二八 大倭
早が生まれたのは間違いなく
「島国……その国の名は、
国を統べる女王が住まう、世界でもっとも堅固な城、その天守閣が見下ろす城下町、
国の名を出されても、囁にはわからない。思い出せない。
「ふうん。ゆっちなら知ってるかもしれないけど、僕は全然」
「
自分のことはさておいても、やはり早は残念に思う。不思議な国だ。あちらにしたら、やはりこの地は不思議なのだろう。
「
嘘を
「へえ。じゃ、浴衣を着て、かき氷片手に花火を見ながら年越しとか、できないの? 初詣に行って、お参りそっちのけで、虫を何匹捕まえられるか競争するとかさ。誰かが
そう言いつつ、真っ先に蟻の行列をさらっていったのは囁だった。その後で蜂の巣を見つけてしまい、行が六〇〇匹はいると言ったので、散々なことになった。
「禁止しなくとも、蟻など到底見つからん。越冬の真っ最中だ。
囁は苦い顔をした。甘酒は熱くとも冷たくとも口に合わない。元日からあんなものを飲むなんて、どんな責め苦なのかと思ってしまう。
そもそもがおかしな話なのだ、と、本題ではないので早は言わなかったが、季節が逆だとして、こうして過ごし方を比べられること自体、あり得ない。初詣に行くということは、この地にも
「ちっとも想像つかないや。当然、元日に海水浴とかもないんだよね。何やるの? 冬だから、
「そんなところだな」
お姉ちゃん、と慕った。
思い出話ができないのは残念であるが、早のうちでは、申し訳なさが強かった。囁は、
「ひとつ、詫びをしたい。記憶を失っているのに、
「いいけど、そんなことして怒られないわけ?」
心配する義理はないのだが、堂々としていても早の見た目は子供でしかなく、囁は年長者としてどうにも気になってしまう。普段なら気にしなかったかもしれない。乱の
「個人的な失態への個人的な詫びで、この
やはり早は堂々としている。潤に単騎で挑めるほどの胆力があるとなれば、あるいは囁よりよっぽど豪胆なのかもしれなかった。
「
囁は表情を消し、黙って頷いたので、早は話を続けた。
「お前は――
「ないね。全くない」
悩まず、囁はすぐに答えた。一切聞かない。この地が文明としては西国や北方に遅れながら自治を保っているのも、侵攻してきた諸外国の軍を咎持ちが跳ね返してしまうから。諸外国にはそれに抗する咎持ちがいないから。
「そう。現れない。ゆえに、咎を与えられるというのは、この地に特有の現象だと思っているだろう。それは違う」
実際に囁はそう思っていた。咎持ちが現れるのは、この諸国連合を中心として、その周辺の国までの地域に限られると。
「
早の咎言――
誰にとって惜しいのか、そんなものははっきりしている。禍祓早を永久に終わらない夜の中に置いて、永遠に哀しみに沈んでいてほしいと、その誰かは願っている。だから、明けない。だから、ずっとずっと、禍祓早は哭日女明に辿り着けない。天とやらは、よく知っている。
詫びは詫び。心中に痛みが走ろうと、早はここで黙るわけにはいかない。
「奇妙なことに、はるか北東の最果てにある
文化だけではないのだ。
言葉さえ同じくするのだ。
どう考えても、理屈では説明がつかない。
仮に同じ言語を持つ集団が分かれて、それぞれの国を形作ったとして、時が過ぎれば言葉は変化していく。かつての言葉は古語になり、容易に意味が掴めなくなる。
「
つながりのある諸国連合内でさえ、少し離れれば差異は生まれてしまう。少なくとも千年以上、この地と
「方言はある。だが、根幹となるところは完全に一致している。いや、違うな。調べてみた限り、一致し続けている」
はるかな距離を隔て、ふたつの地域で話される言葉が、全く同じ変化をしている。そう解釈すべきだと、それが早の導き出した結論だった。諸国連合で〈
「なぜ同一の言語を持ち続けているのか、
「それ言ったら、ゆっちは誰よりも話し上手なんだけど」
囁は納得できない様子で、片側の眉根だけを少し寄せた。早はまだ結論を言っていないのだから、当然の反応ではあった。
「言語の習熟度は、おそらく関係がない。神幡姫潤は拙い会話で六葉帝を油断させたのだと、
自分とて囁とて、全ての和語を知るわけではない、全て知らずとも咎は負える、早はそう判じている。そもそもが、咎言も和語なのだ。そして、他の咎持ちの咎言は決して知ることはできない。全て知るなど、最初からできない。
「別千千行は、洋語も理解していると聞く」
「そうだね。すらすら書けるし、ぺらぺら喋るよ」
そも、行は蔵の中にいながらにして、洋語を理解し、洋語を用いて意思疎通を成し遂げている。村を滅ぼしたのは、その後なのだ。
早はふっと空を見上げた。天というものが本当にそこにあるのか、判然とはしないが、人を見下すのだとすれば、やはりその位置が妥当だろう、そう思いもする。
「
結局、この仮説にしても、天から愛されないために咎を持てない、と、その解釈に至ることに変わりはない。なぜ愛されないか、その理由を説明するものだ。
この言語を知るから咎を負う、それでは不十分で、追加の条件がある。他の言語を知らないこと。別千千行はもう知ってしまった。おそらくはこの先ずっと、生涯、どんな罪を犯したとしても、咎を負うことはできないのだろう。
「いくら天とて、浮気者にはそう惚れまい。いや、むしろ許さない。あるいは、な」
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