〇九 団子
市中を貫く大通りの
囁としては、これはおいしい餡団子だと、
怒りが頂点に達するほどに、改は口数が減る。
「だから、悪かったって」
囁は団子を片手に謝罪を口にした。もう何度目になるか、だんだんと声音がおざなりになってきていることを自覚する。それでも、他に言うことがない。城中からここまで、幾度も重ねた
「この団子、いくらだったの?」
話が噛み合わないと思いつつ、囁は買った時のことを浮かべた。
「一本で三
「ここ一ヶ月で生じた、私の負け分、どれくらいかわかるかしら?」
囁の顔がひきつった。団子の値段と比べられてしまうと、その重みが実際以上に映る。加えて囁は、半月もした頃から、自分がいくら勝っているか数えるのをやめていた。勝者の怠慢が、こんな形で報いられるとは思っていなかった。
「えっと、六〇〇〇匁、いや、七〇〇〇匁はいってたね。たぶんね」
改は、団子のひとつを咀嚼し終えてから、「一〇八七五匁」と、そっけなく言った。囁の体の髄に戦慄が走った。いくらなんでも勝ちすぎている。年上の囁と改は、小遣いを多めに与えられているが、それだって、
謝意よりも恐怖が上回りつつあった囁に
「あはっ。あっちゃんとさっちゃんだぁ。向こうから見えたから、来ちゃったぁ。会えて嬉しいよぉ」
囁も改も、いかさまの件などすっかり頭から吹き飛んだ。会えて嬉しいなどとは微塵も思えない。特に改は、団子を置いてすぐさま逃げ出したいほどだった。
眼前に立つのは、仕事のうえでは先輩にあたり、かつて戦場で相対した時は、戦そのものは勝ちながらも、結局は傷のひとつもつけられなかった
褐色の肌と、銀の瞳、純白の髪は、潤の両親がともに北方の生まれだからだという。それでさえ、ひと目見れば忘れようがないものを、量の多い髪は膝にかかるほどに長々と伸ばされ、黒地に梅の振袖をいつも着ているわりに、結うことをしない。振袖の裾を膝より上で切りながらも、足袋は履いている、それもまた、潤の印象を強くする。
「
そして何より、体に白い大蛇を巻きつけている。右肩から左の脇腹へ、まるで
改が右肘で、囁の脇腹を小突いた。潤の相手をしろという意図だった。囁には花札のことで負い目がある。それに、かつて潤と相対した時、もっとも痛い目を見たのが改であったことも知っている。潤の居場所を掴むため、改はずいぶんな無茶をさせられた。気にするなとは言えない。
潤が人力車に代金を払った後、囁は自分の隣、空いている側を右手で勧めながら、「何で首府にいるのさ、仕事?」と尋ねた。潤は素直に勧めに従い、囁の隣に腰かける。戯の重さもそこに載ったために、長椅子が軋んだ。すぐ隣に潤が座らなかったことで、改は密かに安堵の吐息を漏らした。
「ううん。休暇。戯がねぇ、
「あのさ、何度も言うようだけど、戯は蛇なんだから、饅頭は食えないだろ」
似たようなことを何度言ったのか、囁はもうわからなかった。
潤の言うことをそのまま受けとれば、戯は饅頭も大福も食べたがるし、琴の演奏も好んで聞くし、あげく、和歌を嗜むというのである。蛇としては格別に頭のいい特異な種で、戯はさらにそこから選り抜かれた一匹だとは聞くが、いくらなんでも和歌はない。普通の蛇なら、芸のひとつさえ絶対に覚えない。
「饅頭なんて食べられないよお、蛇だもん。だからねぇ、潤が代わりに食べてあげるの。潤と戯は一心同体だから、どっちが食べても同じだよねえ」
相手にするだけ馬鹿をみるとは承知でも、やはり、囁には腑に落ちない。喉元さえ通らない。
「だからそれ、潤が食べたいだけだろ」
「違うよぉ。五代目戯は甘党なんだよ。鶏や
五代目、なのである。いかに強靭でも蛇は蛇だ。潤とともに数多の戦場を駆ければ、咎持ちである潤が無事でも、ただの蛇が命を落とす機会はいくらでもある。
「四代目まで死んでるんだろ。どうして一心同体の潤がまだ生きてるのさ」
「……あなたたち」改のうちにある
囁と潤の両者は、全く同じ瞬間に口を開き、喋ってから、全く同じ瞬間に口を閉じた。
「ちっとも。全っ然」「まぶだよぉ。まぶだち」
認識は
「ところでさぁ、耳よりな話があるんだけどねぇ」
潤が、囁の腿の上に乗っていた餡団子の包みに手を伸ばし、一本を手に取った。自分のぶんが減ったのか、改のぶんが減ったのか、囁にはどちらとも定められなかった。
「神幡姫潤に手傷を負わせた咎持ちがいるって話、聞きたい? 潤に奥の手まで使わせておいて、それでも、その子はまだこの世に生きてるって言ったら、もっと聞きたいかなぁ?」
改は団子を喉につまらせそうになった。潤の
そして、咎持ちが奥の手を使うこと、その意味を、正しく知っているからこそ。
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