一〇 凍罪
名品珍品を眺めては胸を躍らせ、値札を見ては、手が届かないと肩を落とすのだった。そして、実家である
がっかりする気持ちは本当でも、沈は心中の端で喜びを感じた。家族との関係は良好なままでも、はっきりと家を出てきたのだ。みやげひとつ買えないことが、自分が四人組の一員であることの、ささやかな証明に思える。
「あの、」沈の様子は、
睦には、申し分のない品ばかりに見える。天下の戦勝請負の一員ともなれば、これだけのものでもなお不満なのだろうかと、そう思ったゆえの問いだった。
「いえ、すばらしいものばかりです。ただ、その、買えないんです。お金が足りなくて」
「足りないとは、その、意味が、」
睦にはわからなかった。戦ひとついくらで請け負っているのか、はっきりとは知らないが、並の傭兵の何千倍、それも四人分を稼いでいるはずである。必勝を請け負うとは、そういうことだ。たとえ数万の兵を雇っても、それで勝利を買ったことにはならない。
「見る限り、せいぜいが一〇万匁ちょっとのようですが……」
怪訝そうに言う睦に対して、沈は首を横に振った。
「一〇万匁ですと、わたくしのお小遣い、四十四
「は?」
言ってしまってから、睦は無礼な反応だったと気づいた。しかし、唖然としたまま、謝罪する機を失した。自分の
市中を貫く大通りの
一刻ほど前、同じ場所で団子を食べていた
「島を買ったんです」
沈は、仄かな寂しさを帯びた声音を発した。四人組は、豪勢な暮らしをしているわけでも、また、そっくり貯めこんでいるわけでもない。稼いだ金は端から消えていった。
「南の果ての、さらに南の果てにある島です。氷に閉ざされ、凍てつくことしか知らない島です。それより南に行けば、もう人は生きていけなくなる、そんなところにあります」
この地からは、南に行けば行くほどに寒くなる。北に行けば逆に暑くなるが、さらに北上するとまた寒くなっていくのだと、いつだったか、睦は聞いたことがある。
「そんな島、いくつもありませんから、ずいぶん足元を見られてしまって。
睦は血の気が引くのを感じた。
戦勝請負が、今までの稼ぎのほぼ全額を投じて、なお半分に満たない高値。交渉の席についたのは行だったはずで、行だったからこそ買えたというのが、適切な認識なのではないか。ない話ではないだろう。取り引き相手が国家だとすれば? 本来、金で済むものでなかったとすれば?
「わたくしたちはその島を、
朗らかな命名であれば、睦はその由来を尋ねただろう。しかしそこには
「なぜ、その島を?」
それでも、睦からみて十とちょっと年少の沈を前にして、理由だけは尋ねようと思った。成人になるかならないかの少女たちが、命を危険にさらし、若年にある日々を戦場で過ごし、それでなお手に入れるべき価値が、本当にあるのだろうか。
「
その島に骨を
戦勝請負が仕事に困らないこの地は、戦乱の絶えない地だ。ここに墓をつくれと、そう言えるのか? その墓が戦火に焼かれるかもしれないと承知で?
「お金を払い終わったら……」
いつの間にか、沈から、滲む寂しさは消え去っていた。
代わりに、そこには安堵の気配があった。未来を思う色合いがあった。それゆえ、睦は思い違いに気づいた。墓として買ったのではない、死ぬまでの間を過ごす場所として買ったのだ。おそらくは、できる限りの長い間を、そこで。
遠く果てを見るような沈の目線は、遙か長い日々に向くようで。迷いのない表情から、揺れぬ意志が透けて見えて。睦は覚悟を感じる。思わされる。
――生きてそこに入ったが最後、一歩も出るつもりがないと?
望まぬ場所で死ぬことがいかに多いか、戦勝請負はよく知っている。他ならぬ彼女たちが殺めてきた。必ずそこで死ぬつもりなら、外には出られない。
――金を払い終えるとはいつを指す?
――五年後か、十年後か。その先、死ぬまでを、その島で過ごそうというのか。
憶測に過ぎない。しかし睦には、確かにそうであるように思えてならない。誰が言っているのか。誰が決めたことであるのか。そうでなければ釣り合わない。
――戦勝請負が言う、終の棲家とは、それほどに重いのではないか?
睦の考えを裏付けるような、なお強い意志を伴う声音で、沈ははっきりと言った。
「わたくしたち四人は、
睦には何も言えないままだった。何も思わなかったわけではない。強く心中に渦巻いたものがある。どうしても口にはできなかった。若輩でも国軍の選り抜き、
その思いを努めて消そうとしても、繰り返し浮かび、刻まれてしまう。まるで、あたかも、まるで――
――その島は、監獄だ。
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