〇六 誤認



 撃っていい――言われたことの意味はわかる。しかし頭目には、その意図を判ずることができない。人質に傷のひとつもつけないこと、それは四人組にとって最重要であるはず。

「おい、人の話を聞いていたのか?」

「そっちこそ、聞いてた? 撃ちなよ。撃てばいい」

 やはり、頭目にはわからない。無論のこと、仕事を投げたわけではないだろう。

「何が狙いだ? 交渉決裂と言いたいのか?」

 結局、真意を掴みかねるまま、頭目はさらに問いを重ねることになった。

「交渉なんて成立しない。ゆっちがさ、いくら知恵が働いても情報が不正確なら意味がない、ってよく言ってるんだけど、これ、覚えておくといいよ」

 相手の狙いは不明。しかし、この場で、この女を相手に取り引きを成立させることはもはや望めないと、それは頭目のうちに確かなものとしてある。

「取り引きをもちかける相手を間違えたようだな。だが、それなら、撃つのは人質じゃねえよなぁ」

 であれば、人質に銃を向けて得をすることは何もない。頭目にとっても、無事でいてくれなければ困る。銃を向ける相手が変わる。

「狙うのは、お前だ」

 人質がそばにある限り、自分を焼くことはできないのだから、弾が尽きない限りは五分以上にやり合えるのではないか、そんな期待とともに、頭目は短銃の銃口をささやへ向け、引き金を引いた。

 そのはずだった。

悖乱はいらん

 囁が何を言ったのか、頭目には、今度こそ理解できなかった。

 正面に向かうはずだった弾は、頭目の服を破り、左肩を削ぎ、肉を散らした。血管を欠いたことで血汐ちしおがこぼれた。

 銃弾は回転弾倉シリンダーを逆走し、撃鉄を弾き飛ばし、それでなお決して針路を変えることなく、また威力が損なわれることもなく、頭目の肉を削ったうえで、奥の部屋の壁にめりこみ、そこでようやく止まった。それは、この時においてが、であったからに他ならない。

 弾は、本来あるべき道筋とは全くの正反対、真後ろを射抜いていた。

「……何だ、いったい何をした。銃の手入れは怠ってねえし、そういう問題でも、ねぇよなぁ?」

 思わぬ手傷を負いながら、人質を抱き寄せている右腕の力が緩まなかったことは、さすが六魂のかしらだと、そう称えられていいだろう。

 満足する様子をちらとも見せず、抑揚に乏しい声音で、囁は話しかける。

「確かに僕たち四人組は、四つの咎言を扱って仕事をしてるよ」

 そして、情報の誤認を正す。

「だけど、ねえ? 咎言がひとりにつき、だなんて、どうして思ったの?」

 四人それぞれが、ひとつずつの咎言を持っているのではない。

 どういうことか。頭目は考える。

 均等ではないということ。

「咎言を持っていないやつがいる? それならば――」

 偏りがあるということ。

「――ふたつの咎言を持っているやつがいる?」

 取り引きを持ちかけてみたところで、その前提から間違っていたのだ。焼くしか能がないなどと決めつけた。頭目は自らの見識を恥じるとともに、何をどうしてみたところではなから敵う相手ではなかったのだと、ようやくわきまえる。

 目の前にいる女は、天の寵愛を一身に受けているのだ、と。

 天が愛さずにはいられない咎を、そのうちにふたつも宿しているのだ、と。

かさとが、って言うんだけど、咎言って、ふたつ以上持てるものなんだよ。改めて名乗ろうか。僕は囁。通称、えんの囁。そして、乱の囁でもある」

 行は咎言を持っていない。囁はふたつの咎言を持つ。しかしそれで、四人組の何が分かたれるでもない。四つの咎言を持つ、ひとつの固まりであるのだ。

「僕がふたつめの咎言を言えば、道理がねじ曲がる。

 それは、どこか自分たち四人組の生き方に似ていると、囁は思う。

 囁の持つふたつめの咎言――悖乱はいらん

 なぜ自分がその咎言を負ったのか、その経緯を、犯した大罪を、囁は思い出すことができない。わからないからこそ、自分たちに重ねてしまうのかもしれない。

「前に飛ぶはずの鉄砲の弾は後ろに飛び、地獄の業火に焼かれても涼しいと思える。取り引きは成立しない。きみは人質を撃てないし、きみと一緒に焼かれても人質は死なない」

 そこまで聞いたところで、頭目は短銃を床に放った。もはや何をどう抗えるでもない。そも、撃鉄を欠いてしまっては、持っているだけ邪魔だった。

「お手上げってわけだな。俺だって馬鹿じゃねえ。俺には懸賞金がかかってる。焼き殺すよりは、生け捕りにしたほうがお得だぜ。死にたくねぇしな」

 頭目は右腕から人質を解放すると、頭の後ろで手を組んだ。恭順の意を示すつもりだった。弱きをなびかせ、強きになびく、それは今日こんにちまでひとつの組織を導いてきた流儀には違いなかったが、もとより杞憂であるのだとは、まだ気づいていなかった。

「余計なことすると、ゆっちに怒られちゃうからなぁ。捕まえろとは言われてないし。焼き殺せとも言われてないんだよ」

 指揮官の、行の指示の一切に従うこと、また、指示されていないことはやらないこと。それが、より強者である囁たちの戦場における流儀である限り、六魂のかしらの流儀など、たわいなく上塗りされる。

 頭目を放ったまま、人質とともに一階に戻ればそれでよかったが、ふと、囁の頭の中に閃くものがあった。それについては人付き合いで、行に指図されるたぐいのものではない。

「この上って賭場だね? 花札でうまく勝つを教えてもらえないかな。現場の役得ってやつ。人質を送り届けた後、とり初刻しょこくに、湯場ゆばの隣にある食堂でどう? うまいやり方を仕込んでよ」

 頭目は知らない。格が違うことの、本当の意味合いを。出会ったことがないのだから。

 同じ舞台に立ちながら、隣に存在しながら、その害意は、囁たちに届きようがないのだということを。そも、刃向かうべくして振るった拳は、どうやっても空を切るのだということを。敵わないのではなく、戦うことも望めないのだということを。そして――

 ――それでも、同じ人間であるということを。

「お咎めなしで済まそうってわけか? 俺は罪人だぞ」

 頭目にそう言われ、囁は少しだけ微笑んだ。

 仲間を見つけたような、鳴いている野良猫にどことなく自分を見るような、そんな心持ちで。

「僕たちは正義の味方じゃないよ。そっちが罪人だというなら、こっちは大罪人だ。世のためを思うなら、きみに縄をかけるよりも、自分を火焙りにするのが先なんだ。さて、花札の勝ち方、教えてくれる気はあるの?」




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