第32話 勝負の行方

 魔王と勇者、二人の闘いは熾烈を極めた。

 近付いては離れを繰り返す大まかな動きは目に追えても、手足の細かい動きは最早姫の動体視力では追えなかった。

 魔王は勇者の攻撃を防ぎきれずに身体のあちこちに傷を受けている。

 勇者にしても盾は原型を留めておらず、頬や腕から血を滴らせている。

 魔王の動きは相変わらずであったが、勇者に関しては時間が経つごとに動きが鋭くなってきていた。おそらくは、剣によって底上げされた能力に慣れてきたということなのだろう。

 姫は世界最強決定戦とでもいうべき勝負を黙って見詰めていた。

 セレンも先ほど魔王から注意されたためか、全く口を開かずに見守っている。セレンに関しては真剣に勝負の行方を案じているのだろうが、姫の心中はそれとは全く異なっていた。

 姫にはこの勝負の行方はわかっていた。

 おそらくは、魔王が闘いに満足したところで、勇者の攻撃を敢えて受け、盛大に負けてみせる。そして魔王を倒した勇者は、姫を救い出し、めでたしめでたしである。

 しかし、姫はその結末を良しとしない。なんとか二人の間に割って入り、魔王が止めを刺されるのを防がなければならない。しかし、魔王が満足するまで闘いを止めたくもなかった。

 魔王はこの闘い、終始楽しそうである。魔王と本気で闘える相手など、神の剣を装備した勇者以外にないのだろう。数百年振りの血沸き肉躍る闘いに狂喜しているといった感じだった。

 闘いを見ていると、やがて変化が起こった。闘いの最中、常に真剣で、苦しそうな顔をしていた勇者が笑っていた。目は真剣そのものであったが、口角が僅かに吊り上がっている。

 魔王もそれに気づいたのだろう、闘いながらも勇者に問い掛ける。

「どうだ、楽しかろう?」

 そう言われて、勇者の口元が引き締まる。言われて自分が笑っていたことに初めて気が付いたという表情だ。

「ち、違う! 僕は楽しんでなんかいない!」

「人を超える領域に踏み込んで、その力を存分に振るうことができる。これが楽しくないわけがないのだ」

「僕は姫様を助けに来たんだ! 闘うのが目的ではない!」

「その目的と闘いを楽しむことは別だ! そうやって闘いのみに集中できないから勝てないのだ! 目の前の相手に集中し切れば貴様はもっと強くなれる! もっと闘いが楽しくなる!」

「うるさい!」

 勇者の剣が大振りになる。

 魔王はそれを冷静に躱し、勇者を殴る。お互いに攻撃がクリーンヒットするのは初めてである。本来ならば即死の攻撃。しかし、剣を持った勇者は派手に吹き飛びはしたものの、すぐに起き上がる。二人の距離が大きく空いた。

「オォオオオオオオオオオ――ッ!」

 勇者が叫び、構える。

「さあ、そろそろ決着だ! 死ぬがいい、勇者よ!」

 わかりやすい合図だと思った。そして、思ったときには姫は走り出していた。セレンが慌てて呼び止めるが、制止を振り切って姫は走る。

 魔王と勇者が突撃し合うその刹那――

「待って!」

 姫が大声で叫び、二人の間に割って入る。否――割って入ると言うには二人とは少し距離が離れている。それは、姫の足が遅くて間に合わなかったというよりは、間に入ってもし攻撃が止まらなかったらという恐怖心からだった。

 二人は攻撃を止め、姫を見る。

「これ以上私のために争わないで!」

 どことなく演技くさい大仰な仕草で姫は言う。

「何故止めるのですか、姫様?」

 勇者が問うと、姫はやはり歌劇でも演じるかのように、胸に手を当て、天井を仰ぎ見て言った。

「勇者様! あなたは魔王のことを誤解しているのよ! 魔王は、本当は人間を敵に回すつもりはなかったの!」

「どういうことですか、姫様?」

「口で説明するよりも見てもらいたいものがあるの! ついて来てちょうだい!」

「どういうことだ、姫?」

 勇者が聞いた後に、魔王がひそひそと姫に問う。それに姫もひそひそと答える。

「いいからついて来なさい」

「それよりも説明しろ。あの場面で俺が倒れてそれでハッピーエンドだろう? おまえはここに来てこのイベントを台無しにするつもりか?」

「台無しになんてしないわよ。私なりに結末を変えたいだけ。いいから私に合わせなさい」

「誰が合わせるか。散々人の邪魔をしておいて」

 なおも食い下がる魔王に、姫は溜息を吐いて勇者を指差す。

「首元を見て。まさか忘れていないわよね?」

 言われたとおり勇者の首元を見て、魔王は目を丸くする。

「……忘れていた」

 勇者の首元には以前姫が手渡した首飾りが掛けてあった。そして、それを見て魔王も思い出したのだ、勇者が魔王城に首飾りを着けて来るかどうか賭けていたことを。

「賭けは私の勝ちね。私の望みどおりにしてもらうわ。それに、止めるタイミングを見定めるのに苦労したのよ。少しでもあなたの闘いが満足行くようにギリギリを狙っていたのだから」

 感謝しなさい、と満足げに姫は髪をかき上げる。

 こうも勢いを止められてしまったのでは闘いを継続することも難しく、更に賭けを持ち出されたのでは魔王としては姫の提案に乗るしかなかった。

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