な世界を見て回りたいの。今は魔王の妻でもないし、勇者と闘うための人質でもない。勝負に勝った罰ゲームでもない。ただの個人としてのお願いなの。断っても罪悪感はないし、叶えて利益が出るわけでもない。だけど一緒ならきっと楽しいわ」
姫は立ち上げって手を差し伸べる。そうストレートに言われるとさすがに照れ臭くなる。少し考えると、魔王は姫の手を握った。
「まあ、これから数十年やることがないんだ。暇潰しにはちょうどいい」
姫はにっこりと笑った。
「さあ、第二部お姫様冒険編の開始よ!」
姫のその顔は、暗い魔界で何よりも眩しく映った――。
~~FIN.
魔王とお姫様 @keifun29
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