第33話 めでたしめでたし

 魔王と勇者、セレンは姫の後ろを静かについていく。途中、どこに行くのか尋ねもしたが、着いてからのお楽しみ、と姫ははぐらかす。

 一行は階段を降り、食堂に向かう。一階まで降り、階段から右に曲がった――主城の東側の大きな扉の先に食堂はあった。魔王はそこが目的地かと考えていたが、姫は食堂を素通りする。さらに厨房に入る。本来であれば客人を通すところではないのだが、と魔王は考えるが、お構いなしだ。

 扉の前で姫が立ち止まる。

 その扉は城の外に通じている。そこそこ広い空間があるものの、まず井戸があるだけで他に何があるわけでもない。少し先は石垣になっており、正門からこの主城を目指す敵を上から射殺すことができる。一体こんなところに何があるというのだろう? 魔王が考えていると、姫が扉を開く。

 その瞬間、花の香が部屋の中に飛び込んでくる。

 開け放たれた扉の先には、バラの花畑が広がっていた。

「わぁ…………」

 セレンの顔に笑顔が咲き、部屋を出る。

 勇者も魔王もその光景が信じられないといった表情で呆然としていた。

 特に魔王にとっては、記憶にある景色と目の前の景色が全く一致していない。厨房の扉を人間界の別の場所へと繋いでしまったかと錯覚したくらいだ。しかし、井戸やその先にある石垣は確かに記憶と合致する。空の明るさを見ると、間違いなく自分が作った魔王城なのだとわかる。

 それだけに驚きが隠せない。

 その場所はただ花が植えられているだけではなく、立派な庭園となっていた。申し訳程度に井戸の上に備えていた屋根は白く塗られ、裏口から井戸、そして正門まで石畳の通路が続いている。さらに石畳が円形に敷き詰められており、白いテーブルと椅子がその上に置かれている。それらを囲むように真っ赤なバラの園が広がっている。相変わらず暗い魔界の空だったが、白い家具と赤いバラと緑の葉が目に鮮やかに映える。

「これが魔王のやりたかったことよ!」

 姫が言った。魔王は、これが俺のやりたかったことだったのか、と寝耳に水の気分だった。

「なんだ、これは?」

 聞いたのは魔王だった。しかし、姫は魔王の問いに答えるというよりは、勇者たちに語り掛けるように答えた。

「魔王は、この色のない世界に飽きていたの。そして、色鮮やかに花咲き誇る私の国を羨ましく思ったの。だから私を攫って、この庭園を造ったのよ」

 この庭園の存在を初めて知ったというのに、勝手に魔王作にされて魔王が戸惑っているとなおも姫は続ける。

「勿論魔王がしたことは許されることではないわ。それでもこの庭園が完成し、花が満開になるまで私を帰すわけにはいかなかったの。しかし、魔王も反省しているわ。この庭園が完成した暁には、勇者に倒されることでせめてもの罪滅ぼしをしようと考えていたのね。でも、私はそんな魔王を許したいと思っているわ。魔王と人間で和解をして、これからも交友関係を結ぼうと思っているの」

 それが姫の描いた結末か、と魔王は納得する。

「そうだったんですね」

 と、勇者も納得する。

「僕はどうしても魔王や魔物たちが悪い人には思えなかったんです。話し合えばきっと分かり合える、仲良くできると思っていました」

「うん。まあ、人ではないな」

 どう答えていいのかわからず、魔王は一番どうでもいいところに返答する。セレンも勇者に続き、言う。

「素敵なバラ園ですね」

「そうか、ありがとう」

 自分が礼を述べるのは違和感があったが、他に返す言葉が見当たらなかった。

「折角の庭園なのだし、少しお茶でもしましょうか」

 姫がそう提案すると、魔王の部下がどこからともなく現れ、紅茶と茶菓子をテーブルに置く。それにセレンが真っ先に喜び、席に着く。勇者もそれに倣うが、かなり複雑な表情をしている。魔王戦の前に熾烈な闘いを繰り広げた相手が何事もなかったかのようにお茶を運んでいる姿に違和感を覚えているようだった。

最早闘いが継続されることはなくなり、和解ということで決着が付きそうだ。それならそれで仕方がない。勝手に結末を変えられたことに不満はあるが、大団円に変わりはないし、勇者との闘いもそれなりに満足できた。

 だが、これほどの庭園をいつの間に。どう考えても姫が一人で造ったわけではないことはわかる。

「おい、説明しろ」

 お茶を運び終え、早々に立ち去ろうとする部下を呼び止める。部下は返事をし、説明する。

「はい。姫に庭園を造るよう依頼されまして、それに従いました」

「何故俺に何の報告もなかった」

「魔王様には黙っているよう指示されたためです。姫を攫ってきた当初より、できる限り姫の望みを叶えるよう魔王様よりの命令に従いました」

「む……」

 確かにそう部下には姫の命令に従うよう指示した。庭園造りも、それを黙っていることもその範疇に入ると考えれば何の問題はない。微かに口角が吊り上がっていることを除けばだが。

「おまえ一人で造ったのか?」

「いえ、姫と魔女が知恵を出し合い、魔物が土を掘り返し、畑を造りました。私はほとんど現場指揮です」

「総動員じゃあないか」

 それで、この城の主たる自分だけが知らなかったというのだからなんとも間抜けな話だ。

「どう? びっくりした?」

 魔王が頭を抱えていると、お茶と会話を楽しむ勇者たちを置いて、姫が得意げな顔で話し掛けてくる。

少し腹立たしい気持ちもあるが、ここで腹を立てては余計に負けたような気がする。なんとか平静を保ちつつ、魔王は答える。

「ああ。こんな大がかりなことを計画していたとはな……。いつから準備していたんだ?」

「あなたに、私が攫われたのはお父様の企画だって聞かされたときからよ。好き勝手私を利用されたことに腹が立って」

 そう言う姫の機嫌は良さそうだ。してやったりという感情が目に見えてわかる。嬉しそうな表情をしながら、太陽もないのに花を咲かせるのは大変だったとか、この暗い世界では花の色が冴えないとか、私が帰ってもこの花を枯らさないように世話しなさいとか、饒舌に話す。魔王はそれに適当に相槌を打つだけだった。

魔王としては文句の一つも言いたいところだが、今回の一番の被害者である姫が満足そうならそれでいいかと思った。

「満足したか? それならそろそろ帰るときだな……」

「そうね。名残惜しい気持ちもあるけれど、早いこと親の顔を見たいわ」

「それがいい。俺たちは既に別れは済ませているのだ。俺は引っ込んでいるから、お茶飲んで、気が済んだら帰れよ」

 既に部下はどこかに姿を消している。

 魔王としても、このファンシーな空間から離れたかった。中に入ろうと扉に向かいつつ、姫がいなくなったら花畑を基に戻そうか、それともしばらくの間は残しておくかなどと考えていると、姫が言った。

「わかったわ。準備ができたら呼びに行くから」

「いや、別に見送りなんかいらないだろう?」

 振り返って答えると、姫が呆れたような表情をしていた。

「は? 何を言っているの? あなたも一緒に来るのよ」

「は? 何を言っているんだ? 行くわけがないだろう」

「この結末は、私と一緒に魔王が私と一緒に父の元へ来て、和解することで完成するのよ」

「そんなの適当にでっち上げておけばいいだろう」

「それはダメ」

 断固とした口調で姫は言った。

「私が一番驚かせたいのは父よ。今回倒されるはずの魔王が、父の目の前に現れて、ちょっと不機嫌そうな顔で謝りに来たときの父の顔を見ることがこの計画の肝なのよ」

 なるほどと、魔王は納得する。

「それに、勝手に帰れって……。もし魔王が倒されていた場合、私はどうやって帰るのよ。まさか勇者と一緒に一〇〇キロ以上の道のりを歩いて帰れというわけではないでしょうね?」

「……考えていなかった」

 魔王ははっ、と驚き、姫は溜息を吐く。

「そんなことだろうと思ったわ。既に根回しは済んでいるわ。首都近郊に凱旋式の準備がしてあるから、ゲートで出迎えの付近まで移動、それから馬車に乗って、街道に集まった人々に手を振りながら帰るのよ」

「囚われの身で何故そこまで準備できる……?」

「魔法少女の手引きよ。あの魔女が父と魔王の連絡役だっていうことは調べがついているのよ。勇者が魔王城に入ったことは父も知っているし、私が帰ってくるときに向けて式典を準備していることも教えてもらったわ。後は、魔女と共謀して場所と日時を調整するだけよ」

「色々と抜け目がないな」

 魔王は素直に感心する。

「どうせ父のことだから、式典を準備して、私の驚く顔が見たいとか思っているのでしょうから、魔王を登場させて逆に父の腰を抜かせてやるのよ」

 ぐっ、と拳を握り、姫は語る。

 魔王は手を口元に持っていき、思案する。今回、姫が魔王に内緒にして計画を進めていたことに腹が立った。しかし、それは姫が魔王や父親にされたことである。自業自得と言われても仕方がない。しかし、騙されるのが自分一人というのは納得がいかない気持ちもある。死なば諸共、国王も巻き込んでしまったほうがこちらの気持ちも晴れるかもしれない。

「わかった。こうなったら全面的に協力しよう」

「ありがとう。魔王ならそう言ってくれると思っていたわ」

 姫はにっこりと笑った。


**********

 勇者は魔王城に辿り着いたとき、魔王城はバラの花が美しく咲いていました。

 たったそれだけで、勇者には魔王を倒そうという意志はしぼんでしまいました。

 魔王は言います。

「王女に魔界に咲く花を見せるまで、帰すわけにはいかなかった。だが、満開に咲くバラの花を見せられて我は満足だ」

 勇者は言います。

「あなたがしたことは確かに許されないことだ。でも、あなたが悪い人にはどうしても思えない」

 勇者は、王女様さえ返してもらえれば戦う必要はないと言いました。魔王は王女様を返すと、もう悪いことはしないと約束しました。

 王女様は言いました。

「魔王は今回のことを反省しています。きっとこれからは人間とも仲良くできるのではないでしょうか?」


 おお! 優しい王女様は、自分を閉じ込めていた魔王を赦すどころか、これからも仲よくしようと言うのです。なんと素晴らしいことでしょう。


 勇者と王女様と魔王は、共に王国へと向かいました。

 王女様の帰還を喜んだ人々は、一目王女様を見るために街道に集まりました。

 その列は、途切れることなく、五キロメートル以上にもなり、皆が王女様を祝福しました。あたりの草原には、王女様の帰りを待ちわびていたように色々な花が咲き乱れていました。

 国王様は、今回のことを謝りに来た魔王を許しました。

 怖い見た目とは違い、魔王は美しい心を持っていると、涙目になっていました。周りの兵たちも涙を浮かべながら震え、感動していました。


 王女様が戻ってきた王国は、再び花と笑顔に溢れる国となり、王女様はいつまでもいつまでもきれいな花とともに美しく、幸せな日々を過ごしました。

**********

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